2018年12月09日

120字のブラウン管No.2~『ウルトラQ』その2 「バルンガ」

監督:野長瀬三摩地 監修:円谷英二 特技監督:川上景司 制作:円谷プロダクション/TBS
主演:佐原健二・西條康彦・桜井浩子
放映:1966年3月13日

土星探索ロケットが地球に持ち帰ったのは、とんでもなく大喰らいの怪物だった!風船のように宙を漂い、ありとあらゆるエネルギーを吸い取り、とめどなく膨れ上がり・・・すべての攻撃が栄養源となる!!シュールで奇怪でユーモラスな怪獣は、地球を呑み込むまで居座り続けるのか?

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 私は『ウルトラQ』全エピソードのなかで、とりわけこの「バルンガ」には印象深いものがあります。
 とてもシュールな怪獣で、シュールな展開で、シュールな結末でした。
 物語には、小学生でも理解できるほど、明確なメッセージが込められていました。
 しかしそれ以上に、日常世界(東京のビル群)の上空に悪夢(バルンガ)の浮いているイメージが、混沌とした薄気味悪さを感じさせましたね。

『ウルトラQ』には怪獣が出現して、これを人間が倒す・・・というパターンの話は「宇宙からの贈りもの」、「ペギラが来た!」、「SOS富士山」、「虹の卵」などたくさんあり、怪獣少年の嗜好を大いに満たしてくれました。
「バルンガ」もそのひとつではありますが、怪獣の造形としては異色中の異色でしょう。
 シュークリームのような外観、体表には無数の触手が生え、それがいやらしくモゾモゾ蠢きます。その異様な姿が、東京の上空に浮かんでいるのです。
 また、この怪獣があらゆるエネルギーを食料として無限に成長していくというアイデアも秀逸です。(元ネタがあるのですが、それをばらすのは別の回に)
 従って、砲撃やミサイルで撃ち落とそうとしても、かえって栄養を与えるようなもの・・・と、エネルギーの大量生産、大量消費で成り立つ現代社会への痛烈な風刺にもなっています。
 このバルンガ撃退方法と云うのが、奇策ではありますが如何にも理に適ったもので、壮大なスケールを感じさせるラストになりました。
 ついでに言えば、エンディングに流れるナレーションが不気味な(現代文明の)終末を暗示して、忘れがたい余韻を残すのです。
 要するに「バルンガ」は、怪獣ドラマというより、実に考え抜かれたSFドラマに昇華した傑作だと思います。

 脚本は虎見邦夫で、『ウルトラQ』ではこれ一本しか担当していないようです。この方に関して、手持ちの資料では詳しいことが分りませんでしたが、『ウルトラQ』放映終了後まもなくに、若くして亡くなられたようです。
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posted by Pendako at 21:45| Comment(0) | 120字のブラウン管 | 更新情報をチェックする

2018年12月07日

120字のブラウン管No.01~『ウルトラQ』その1 「ゴメスを倒せ!」

 監督:円谷一 監修:円谷英二 制作:円谷プロダクション/TBS 
 出演:佐原健二、西條康彦、桜井浩子
 放映:1966年1月2日

トンネル工事中に口を開けた巨大な洞窟―現れたのは古代怪獣ゴメスだった。別の洞窟で発見された蛹からは、原始怪鳥リトラも誕生!寺の古文書が示すとおり、やがて二匹の怪獣は、宿命の対決を繰り広げる!ウルトラ・シリーズはここから始まった!!記念すべき第1回放映作品。

ゴメスを倒せ!.jpg



 かつて怪獣ブームというのがありました。(第二次怪獣ブームというのもあるそうですが、ここで言うのは昭和40年代前半に起こった第一次のことです)
 それまでは、東宝が年に二、三本の特撮映画を製作するほか、ようやく大映が「大怪獣ガメラ」(1965年 湯浅憲明監督)を手掛けただけで、怪獣が娯楽映画の主役とは言いがたい状況だったと思います。子どもの需要は一定以上あったかと思いますが、観覧料を払って親子同伴で観るにはそれなりに出費が嵩み、映画館に出かける頻度は限られたからでしょう。
 同じ時期に「テレビっ子」という言葉が生まれたように、日常的な子どもの娯楽は、テレビ番組にシフトしていました。そんなテレビ界の状況を窺うのは当然のことで、円谷英二が長年映画界で培った特撮を引っ提げて、テレビ界に乗り込んだわけです。それが『ウルトラQ』です。
 もっとも企画段階では、『ミステリー・ゾーン』や『アウター・リミッツ』といったアメリカのSF&ファンタジー系のテレビ・ドラマの味を狙って進められたのですが、制作途中で怪獣路線が大幅に加味された、という事情がありました。(そのため『ウルトラQ』には、怪獣を主体としたものの他、SF色の濃い怪獣もの、純然たるSF&ファンタジー・・・とテイストの異なるエピソードが混在します)
 怪獣路線への変更は結果的に大成功で、円谷プロダクション/TBS制作の『ウルトラQ』(1966年1月~7月 全28回)は、驚異的な視聴率を弾き出しました。
 のちに延々と紡がれるウルトラ・シリーズの嚆矢となったばかりか、他の制作会社も怪獣の登場する特撮ドラマを続々と作り始め(『マグマ大使』『キャプテン・ウルトラ』『仮面の忍者赤影』など)、一大ブームの観を呈しました。
 これが逆に映画界にも波及し、大映でガメラ・シリーズの続編や大魔神シリーズが制作されたほか、東映「怪竜大決戦」、日活「大巨獣ガッパ」、松竹「宇宙大怪獣ギララ」・・・と新怪獣が次々と登場する活況ぶり。
 週刊マンガ誌の表紙やグラビアにも怪獣のオンパレード。プラモデル、ソフビ人形、図鑑、ノート、下敷き・・・と、身の回りには怪獣キャラクターが大氾濫、という状況になりました。すべては『ウルトラQ』が始まり―
 私は幸か不幸か、この怪獣ブームど真ん中の世代です。

 さて「ゴメスを倒せ!」ですが―
 放映前から、学校でも『ウルトラQ』は噂になっていました。「怪獣が次から次に出てくるんだぞ!それを毎週テレビでやるんだぞ!」と興奮気味に話す級友もおりました。
 私もワクワクしながら初回放映を待っていたのですが、どうもうちのテレビの映りが悪い。父親に訴えると、「よし」といって屋根に上がり、寒風のなかアンテナの向きを調整してくれました。
 ところがそれがあだとなって、受信状況はさらに悪化。
 砂嵐の画面を茫然と見ながら、雑音の合間に聞き取れる音声だけで、記念すべき第1回を視聴することに・・・という悲しい思い出があります。
 再放送でくっきり映像を見た時は、感激で胸が震えました。
posted by Pendako at 12:43| Comment(0) | 120字のブラウン管 | 更新情報をチェックする
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