2019年05月18日

120字の映画館No.20~ヒッチコックその4 「知りすぎていた男」

 原題:The Man Who Knew Too Much
 監督:アルフレッド・ヒッチコック 製作:アメリカ 1956年
 出演: ジェームズ・ステュアート、ドリス・デイ

モロッコの町で謎の言葉を託されたがために、国際的陰謀に巻き込まれたアメリカ人夫婦。警察に頼るも、息子が誘拐された!ロンドンでは要人暗殺の計画が進む。父親の執念、母親の機転で息子の奪取なるか?計画は阻止できるか?コンサート会場に合図のシンバルは打ち鳴らされた!!

知りすぎていた男・映画ポスター.jpg


 家族そろって楽しめる、ヒッチコック会心の娯楽作品です。ひたすらクライマックスに向かって緊迫感を高めていく、直球ど真ん中のサスペンススリラー。

 イギリス時代の作品「暗殺者の家」(1934年)を語り直したセルフリメイクだけに、押さえるべきツボはより適確に、出演者もスケールも技巧も、より絢爛豪華なものにグレードアップされています。

 この映画では、音楽が重要な役割を果たしています。

 ひとつは、誘拐された息子の居所を探る母親(ドリス・デイ)-かつては有名な歌手だったという設定―が、某国の大使館に招かれるところ。

 彼女は、どうやらこのなかに息子が拉致されているらしい、と睨んでいます。
 そこで彼女は歌―有名な「ケ・セラ・セラ」-を披露するのですが、居並ぶ人々がニコニコと聞き惚れるのを尻目に、次第に声量を上げ、館内の隅々まで響き渡るような声で歌い上げていくのです。
 奥まった部屋に閉じ込められていた息子が、懐かしい母親の歌声に気づいて・・・という場面。


 この、ドリス・デイのために用意された「ケ・セラ・セラ」は、世界的な大ヒットとなり、アカデミー賞の歌曲賞も受賞しました。

 もうひとつは陰謀団が、コンサート会場で要人暗殺を決行しようとするシークエンス。

 演目の交響楽の終盤に、ただ一度だけシンバルが打ち鳴らされる個所があるのですが、そのシンバルを合図に、狙撃者の銃が火を放つ―という寸法です。
 陰謀団のアジトでリハーサルが繰り返されるシーンがあるので、映画の観客も事前にその段取りを知っており、演奏が始まるや、いまかいまかとハラハラしながら音を追いかけることになります。
 それを煽るように、カメラは音符の跳び跳ねる譜面を大写しにし、やがてシンバル奏者の姿を捉えます。彼がピクリと動くと、「ついにか」と観客もピクリとする―そんな演出。
 しかしその瞬間に鳴り響いたのは、またしても母親の歌声―ではなく、悲鳴!

 このときの楽曲も、この映画のために用意されたもので、ヒッチコックに重用された作曲家、バーナード・ハーマンの「カンタータ~嵐雲」という作品。

 というわけで、一家の父親役ジェームズ・スチュアートを差し置いて、映画の役柄だけでなく、実生活でも歌手として活躍していた母親役のドリス・デイを、徹底的にフィーチャーした作りになっています。

 この映画を私は、有楽町の映画館で初めて観て、その後あちこちで繰り返し鑑賞しました。なぜかヒッチコック作品の初見は、日比谷か有楽町でと決めていたようです。

 しばらくのあいだ門外不出となっていた、ヒッチコックのパラマウント時代の作品が、続々とリバイバル上映された1984年ごろのことです。

 そのドリス・デイ(Doris Day)が先日(2019年5月13日)、97歳で亡くなったとの報がありました。

 まだ存命していたのか、という驚きのほうが先に立ちましたが、次に思い浮かべたのは、先にも記した名曲、「ケ・セラ・セラ」を朗々と歌い上げる、この映画のワンシーンでした。

 子を思う母親の必死さがぐいぐいと胸に染み入り、ヒッチコック映画では珍しく、ウェットな感動をもよおしたものです。

 ドリス・デイといえば、古き良き時代のハリウッド映画を代表するコメディエンヌというイメージですが、実はこれまで私は、彼女の主演映画としては、この「知りすぎていた男」以外に観たことがないような気がします。
知りすぎていた男01.jpg

 この作品での、ユーモアたっぷりの良妻賢母ぶりから、他の作品の役柄も、典型的なアメリカ中流家庭の、健全活発なお嬢さん役や、明朗闊達な奥様役を連想するのですが、どうなのでしょう。

