2019年01月18日

120字の読み物世界No.13~児童文学その1 「五次元世界のぼうけん」

著者:マデレイン・ラングル 訳者:渡辺茂男 絵:津田宏
原題:A Wrinkle in Time
国際児童文学賞全集9「五次元世界のぼうけん」(あかね書房 1965年8月初版)より

落ちこぼれのメグが行方不明の父を探すため、変わり者の弟チャールズ、霊感者のカルビンと連れ立って、遥か宇宙の果てにワープする!助力するのは三人の不思議な老女、迎えうつのは正体不明の「それ」-不気味な天体を舞台に、地球存亡を賭した心理闘争が始まる!!


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 ある日、私が小学校から帰ると、勉強机の上にずっしりとした段ボールの箱が置いてありました。
 なかを開くと高級感漂う装丁の本が、ぎっしり。
 あかね書房版『国際児童文学賞全集』の12冊でした。
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 いまでは新聞購読の勧誘ぐらいでしかお目にかかりませんが、当時(昭和40年前後)はまだ、訪問販売という業態がとても盛んでした。

 私の母親は並外れたお人好しで、訪問販売員がやって来るとお茶まで振る舞って話し込んでしまい、揚げ句に高価で不要な物品が、家の片隅でホコリを被るはめになる―というようなことがよくありました。
 たいていは父親に相談なしでしたので、母親はよく小言を食らっていました。
 オルガンしかり編機しかり新式のジューサーしかり。
(後年になってもその癖は治らなかったらしく、実家には羽毛布団や電動ベッドが、未使用のまま置いてありました)

 書籍の訪問販売というのもあって、図鑑やら百科事典やら全集本など、普段ならねだっても買ってもらえないような書籍を、母親は「ついつい」購入してくれるので、本好きの私にとっては、実にありがたかったです。

 あかね書房の『国際児童文学賞全集』もその伝で、子供部屋の本棚に並ぶことになったわけです。
 確か第1期12巻が出揃った所でまとめて購入し、その後第2期12巻が毎月1冊ずつ届けられた-と記憶します。
 24冊が本棚に並ぶさまは壮観でしたが、高校にあがる頃には、ひととおり読んで面白かったものだけを数冊残し、あとは廃品回収に回ったようです。(いま考えると、惜しい、のひと言に尽きますが)

「五次元世界のぼうけん」はその中でも繰り返し読んだ、お気に入りの一冊でした。

 主人公のメグは、不器量で短気で反抗的な、魅力に乏しい落ちこぼれ少女です。
 ただし物理学者の両親の血を受け継いだか、物理や数学の学力は天才的。5の平方根や7の平方根の、小数点以下をスラスラ唱えられます。

 突然行方をくらました父親を捜すため、彼女は弟のチャールズ(人の心を読む能力があります)、年長の高校生カルビン(霊感能力を有するスポーツマン)とともに、遥か彼方の天体に旅立つ―というお話。

 彼らに加勢するのがワトシット夫人、フー夫人、ウィッチ夫人という魔法使いめいた老女三人。
 原著ではMrs. Whatsit、Mrs. Who、Mrs. Whichとなっているらしく、なかなか意味深なネーミングです。

 もちろん少年少女たちの愛と勇気を謳い上げる、とてつもなく壮大な物語なのですが、作品全体に暗くて不穏な雰囲気がまとわりつき、痛快な冒険活劇とは異なる、何か深遠で哲学的なテーマの物語-という印象のほうが強く残ります。

 また作中には、絶対温度零度とかアインシュタインの原理とかユークリッド幾何学とかいった、物理用語や数学用語が頻出します。
 ビッグバンやブラックホールといった用語は出ないものの、それらのメタファーのような事象も説明されたりして・・・

 理解できないながらも、高級で難解な概念にちょこっと触れているぞ―との感慨を抱きながら、読み進めた気がします。
 まあこれを読んで、理科や算数の成績が上がったわけではありませんが。

