2019年02月12日

120字の映画館No.15~大林宣彦その1 「転校生」

 監督:大林宣彦
 出演:尾美としのり、小林聡美、佐藤允、樹木希林、宍戸錠、入江若葉
 製作:日本テレビ/ATG 1982年
 原作: 山中恒「おれがあいつであいつがおれで」

寺の石段を転げ落ち、男の子と女の子の、心と体が入れ替わる!あるものが無い、無いものがある!!望まぬ体、見知らぬ境遇に、動転し悲嘆するふたりながら、なぜかお互い愛おしさを募らせる不思議。「さよならオレ」「さよならワタシ」で句読点を打つ、遠い夏の日の映像詩。


転校生.jpg


 大林監督作品では、ファンの圧倒的支持を得る尾道三部作の、記念すべき第1作。(続く2作は「時をかける少女」と「さびしんぼう」)
 ただし初めから意図された三部作ではなく、後から便宜的にそう括られただけでのようです。

 尾道は大林監督の生まれ故郷で、いずれの作品もノスタルジックな詩情に溢れていること、監督の少年時代の心象風景を映し出していることなど、通底する要素は多々ありますが、一貫したテーマや構想に沿って作られたものではありません。

 今でもこれらのロケ地を尋ねて、尾道詣する人が後を絶たないとか。

 尾道といえば、小津安二郎監督「東京物語」(松竹1953年)の舞台にもなっているので、私ものんびりロケ地巡礼の旅に出るような機会があれば、候補地のひとつに加えたいですね。
 
 「転校生」は、人格入れ替わりをテーマにした作品です。

 人格入れ替わりテーマとは、
 人物Aの体に人物Bの心が宿り、入れ違いに人物Bの体には人物Aの心が宿る―という架空の現象を扱った物語です。

 立場の異なるふたりの人物の入れ替わり―親と子、乱暴者と軟弱者、年寄りと若者、追う者と追われる者・・・
 その立場に大きなギャップがあればあるほど、面白い展開が望めます。(その意味で最もシンプルで、最大の効果を発揮するのは、男女の入れ替わりというパターン)

 いまでは小説やマンガで、この人格入れ替わりテーマはありふれたものになっています。
 また洋の東西を問わず、映画やテレビドラマでも頻繁に取り上げられているようです。
 最近では大ヒット映画「君の名は。」が、記憶に新しいところでしょう。
 もはや特異なテーマというより、ひとつのジャンルを形成している感があります。

 ですが「転校生」の公開は1982年、原作の「おれがあいつであいつがおれで」の発表が1979年です。
 当時はこうした題材の作品は、他にほとんど見当たらなかった気がします。
 入れ替わりではなく、ある人格が他者の肉体に棲みついたり、乗っ取ったりする話、あるいは複数の人格がひとつの肉体に同居するといった話は、それまでのSFや怪奇小説でお馴染みでしたが。(山田風太郎の忍法帖にもありました)

 かろうじて妹が購読していた、『りぼん』か『週刊マーガレット』で連載の、弓月光のマンガがそれっぽかったような気がします。
 どんなシチュエーションだったかよく覚えていませんが、主人公が女性の体になったのをいいことに、女風呂に堂々と入るといった、スケベ心満開のコメディだったような・・・
 ちょっと調べてみたら「ボクの初体験」という作品が、どうもそれらしい。
 1975年~翌年に『週刊マーガレット』連載、とありました。

 それと私は未見ですが、兄と妹が入れ替わる児童小説「あべこべ玉」(湘南書房1948年 のちに「あべこべ物語」と改題)というのがあって、これが人格(とくに男女の)入れ替わりテーマの嚆矢―になるらしいです。
 著者はサトウハチロー。
 ちょっと読んでみたい気がします。

 さて映画「転校生」は、同級生の中学生男女が入れ替わるパターン。(原作では小学生の男の子と女の子)

 これを初めて観たのは1984年頃、池袋の映画館でした。(テアトル池袋だったか?)
 併映が「ハウスHOUSE」「ねらわれた学園」「瞳の中の殺人者」の4本立て。オールナイト上映の、大林宣彦特集でのことでした。

 それまで大林監督の映画作品は観たことがなかったのですが、たまたまテレビの2時間ドラマ「麗猫伝説」を観たところ、外連味たっぷりの映像テクニックに加え、昔の怪談映画へのオマージュに満ちた楽しい作品だったことに好感して、この監督さんの映画のほうもまとめて観てみよう―という気になったらしい。
 