 ミュージカル映画「カラミティ・ジェーン」と、ケーリー・グラントと共演した「ミンクの手ざわり」は、観てみたい気がします。

 歌手としての代表曲では、「ケ・セラ・セラ」の他に、「センチメンタル・ジャーニー」が有名ですね。

 いずれも昭和30年代、日本の歌手(松本伊代に非ず)が盛んにカバーしているのを耳にしたものです。
 オリジナルがドリス・デイだったとは、当時はまったく知りませんでした。

 ともあれ京マチ子さんに続いて、銀幕を彩った懐かしの大スターがまたひとり地上を離れ、シネマ座とでも言うべき星座の一角に、輝きを灯すことになりました。

 謹んでご冥福をお祈りいたします。
posted by Pendako at 22:25| Comment(0) | 120字の映画館 | 更新情報をチェックする

2019年05月16日

120字の映画館No.19~女優 京マチ子さんを偲んで 「黒蜥蜴」(1962年版)

 監督:井上梅次
 製作:大映 1962年
 出演:京マチ子、大木実、叶順子、川口浩
 原作:三島由紀夫(江戸川乱歩原作の戯曲「黒蜥蜴」より)

完璧な美をこよなく愛する女賊・黒蜥蜴―企てるは美しき令嬢の誘拐と、大粒のダイヤ「エジプトの星」の奪取。立ちはだかるは好敵手・明智小五郎!しかし知力を尽くす争奪戦の末、盗まれたのは黒蜥蜴の心だった!! ミュージカルシーンも随所に配した、妖しく楽しい猟奇探偵活動大写真!!

黒蜥蜴(1962年).jpg

 江戸川乱歩の長篇探偵小説「黒蜥蜴」は、2度映画化されています。

 1962年大映製作の井上梅次監督「黒蜥蜴」と、1968年松竹製作の深作欣二監督「黒蜥蜴」のふたつ。
 黒蜥蜴役は前者が京マチ子、後者は丸山明宏(現・三輪明宏)。明智小五郎役は前者が大木実、後者では木村功。

 大筋のストーリーはほぼ同じですが、いずれも乱歩の「黒蜥蜴」とは少しテーマが異なります。

 と言うのはいずれの作品も、江戸川乱歩の「黒蜥蜴」をもとにして三島由紀夫が書き下した作品、戯曲「黒蜥蜴」を原作としているからです。
黒蜥蜴(三島由紀夫).jpg

※三島由紀夫「黒蜥蜴」(学研M文庫 2007年初版)

 そして三島戯曲版は、乱歩小説版にあった余分なプロットを端折り、女賊と探偵という好敵手同士の、禁断の恋に焦点をあてた作りになっているのです。

 ですから井上映画版も深作映画版も、厳密に言えば三島由紀夫原作、江戸川乱歩原案の映画、と言ったほうが正確だろうと思います。

 深作版は、たぶん高校の頃にテレビで観たきり。
 丸山明宏の黒蜥蜴は、さすがに高校生の目には違和感しかなく、妖艶さは微塵も感じられなかったですね。
 予備知識もなかったので、終盤近くの、三島由紀夫本人の出演場面も覚えていません。
 いま観返したら違った感想を抱くかも、です。

 それからだいぶ後になって、井上版を劇場で観ました。

 江戸川乱歩特集の3本立て、併映は確か「江戸川乱歩の陰獣」(松竹1977年 加藤泰監督)と「江戸川乱歩猟奇館 屋根裏の散歩者」(日活1976年 田中登監督)だったかと思います。
 どこの劇場でだったか、それだけがちょっと記憶にないのですが・・・
 ともあれ印象としては井上版のほうが強く残っており、今回取り上げるのはこちらのほう。

 セリフは全篇、過度に装飾的な言い回しに満ちていて、諧謔趣味や洒落っ気も横溢する作品です。このあたり絢爛とした、三島由紀夫色が濃厚に感じられます。

 唐突に黒蜥蜴の手下たちが歌い踊り始めたり、黒蜥蜴の犠牲者たち(人間の剥製です)が、急に息を吹き返して妖艶なダンスを繰り広げたり―そうしたミュージカルシーンが随所に登場しますが、作品全体に通底する雰囲気からすれば、不自然さはまったくありません。

 また黒蜥蜴が、手柄を立てた手下たちに論功行賞で報いる場面は大笑いでした。
 手柄に応じて称号を授け、トパーズとかダイヤとかいった宝石を一粒ずつ与えるのです。
 その称号と云うのが、「緑の亀」とか「黄色い鰐」といった感じで―

 こうした感覚は乱歩のものではありません。

 一方で、黒蜥蜴と明智小五郎が互いに、相手の裏をかくトリッキーな策略を繰り出して、形勢が次々と逆転する面白さは、乱歩お得意の作劇法。
 
 一例を上げれば序盤の、黒蜥蜴が明智小五郎を出し抜いて、宝石商の娘・早苗をまんまと誘拐せしめるや?―のシークエンス。

 誘拐の手筈から段取りや手順まですべて、黒蜥蜴一味の側から描いているのです。
 まるで種明かしをされながら奇術を見るようで、観客の驚きを損ねるような描写ではないのか?