 で、彼らが何光年も離れた天体に赴く方法が、五次元運動と呼ばれるもの。(原題のA Wrinkle in Timeつまり「時間の皺」=「時空の歪み」を利用した時空ジャンプのこと・・・たぶん)
 これをウィッチ夫人だかがメグたちに、一次元とは、二次元とは、三次元とは、四次元とは・・・と説き起こしながら説明する場面がありました。

 私はそのくだりをすっかり覚えて、教室で何人かの級友をつかまえては「次元とは?」について、得々と弁舌を揮ったことがあります。
「じゃ五次元てなんだよ」と聞かれれば、これはしたりとばかりに(あるいは説明に窮し)、私は両の手のひらをパンと叩いて、「これだ」と答えた記憶があります。(時空ジャンプというのを、手振りで表現したつもり)
 なんだか自分でもよく分らなかったのですが、無理やりそれで相手を納得させた気になったものです。(ヤな小学生だな)
 物語の筋よりも、こんなことばかり思い出されます。

 なお昨年(2018年)には何とこの小説が、ディズニー映画で実写化されたそうです。(実写といっても、大部分がCG合成なのでしょうが・・・)
 日本ではこの翻訳本が出て以降、復刊されたり版を変えて出版された形跡がなく、作者マデレイン・ラングルの名も含め、知名度は極めて低いものと思われますが、本国のアメリカではいまだ根強い人気を誇る作品のようです。
 日本での公開は未定とのこと。

 ともあれ、小学校時代に読んだSFでは、この「五次元世界のぼうけん」が、最も記憶に残る作品となりました。

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2018年12月10日

120字の読み物世界No.12~ロバート・シェクリイ 「ひる」

 著者:ロバート・シェクリイ 訳者:宇野利泰
 原題:The Leech
 異色作家短篇集(新装版)9「無限がいっぱい」(早川書房 2006年5月 初版)より

空から飛来した“ひる”の胞子は、ちっぽけな塊だった。だが日増しに膨れ上がり、たちまち直径数㎞に。軍隊はやみくもに火器攻撃を浴びせるも、かえって“ひる”の膨張に拍車はかかる!なぜなら“ひる”の栄養源は・・・ やがて地球を呑みこむほどに巨大化する、宇宙ひるの成長記!!

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 私が初めて買ったハヤカワSFシリーズは、グロフ・コンクリン編「宇宙恐怖物語」―確か中学1年の夏のことでした。
 小・中・高と、例年夏休みになると数冊の本を携え、信州にある祖父母の家や従兄弟の家に数日間ずつ居候しながら、読書三昧に耽る慣わしで、中一の夏は「宇宙恐怖物語」での暑気払いとなりました。
 そのなかの一篇が、ロバート・シェクリイの「ひる」です。

 この本には他にも、レイ・ブラッドベリ、リチャード・マティスン、シオドア・スタージョン、アイザック・アシモフ、フィリップ・K・ディック、ロバート・A・ハインライン、フレドリック・ブラウン・・・錚々たる作家の傑作短篇がぎっしり詰まり、SF初心者には格好の入門書でした。
 これを皮切りに、同じシリーズの「刺青の男」(ブラッドベリ)、「動乱2100」(ハインライン)、「鋼鉄都市」(アシモフ)、「発狂した宇宙」(ブラウン)、「海竜めざめる」「さなぎ」(ウィンダム)・・・
 新設されて間もない創元推理文庫SF部門の「マラコット深海」(コナン・ドイル)、「透明人間」(ウェルズ)、「宇宙船ビーグル号の冒険」「イシャーの武器店」(ヴァン・ヴォークト)、「トリフィド時代」「時間の種」(ウィンダム)など・・・
 海外ミステリと並行して、海外SFの領域にも大きくのめりこんで行く破目になりました。
 こうして思い出せるものを挙げていくと、当時は英国の渋めの作家、ジョン・ウィンダムがお気に入りだったのかなと思います。