 よほど私の体調が悪かったんでしょう、正直なところ併映の3本は辛かったですね。
 華麗な映像テクニックも上っ面を飾るだけのもので、唐突に挿入されるギャグも滑りまくり、何よりもドラマ部分が支離滅裂で、失笑するばかり・・・
 3本観終わる頃には、いささかうんざりしていたような気がします。

 ところが最後の上映作「転校生」が、とんだ拾いものでした。

 モノクロ画面で始まる冒頭部分から、石段を転げ落ちるシーンを経て、カラー画面に転換していくあたりですでに「この映画は傑作だ」と、私は確信しました。

 その確信のとおり、終盤でまたモノクロ画面に転換して迎えるラストシーンでは、至福感に満ちた涙を流したことでございます、不覚にも。

 その後何回も観直しましたが、そのたびに全篇通じて、ある種の陶酔感に身を任せながら観終わることになります。
 私の心情に、よほど波長の合った映画なのでしょう。
 
 いまでもどこかで「アンダンテ・カンタービレ」や「タイスの瞑想曲」などが流れてくると、「転校生」のいくつかのシーンが浮かんできて、ちょっと甘酸っぱい気分になりますね。
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2018年12月13日

120字の映画館No.14~黒澤明その5 「素晴らしき日曜日」

 監督:黒澤明
 出演:沼崎勲、中北千枝子
 製作:東宝 1947年

敗戦直後の、荒廃と復興が鬩ぎあう東京の街角。二人合わせて35円のデート資金が、5円10円と減るうちに、夢は萎んで行くばかり・・・現実への憤り、将来への幻滅、そして二人に訪れた破局の危機―しかし、野外音楽堂に希望の灯は点る!観終わって心和む、いじらしくも愛すべき佳篇。

素晴らしき日曜日・映画ポスター.jpg


 ある春先の日曜日、恋人同士の待ち合わせから終電の別れまで、まる一日のデートを描いた作品です。
 貧しい二人、その日の持ち金は合わせて35円(現在に換算すると2,000円程度?)、これで「素晴らしい日曜日」を過ごそうというわけです。

 シケモクなんて言葉はもはや死語でしょうが、この映画の開巻、主人公・雄造が恋人・昌子を待ちながら、道端に落ちた吸殻を、物欲しそうに眺めているところから始まります。
 意を決して拾い上げようとしたところに、昌子が到着しそれを咎める―という、うらぶれた雄造の品格が辛うじて保たれる、秀逸なシーン。

 映画は、このカップルのその日のできごとを、ときにコミカルにときに深刻に描いていきます。
 ですが、彼らが行く先々で味わうのは、惨めさ、痛ましさ、失意ばかり―終いには二人の関係にも、ひびの入る事態になるのですが・・・
 最後に用意された野外音楽堂のシーンで、黒澤監督は冒険的な演出を試みました。

 暗鬱な気分に沈む雄造を慰め、励ますため、昌子は架空の演奏会を提案します。(ダフ屋のチケット買い占めで、楽しみにしていた市民ホールの演奏会を諦めた・・・というエピソードを踏まえてのこと)
 指揮者は雄造、聴衆は昌子、ほかに誰もいない二人きりの演奏会です。曲目はシューベルトの未完成交響曲。
 雄造の揮う指揮棒が、果たして昌子の胸に交響楽を鳴り響かせることができるか?
 舞台の中央に立ったものの、彼は逡巡します。昌子に促されても躊躇が先に立ち、なかなか始められません。もしも何も聞こえなかったら、それは二人が破局するとき・・・そんな恐れがあったのでしょう。
 ですが昌子は、決然と訴えます。

 誰に?―この映画を観る観客に、です。彼女はカメラを真正面に見据えて、切々と訴え始めるのです。

 指揮者に勇気を、私たち二人に声援を―と。

 この映画を私は、かれこれ40年以上昔、満員のオールナイト興行で初めて観たのですが、このシーンになったとき戸惑ったような、パラパラとした拍手が起こりました。
 しかしそれが呼び水になったのでしょう。すぐさまもの凄い拍手が、場内から湧き起って来ました。
 映画館は共感の場だ―ということを実感できた、実に貴重な体験でした。
 黒澤明の目論見は、少なくともこの夜に限っては大成功だったのです。