 そんな心配をしながら観ていると、黒蜥蜴の手際良さからぼんくらに見えた明智は、実はその計略を見破っており、みごと誘拐を阻むことに―
 観客の知らないところで、一味の計略の裏を掻く、明智探偵の秘策が進行していた―というわけです。

 このどんでん返しにこそ観客は意表を突かれ、爽快感を味わう―スピーディなカッティングで状況を軽やかに描く、監督の演出手腕の冴えもあって、思わずニヤリとしてしまいました。
 乱歩の長篇小説では、よくこんな場面に出くわします。

 乱歩作品の映像化と言うと、そのアブノーマルな世界の描写に腐心するあまり、次々に繰り出されるトリックの妙に感歎するという、活劇としての面白さを置き去りにしたものが多いように思われます。

 その点この井上版「黒蜥蜴」は、変装、成りすまし、隠れ蓑、心理的錯誤、人間消失・・・攻守ともにめまぐるしくトリックを駆使した、知的闘争劇に仕上がっていました。
 
 三島由紀夫と江戸川乱歩の、いずれのテイストもバランスよく配された、実に楽しい作品だったと思います。

 さて、黒蜥蜴役を演じた京マチ子さん。
続きを読む
posted by Pendako at 11:42| Comment(0) | 120字の映画館 | 更新情報をチェックする

2019年03月08日

120字の映画館No.18~大林宣彦その2 「さびしんぼう」(続き)

(承前)
なんだかへんて子.jpg

 ※原作の山中恒「なんだかへんて子」(偕成社 1985年04月初版)

 さて―

 「さびしんぼう」というのは、大林宣彦監督の造語です。

 「ひとを恋するとき、ひとは誰でもさびしんぼうになる」

 ―という主人公の独白が劇中に出てきますが、なんとなく分るような、分らないような・・・

 憧れの対象を希求するとき―とくにナイーブな少年や少女が初めて人を恋するとき、彼らの中に不安定な感情のゆらめきが生じます。

 あこがれ、ときめき、おそれ、もどかしさ、切なさ、割り切れなさ、ほろ苦さなど、さまざまな気持ちがないまぜになり、相手のちょっとした素振りにも、敏感に揺れ動く心の状態です。
 それを大林監督は、「さびしい」と表現するのです。
 
 そうした感情を抱きながら鬱々とする彼らを「さびしんぼう」と言い、転じてその感情を引き起こす、憧れの対象をも「さびしんぼう」と呼ぶ。
 そんな意味合いの造語だと思います。

 正直なところ私個人としては、人前で口にするのは、ちょっと面映い言葉ではありますが・・・

 ところが少年少女の初恋が、順調に成就することなど極めて稀で、大抵は失恋の痛手を抱えたまま成長することになります。

 時を経て、歳を重ねるうちに、失恋に傷つくほど純粋で無垢な心などいつしか消え去り、やがて若干の妥協のもと家庭を持ち、子に口やかましい親となる・・・

 それでもふと、はるか昔のあの頃を追憶すれば、セピア色に変色してはいるものの、そこには自分だけの「さびしんぼう」がひっそりと息づいている―

 この映画は、そんな追憶に浸るきっかけを観客自身に与えてくれる―つまりこれこそが映画「さびしんぼう」のテーマだと思われます。

 そのテーマに沿って捉えなおすなら、「百合子篇」と「へんて子篇」―ふたつの物語は、連綿と続くひとつの物語の、前篇と後篇という見方もできるのです。(もちろん時系列や人物の異同は無視しての話)