 その大事にしていたはずの「宇宙恐怖物語」ですが、人に貸したままになったのか、早まって古本屋にでも売り払ったのか、いつの間にか私の本棚から消えていました。

 ですから上掲の「無限がいっぱい」で「ひる」を読み返したのは、初読から何十年ぶりということになります。
 さすがにそのブランク中に、いくつもの類話に接してきた分、恐怖物語というより気宇壮大なホラ話、オチも使い古された常套手段・・・の感は否めませんでしたが、「ひる」こそがそれらの原点であることを考えれば、古典SFとして歴史的価値の高い作品だと思います。
 
 初読時に気づかなかったものの、SFファンの間では有名だったのが、『ウルトラQ』の「バルンガ」との類似性。もちろん「ひる」のアイデアを元ネタにして、あの風船怪獣を造形したものです。

 バルンガは空中に悠然と浮いているだけで、その巨大さゆえ空を仰げば必ずその不細工な姿が視界に入ってしまう邪魔っけさはありますが、人々に直接的な危害を加えるものではありません。(まあ、近くを飛行する航空機などは墜落してしまいますが)
 片やこちらの“ひる”は、地上に腰を据えたまま巨大化していく怪物。周囲の町やら人やらをどんどん押し潰し、しまいには地球を呑みこんでしまう勢いです。人類存亡の危機となるわけですから、人間も必死です。最終的にすごい作戦を捻くりだして、“ひる”を大気圏外におびき出すことに成功するのですが・・・
 結末の不気味さから言えば、石坂浩二の予言めいたナレーションが締めくくる、『ウルトラQ』に軍配が上がるでしょうか。

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2018年12月01日

120字の読み物世界No.11~ウィリアム・アイリッシュその3 「恐怖の黒いカーテン」

 著者:ウィリアム・アイリッシュ 訳者:福島正実
 原題:The Black Curtain(米国1941年)
 少年少女世界推理文学全集NO.9「アリスが消えた/恐怖の黒いカーテン」(あかね書房 1967年6月第8刷)より

記憶喪失から回復したとき、彼は記憶に3年間の空白があることを知った。どこで何をしていたのか?自分につきまとう不審な影に怯えつつ、過去を知る少年と出会い、ついに知る。彼は恩人殺しの重罪を犯していたのだ!身の潔白を証明すべく、彼と少年は現場へと立ち戻る・・・


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 小学校4年のとき、私が最初に読んだミステリ本がこれでした。ホームズよりもルパンよりも少年探偵団よりも先に、この本を手に取ったのです。
 最初に何を読んだかで、その後の読書傾向が決められてしまう・・・というのを、身を以て証明するような出会いでした。以後くされ縁のように、ウールリッチ=アイリッシュの作品とつき合うことになったのです。

『少年少女世界推理文学全集』版と『創元推理文庫』版(書名は「黒いカーテン」)とでは、登場人物の扱いなどがいくつか異なっています。
 主人公フランク・タウンゼンドが記憶喪失から回復して自分の家を訪ねると待っていたのは、少年少女版では妹、創元版では妻になっています。
 記憶喪失時代に仲が良かったのは、前者では少年で、後者では愛人。終り近くで、少年は真犯人に怪我を負わせられるだけですが、愛人は命を落としてしまいます。
 もちろん創元版がオリジナルに近いことは言うまでもありませんが、年少者への配慮もあって、少年少女版では改変が加えられたのでしょう。
 サスペンス感の横溢する作品ですが、本格ミステリばりのトリックも仕掛けられています。M・D・ポーストやモーリス・ルブラン、江戸川乱歩などにも作例がある、太陽光を利用した発火のトリックと、チェスタトンばり(でもないか)の、目撃者の思い違いを利用して誤った嫌疑に誘導するトリックと。
 少年少女版では、その部分をあっさりと流しているので気づかなかったのですが、文庫版で読み返してみて初めて判りました。
 書影は数十年ぶりに古書店で再会して入手した所持本です。