 さて映画は、冒頭のシーンに対比される形で締めくくられます。雄造は昌子を見送ったあと、また煙草の吸殻に目を止めるのですが、すぐさまそれを踏みにじります。
 雄造は矜持を取戻し、二人の希望も途切れることなく、明日に繋がることを暗示して、物語は終わります。
 清々しい朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだときのような、清新な気持ちにしてくれる映画。全篇緊張と気迫漲る力作・大作の合い間に、ふと観返したくなる、愛すべき小品です。
 戦後間もなくにつくられた映画。予算の都合上、ほとんどがロケ撮影なので、東京の街の様子がありのままに映し出されます。今となっては、当時の貴重な記録映画として見ることも一興です。

 主演の二人について。

 雄造役の沼崎勲(1916年~1953年)を、私はこの映画以外で見かけたことはありません。東宝で幾つかの作品に出演、東宝争議のごたごたで東宝を離れてから、独立プロ系の作品にも幾つか出演したようですが、何といっても代表作は「素晴らしき日曜日」でしょう。飄々とした風貌が、映画が深刻になりすぎるのを抑えていて、適役だと思います。

 昌子役の中北千枝子(1926年~2005年)は、この作品では恋人に気遣いながらも、提案したり励ましたり意見したりと、常に雄造をリードする役柄を好演しています。
 黒澤作品では他に、「酔いどれ天使」と「静かなる決闘」で重要な役どころを演じ、それ以外にも映画、テレビドラマに脇役で多数出演。私も良く拝見しました。この女優さんが顏を見せると、なぜかほっとしたものです。
 ある年代以上の方には、「ニッセイのおばちゃん」でお馴染みですね。

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2018年12月07日

120字の映画館No.13~新東宝映画その2 「エノケンの天国と地獄」

 監督:佐藤武
 出演:榎本健一、若山セツ子
 製作:新東宝 1954年

サーカス一座の人気者に不運が巡り、止むなく犯した強盗殺人。悲観し妻子を残して死を選んだ男に、いっときだけ地上に戻ることが許された。子と遊び妻と語らうかけがえのない時間が今一度!だがやがて、再び別離が近づいて・・・家族を思う男の喜びと悲哀、万人の胸を打つ佳篇。

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 エノケンは「日本の喜劇王」とも称されたコメディアン、榎本健一(1904年~1970年)の愛称ですが、現在この名を聞いてピンとくる方はどれほどいるでしょうか。
 私の物心ついたころ(昭和30年代)はまだご存命中でしたが、その当時でも「過去の人」という印象しかなかったような気がします。
 たまに話題にのぼっても、昔の輝かしい芸歴と引き比べ、いまの凋落ぶりを窺わせるようなものばかりでした。だからでしょうか、たまにテレビ番組で見かけても、痛々しいばかりで素直に笑えませんでした。
 喜劇を生業にする人の実生活は悲劇―を地で行くような人生だったのかも知れません。

 共演の若山セツ子(1929年~1985年)さんは、1946年の東宝ニューフェース(第1期)に合格して女優になった方で、同期に三船敏郎、久我美子、堺左千夫などがいます。
 三船敏郎のデビュー作「銀嶺の果て」(東宝 谷口千吉監督 1947年)や、話題作「青い山脈」(東宝 今井正監督 1949年)などで、東宝伝統の清純派スターの系譜に連なる女優として人気が出て、相当数の作品に出演されていますが、健康に恵まれず十年ほどで映画界を引退。
 晩年も度重なる不幸に見舞われ、痛ましいような形でご生涯を閉じたようです。

 私が初めてゴジラ映画を観たのは、テレビで放映した「ゴジラの逆襲」(東宝 小田基義監督 1955年)でした。
 この中で漁業会社の社長令嬢にして、魚群探査機と交信する無線係(縁故入社?)の役を楚々と演じていました。探査機のパイロット(小泉博)が恋人―という設定で、職務を生真面目に遂行しながら、ときおり恋人への甘えが混じってしまうという、可憐な役柄だったと思います。

 このおふたりの晩年に重ね合わせたわけではありませんが、今回ご紹介する「エノケンの天国と地獄」も、ある種の無常観を覚えながら観た映画です。
 コメディ的な要素はあったかも知れませんが、ドラマの前半部分も含め、細かいところはあまり覚えていません。何歳のときだったか、テレビで一度観たきりなので。