 外見上はまったく色合いの異なるふたつの物語が、違和感なく併存することができる所以だと思います。

 いささか牽強付会気味に申せば、ヒロキの「さびしんぼう」である橘百合子―

 橘の花言葉は「追憶」、百合の花言葉は「純粋・無垢」

 このセピア色にくすんだ初恋物語のヒロインに、実にふさわしいネーミングではありませんか。

 それはともかく、ヒロキと百合子、ヒロキとさびしんぼう―いずれの関係も、痛切なほど哀しい結末を迎えます。

 ですが、この映画にはエピローグが添えられています。

 哀切の余韻に沈んだ映画館の観客は、おそらくここで深く安堵し、幸福感に包まれたことでしょう。

 人を想い、人に想われる・・・その都度「別れの曲」が繰り返されるものの、この営みは次々と連環しながら、永遠に続くことを暗示させる、そんな幕切れです。
 
 百合子とさびしんぼうの二役をこなした富田靖子さんが、さらにふたつの役柄で登場しますが、それは観てのお楽しみ―ということにいたしましょう。

 私が最初にこの映画を観たのは、封切り時(1985年4月)、渋谷東宝においてでした。

 第1回の東京国際映画祭がもうじき開催される―ということで、なんとなく渋谷の街が湧き立っていた頃のことです。

 私はというと、同時開催の東京国際ファンタスティック映画祭のほうに注目しており、その前売りチケットを入手しようと渋谷に赴いたついでに、「さびしんぼう」を観たような気がします。

 いつも心の片隅に大事にとっておきたい、思い出の映画になりました。
posted by Pendako at 11:15| Comment(0) | 120字の映画館 | 更新情報をチェックする

2019年03月07日

120字の映画館No.17~大林宣彦その2 「さびしんぼう」

 監督:大林宣彦
 製作:アミューズ/東宝 1985年
 出演:富田靖子、尾美としのり、藤田弓子、小林稔侍
 原作: 山中恒「なんだかへんて子」

面影を心のフィルムに焼き付けて―ひとりの少年の、憧れの美少女に寄せる想いは、「別れの曲」の調べに乗って切なく揺蕩う・・・と思いきや、変てこ少女さびしんぼうが現れて、大騒動を巻き起こす!この少女は何者?風に舞った古ぼけた写真に秘められた、もうひとつの恋物語とは?

さびしんぼう.jpg


 大林宣彦監督の故郷、広島県尾道市を舞台にした三部作の、「転校生」「時をかける少女」に続く第3作目。

 この映画は、もちろんカラー作品ですが、映画全篇に亘って画面の色調が、微かにセピア色にくすんでいることを、まず指摘しておきたいと思います。

 記憶のフィルムに写し撮った若き日の情景を、はるか後年に追憶するという、ノスタルジックな物語。
 映画の観客をその世界にいざなう、大林監督の映像マジックです。

 この映画の魅力や仕掛けについて語ろうとすると、どうしても物語の内容に言及しないわけにはいきませんので、当ブログの趣旨に反しますが、まずは簡単にあらすじから―

 寺の住職のひとり息子で、高校二年生のヒロキ(尾美としのり)を主人公に、冬のあいだに起こったふたつの物語が並行して語られます。

 便宜上このふたつを、「百合子篇」と「へんて子篇」としておきましょう。

 「百合子篇」は、監督自身の体験を色濃く反映した(と思われる)、初恋と失恋の物語。

 ヒロキの憧れのマドンナは、高台から見下ろす女子高の生徒で、放課後の教室でいつもピアノを弾いている美少女、橘百合子(富田靖子)です。(この時に流れるショパンの「別れの曲」は、以降全篇に亘ってリフレインされます)

 しかしヒロキは、その姿をカメラの望遠レンズ越しでしか、拝むことができません。
 あるいは、海を隔てた向島から渡船と自転車とで学校を行き来する彼女の通学姿を、せいぜい遠目から追いかけるだけ。

 ヒロキは、冬休み中になんとかきっかけを掴んで百合子に手渡そうと、クリスマスプレゼントまで用意するのですが、渡す機会はおろか口を利くこともままならないうち、冬休みが終わります。

 ですが二月に入ったある日、ヒロキに僥倖が―

 自転車のチェーンが外れて難儀する百合子に出合わせたヒロキは、その修理を申し出ます。
 このときふたりのあいだに初めて会話が交わされ、成り行きでヒロキは、彼女を向島の家近くまで送っていくことになるのです。

 尾道の美しい情景と相まって、同道するふたりの初々しくも、しだいに心を通わせていく姿が微笑ましい、実に特筆すべき名シーンです。

 この夢のような出会いに有頂天となったヒロキ。

 ところが、その後の百合子の態度はつれなくて・・・ヒロキはしばし茫然とするばかり。

 そしてそんなある日ヒロキのもとに、百合子からチョコレートの小箱が送られて来るのです。
 訣別の手紙が添えられて。

 彼女には、誰にも知られたくない秘密があるようです。
 意を決したヒロキは、その日の夕刻、百合子に会いに向島に渡るのですが、そこで彼が見たものは?