この本には「アリスが消えた」という作品も収められています。
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 原題:All at Once, No Alice(1940年)
 この作品こそ私にとって初めてのミステリ、初めてのアイリッシュでした。題名がまた、簡潔にして要を得たもので、みごとですね。
 以前の記事でも何度か取り上げました。
 「最初の一冊はこれ、アイリッシュの「恐怖の黒いカーテン」 あかね書房『少年少女世界推理文学全集』=その2」・・・「アリスが消えた」の内容に若干触れています。
「蛇足:映画と原作~ヒッチコック その10」・・・「貴婦人失踪テーマ」のミステリについての言及ですが、この作品も含まれます。
 従ってこれ以上繰り返しませんが、この作品を小学校の図書室から借りて読んだときのあの興奮は、いまだに忘れられません。
 なお、創元推理文庫版「アイリッシュ短篇集2 死の第三ラウンド」では「消えた花嫁」の題になっています。
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2018年11月29日

120字の読み物世界No.10~ウィリアム・アイリッシュその2 「暁の死線」

 著者:ウィリアム・アイリッシュ 訳者:稲葉明雄
 原題:Deadline at Dawn(米国1944年) 
 創元推理文庫「暁の死線」(東京創元社 1969年4月初版)より

大都会に夢ついえた、踊り子と青年と―偶然にも同じ故郷の男女が出逢った深夜、時計の針は時を刻み出す。青年の殺人の嫌疑を拭うべく、非情の街に真犯人を追うふたり。孤独と挫折から逃れるために、手をたずさえて懐かしい故郷へ帰るために―タイムリミットは夜明けの6時。

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 アイリッシュの最高傑作といえば、「幻の女」ということで落ち着くのでしょうが、私にとってはこの「暁の死線」も忘れがたい作品です。
 小学生のときにあかね書房『少年少女世界推理文学全集』でアイリッシュ(ウールリッチ)を知り、中学にあがってから市役所の図書室で短篇集「死の第三ラウンド」を読んだきり、近所の本屋を廻ってもこの作家のものは見つからず、そうなると「もっと読みたい」といった渇望は、ますます募って・・・というイミングで刊行された本です。
 どの書店のどの棚の何段目あたりで、この文庫本の背が燦然と輝いていた―というような光景が、それを手にしたときの興奮とともに甦ってきます。

 さっそくその夜にページを繙いた―そう記憶しています。
 作中で主人公のふたり―ブリッキーとクィンがダンスホールで出会ったのが深夜の12時50分。そこからふたりが偶然にも同じ町の出身ということが分って、うち解けはじめるのが1時15分。よんどころない事情で盗みを働いてきたことを、クインからうち明けられたブリッキーが、その罪を帳消しにすることを提案して、ふたりで盗んだ金を戻しに行くのが1時40分。そんなふたりの前に死体が転がっていたのが2時25分・・・
 と、各章の頭に掲げられた時計の文字盤で、タイムリミットの早朝6時まであとどれくらい―と残り時間を計りながら読み進める趣向です。

 私は寝床に入って読み始めました。たぶん、夜の10時ごろのこと(土曜の夜の、夜更かし読書は習慣になっていました)。
 途中で、読む進める時間と作中の時間とがシンクロしてきて、物語の経過にハラハラ、読む立場として「夜明け前までには読み終えねばやばい」とハラハラ―(まあ、さすがに読み終えたのは深夜2時か3時ごろだと思いますけど)
 かように二重のデッドラインに向かって、実にサスペンスフルな夜を過ごした、という楽しい思い出があります。

 そうした私的な、懐かしい思い出話はさておいても、これは古き良き時代のサスペンス小説の傑作として、後世に残ってほしい作品ですね。
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2018年11月28日