 自殺して死んだ男(榎本健一)が天国の裁判所で、生前の悪行を理由に、地獄での懲役刑を言い渡されます。
 しかし情状も酌量され、その懲役を無事果たしたときに、ほんの数時間だけ下界に戻ることが許されるのです。
 地上に降りた男は、生前に苦労をかけた妻(若山セツ子)と成長した息子に出会い、至福のときを過ごすのですが・・・
 やがて天国から使いがやって来て、妻と息子が見守るなか、男は天国に戻っていく・・・というのがあらすじです。
 ただ彼の正体は、妻にも子供にも決して気づかれないという設定になっていて、観ていてそこがとてももどかしく、実に哀切なラストになったと記憶します。

 このあらすじには元ネタがあります。
 ハンガリーの劇作家、モルナール・フェレンツの「リリオム 或るならず者の生と死」という戯曲だそうです。
 死んだ男が天の配剤でいっときだけ生き返り生前の悪行の償いをする、というこの筋立ては、多くの創作者を刺激したようで―
 森鴎外や川端康成に「リリオム」の翻案があったり、ブロードウェイ・ミュージカル「回転木馬」の原案になったり・・・「トムとジェリー」にも似たようなエピソードがありましたね。


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2018年12月05日

120字の映画館No.12~新東宝映画その1 「エノケンのとび助冒険旅行」

 監督:中川信夫
 出演:榎本健一
 製作:新東宝 1949年

「お福ちゃん!」「あいあーい」娘の首はびよーんと伸びてびっくり仰天。マタンゴも斯くやの化け物きのこが押し寄せる、人食い蔦蠢く不気味な谷を抜け、大毒蜘蛛は目をらんらんと光らせ襲い来る・・・紙芝居のような書割を背景に、とび助とお福ちゃんのスリル満点の大冒険!


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 かつて新東宝という映画会社がありました。戦後間もなく東宝に大争議が起こり映画製作どころじゃない状況になったとき、大物俳優や組合を脱退したスタッフ有志たちが、1947年に起ち上げた映画製作会社です。
 黒澤明の「野良犬」なんかもここで作られています。文芸路線から次第に大衆路線、エログロ路線にシフトして、1961年に倒産しました。

 これは単なる私の憶測ですが、倒産時に会社清算の関係で、それまで新東宝で製作された映画の放映権が、一気にテレビに流れたのではないでしょうか。
 1960年代前半、私がテレビで観た中で記憶に残る邦画と云うと、やたら新東宝の作品が多かったような気がします。
「ノンちゃん雲に乗る」「エノケンの天国と地獄」「怪猫お玉が池」等々。断片的なシーンを覚えているものの、いまとなっては何という映画なのか確かめようのないものもたくさんあります。
 学校から帰るとちょうど「奥様映画劇場」という番組が始まるので、大抵はそこで観たものと思います。
「エノケンのとび助冒険旅行」もそのなかの一本でした。
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 これは面白かった。
 頭を殴られ金勘定もままならなくなった人形使いのとび助と、生き別れになった母親を探す女の子(お福ちゃん)が、「あたまが利口になる」果実が実るという、お福ちゃんの母親のふるさと目指して旅をする話。
 ふたりの行く手には様々な妖怪変化や不気味な森や谷が立ちふさがるのですが、知恵と勇気をふりしぼりながら難を逃れ、やがてふるさとに辿りつくと、お福ちゃんのお母さんが待っていた・・・という恐怖あり笑いあり涙あり、ワクワクドキドキの傑作ファンタジー時代劇でした。
 昔の見世物小屋や遊園地のお化け屋敷のチープさを逆手に取ったような、手作り感がたまらなく良いですね。

 脚本が黒澤明の師匠筋にあたる山本嘉次郎。戦前にエノケン主演の喜劇映画を何本も撮った監督で、特撮ファンには「ハワイ・マレー沖海戦」が有名でしょう。この巨匠が実に楽しい脚本を書いたものです。

 監督の中川信夫は、怪談、文芸もの、犯罪アクション、喜劇、時代劇、捕物帳・・・など、多彩な題材で生涯100本以上の作品を撮った職人監督で、そのうち60本前後が新東宝作品です。
「東海道四谷怪談」や「地獄」が飛びぬけて有名ですが、「エノケンのとび助冒険旅行」も、いま観返してみたい映画のひとつです。




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2018年11月30日

120字の映画館No.11~黒澤明その4 「生きる」

 監督:黒澤明 製作:東宝 1952年
 出演:志村喬、小田切みき

♪いのち短し恋せよ乙女♪これは乙女ならぬ初老の男の、余命半年の物語。死の恐怖を打ち消すは享楽の巷か、若い娘の零れんばかりの生命力か。いや彼は―ささやかな使命に生を預けた。誰にも知られず、愚直に、粘り強く彼は生き、やがて雪降る公園で、最期の唄を・・・