続きを読む
posted by Pendako at 22:13| Comment(0) | 120字の映画館 | 更新情報をチェックする

2019年02月15日

120字の映画館No.16~黒澤明その6 「醜聞」

 監督:黒澤明
 製作:松竹 1950年
 出演:三船敏郎、山口淑子、志村喬、千石規子、桂木洋子

恋はオートバイに乗って―青年画家と女流声楽家の熱愛?扇情的な捏造報道が街を駆け巡る!ふたりは雑誌社相手に訴訟起こすも、勝算なきまま結審へ。彼らの頼む弁護士こそ、被告に内通するろくでなしだったのだ!!だが彼にはその不正を見透かす、星のように無垢な娘がいた・・・

醜聞 映画ポスター.jpg

 '醜聞'と書いて'スキャンダル'と読ませます。
 
 山中の宿で偶然居合わせた新進画家と女流声楽家の、これまた偶然にも親密に寄り添うような構図で撮られた写真をもとに、邪推と誇張で仕立て上げられた熱愛記事が、津々浦々に広まっていく・・・

 報道の自由か?言論の暴力か?

 実に今日的なテーマですが、1950年という昔にもイエロージャーナリズムはあったのです。
 戦後、報道や言論の自由度が高まったが故の、ある種の弊害でしょう。

 余談ですが、さすが自由の国アメリカでは、日本より半世紀以上進んでいたようです。
 1890年代、新聞王ハーストが購読者や発行部数を増やすために仕掛けた捏造まがいの報道姿勢が、イエロージャーナリズムの始まりとされています。
 ウィリアム・ランドルフ・ハーストと言えば、オーソン・ウェルズ監督・主演の「市民ケーン」(米 1941年)のモデルになった人物でもありますね。

 黒澤明は当初この「醜聞」を、報道の自由を履き違えた低俗下劣なジャーナリズムを告発するための、社会派ドラマとして企画しました。

 ところが「僕の言いたいことがうまく出せない」と、脚本作りの段階から行き詰まります。
 そこで志村喬演ずる蛭田弁護士―どうしようもなく心の弱い人間で、弱いがために保身に逃げる、保身のためには依頼人をも騙す―そんな人物像を物語に投げこんだのです。

 すると「シナリオを書いている私の鉛筆は、まるで生き物のように動き出して」書き上げた、と述懐しています。(黒澤明「蝦蟇の油―自伝のようなもの」より)

 映画完成後しばらくして、その昔に渋谷の飲み屋で出会ったある男のことを、彼は突然思い出します。
 その初老の男は黒澤に、肺病を患って寝たきりの自分の娘がどれほど素晴らしく、それに引きかえ自分がいかにろくでもない人間かを、くどくどと黒澤に語って聞かせたというのです。

 すっかり忘れていたその出来事が、黒澤の潜在意識の中では生き続けていたのでしょう。
 そのエピソードが膨れ上がり、映画全篇に亘る重要なテーマに結実したわけです。

 完成した映画は、社会派ドラマというよりも、人間ドラマに重心を置いたものになりました。
 スキャンダラスな過熱報道の真偽を争う法廷ドラマが主軸ではありますが、どうしようもなく弱く薄汚れた男の、魂の浄化といった側面が強く印象に残る作品となったのです。

 したがって、主演は新進画家・青江一郎を演じた三船敏郎ですが、実質的な主役は志村喬演ずる蛭田弁護士です。

 同じく主演女優は声楽家・西條美也子を演じた山口淑子ですが、ドラマの要となるのは、桂木洋子演ずる結核病みの蛭田の娘・正子でしょう。

 ちょうど「酔いどれ天使」(東宝 1948年)で、掃き溜めで喘ぐ人々を助ける酔いどれ医者(志村喬)を主役に目論んだにも関わらず、泥沼から這い上がる勇気を持てずに破滅の道を辿る、空意地を張ったヤクザ(三船敏郎)が主役の座をかっさらったのと、逆パターンです。

 さて私は―
 この「醜聞」を初めて観たのは、同じ黒澤監督「白痴」(松竹 1951年)と併せた二本立てでのこと。
 いつ頃だったか、大井町か自由ヶ丘の武蔵野館系列の名画座だったと思います。
 一瞬たりとも気を抜けない、緊迫感横溢の「白痴」を観終わった後では、「醜聞」はほっと息をつく小品のように思えたものですが・・・

 蛭田が「あの子はお星様だ」と自慢する娘の正子は、物語の終盤で本当にお星様になり、蛆虫だと自嘲する蛭田は、最後の最後でお星様に生まれ変わる―

 「生きる」(東宝 1952年)の先駆けとなるようなテーマの、愛すべき佳品でした。
posted by Pendako at 16:08| Comment(0) | 120字の映画館 | 更新情報をチェックする
タグクラウド