120字の読み物世界No.09~山田風太郎その6 「妖説太閤記」

 著者:山田風太郎
 初出:1965年10月~1966年12月『週刊大衆』に連載
 文庫コレクション大衆文学館「妖説太閤記(上・下)」(講談社1995年11月第1刷)より

多くの日本人が立志伝中の英雄と讃える秀吉の人物像に、真っ向から異を唱えた戦国暗黒史。信長の妹、お市の方への妄執を天下盗りの原動力に、さまざまな奸計で敵も味方も追い落とす! 天性の人たらしにして一代の悪逆児の、惨憺たる生涯!! 風太郎史観の真骨頂。

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「太閤記」・・・豊臣秀吉の生涯を描いた小説なり映画なりドラマなりは、これまで如何ほどの数が世に出されたのでしょう。

 江戸期に書かれた伝記(もしくは偽伝)としての「太閤記」はさておき、近年の歴史小説としての「太閤記」だけでも、名だたる作家の作品がいくつもあります。私は司馬遼太郎「新史太閤記」くらいしか読んでいませんが、吉川英治、山岡荘八なども書いていますね。(概して大長篇すぎるので、つい敬遠気味に・・・)

 映画作品になると、稲垣浩監督「出世太閤記」(1938年 日活京都)、萩原遼監督「新書太閤記 流転日吉丸」(1953年東映京都)、松田定次監督「新書太閤記 急襲桶狭間」(1953年 東映京都)、大曾根辰保監督「太閤記」(1958年 松竹京都)などがあるようですが、私はどれも未見。どうも一本の映画に秀吉の生涯を押し込めるには無理があるようで、生涯のある時期を切り取った内容のものが多いようです。

 その点、テレビ・ドラマになると尺の問題は融通が利くためか、じっくり腰を据えて、丹念に秀吉の生涯を追うものが多いようです。NHK大河ドラマだけでも「太閤記」(1965年)、「おんな太閤記」(1981年)、「秀吉」(1996年)と3作あり、いずれも私は楽しく拝見しました。

 誰からも愛される立志伝中の国民的ヒーロー、というのが一般的な秀吉像と言えると思います。

 ですから山田風太郎の「妖説太閤記」を読んだときは、ぎょっとしました。
 これほど悪辣で醜怪な秀吉像が描かれていようとは、予想だにしなかったのです。
 ただし山田風太郎には、初めからこうした秀吉像があり、それに合わせるように物語を組み立てた・・・わけではないと思います。
 それとは逆で、断片的な史実を歴史の実像として組み立てる作業をしていくと、必然的にこうした秀吉像にならざるを得なかった―
 
 司馬史観あれば、風太郎史観あり。もちろん世の良識人は圧倒的に前者を支持するでしょうが・・・
 巷間に流布する定説のちょっとした綻びに疑義をはさみ、巧まざる空想力を駆使し、史実や論理に矛盾なく異説を構築していく・・・山田風太郎の手法には端倪すべからざるものがあります。

 たとえばこの作品で言えば、本能寺の変。
 秀吉はそのとき、備中高松城の攻略に張り付いていたわけですが、事変の報を受けるやただちに毛利氏と講和を結び、全軍京に向かって引き返した結果、山崎の戦いで明智光秀の天下を三日で打ち破る、戦国史上の奇蹟を起こします。
 その奇蹟を軍神の如き秀吉の、臨機応変の知略の結果と称賛するのが定説ならば、より合理的な解釈を編み出すのが山田風太郎。
 つまり―
 奇蹟でもなんでもない。あらかじめ本能寺の変が起こることを、秀吉は知っていたのだ。
 なぜならば、光秀が謀反を起こすよう、じっくりと時間をかけて仕向けていったのは秀吉だから・・・(もちろん、秀吉をしてそう駆り立てた動機も、史実をもとに十分納得のいく説明を導き出しています)

「妖説太閤記」は、そんな妖しい説で全篇を描き切った、傑作歴史小説です。
posted by Pendako at 10:07| Comment(0) | 120字の読み物世界 | 更新情報をチェックする
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