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 たいていの映画では、始めに映画会社のロゴが仰々しく映し出された後、主要キャストや主要スタッフを紹介するクレジット・タイトルが流されます。その最後に監督名が出て留めとなり、本篇に入っていく―というのが通例で、映画製作ではやはり監督と云うのがいちばん偉いんだな、と思います。
 ですが私は、映画で最も重要な骨格は、脚本にあると思います。映画の良し悪しを決定する、最大の要素が脚本だと思うのです。

 最良の脚本があったとして、それを生かすか殺すかは監督の手腕です。最良の脚本から大傑作が生まれることもあれば、駄作(これが言い過ぎならば、トホホ作品)に終わることもあります。(例として黒澤明監督の「椿三十郎」と森〇芳〇監督の「椿三十郎」)
 しかし最悪の脚本からは、駄作以外生まれません。平凡な監督が平凡に演出しても、天才監督が全才能を傾注しても、脚本の出来以上の作品は生まれないでしょう。(例を挙げたら切りがないので、ここでは黒澤明にちょこっと関係する、今井正監督「妖婆」と橋本忍監督「幻の湖」を)
 では、最良の脚本とは―?
 というのはおいおい考えていきたいと思いますが、黒澤明の作品は押しなべて脚本が優れています。無声映画の時代から培われてきた、脚本の文法というものを自在に駆使するだけでなく、大胆で斬新な手法をどんどん取り入れています。
 だから黒澤映画の脚本は、それ自体ひとつの作品として読むこともできます。(かつて岩波書店『全集 黒澤明』全7冊を、夢中になって読みました)

 物語の主人公は、余命いくばくの恐怖を紛らわそうとする無為な日々を経て、あるきっかけから、残された人生に自分の使命を見いだし、「さあこれからだ」とばかりに市役所を飛び出して、現地視察に赴こうとする・・・
 映画「生きる」の脚本で凄いのは、そこで場面が切り替わり、亡くなった主人公の、お通夜の席にワープするところです。主人公の事跡は、お通夜の席に集まった人々の口から語られます。A→B→Cと描かれるべきところ、A→C→Bとなっているのです。
 仮にA→B→Cという形で進むならば、おそらく全篇通じて主人公の主観のみで語られるでしょう。それなりに感動的な作品に仕上がるとは思いますが、哀れで健気で勇気ある人物を淡々と情緒的に描くだけの、平板なものになったと思います。
 この大胆な回想形式を取り入れて、A→C→Bと語ることにより、そこに主人公を取り巻く人々の、客観的な視点が加わります。哀れで健気で勇気ある人物を、重層的な評価を加えながら描くことになり、物語に説得性と深みをもたらしているのだと思います。
 脚本は黒澤明・橋本忍・小国英雄の三人、最強の脚本チームです。
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 浅草で初めてこれを観たとき、心が揺さぶられ、涙が溢れて堪りませんでした。私はまだ若く、そこそこ健康体だったので、純然たる物語として感動したのです。
 次に新宿で観たのは、私が仕事に行き詰まりを感じていた頃のことです。やはり心が大きく揺さぶられ、こっそり涙を拭いながら観終えました。
 死を宣告されたとき、自分はどう生きるだろうか?
 そんなことを考えていると、仕事の悩みなど、大した問題ではなくなりました。
(途中省略して・・・)つい最近はDVDでの鑑賞です。自宅だったので誰に気兼ねすることなく、滂沱の涙となりました。
 ふと気が付けば、私は志村喬演ずる市民課長の年齢を超える歳になっていました。
 これまで私は生きてきたのか、死んだままで過ごしてきたか?
 自分に大きな命題が、突きつけられたような気がしました。
 私も所詮、「生きる」に登場する、その他大勢の市役所職員同様に、いっとき感激してやる気を奮い立たせるも、やがて日常の些事に埋没していくのかなあ・・・
 そんなことも、ちょっと考えさせられました。

 娯楽映画好きな私の父は、「生きる」は毛嫌いしてましたね。黒澤作品の中でこれだけはつまらん―と。晩年は「生きる」の主人公みたくなってましたが。

posted by Pendako at 13:03| Comment(0) | 120字の映画館 | 更新情報をチェックする
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