2019年08月20日

120字の読み物世界No.18~ふるさと文学館その1 笹沢左保「狐火を六つ数えた」

 著者:笹沢左保
 光文社文庫「木枯し紋次郎(八)命は一度捨てるもの」(光文社 1997年初版1刷)より

身籠ったのは狐憑きの仕業との噂が流れ、娘は辛い仕打ちに晒される。彼女が縋ったのは通りすがりの渡世人―木枯し紋次郎だった。娘の窮状に、彼は「自分が腹の子の父親だ」と人々の前で嘘を吐く!他人事には一切関わらないはずの彼が何故?その意外な言動が、ある企みを炙りだす!!

木枯し紋次郎08命は一度捨てるもの.jpg


 谷間は樹海で埋まり、山の斜面は草に被われている。名もない花が、道の脇で震えていた。さすがに風は強く、山の斜面が草原のように緑に波打っている。青い空には、ちぎれた雲が眠たそうに浮かんでいた。
 街道と言っても、山道なのである。険しい悪路の部分もあるし、雨でも降ろうものなら旅人は難儀することになる。だが、晴れた日の南北の景色は、悪路であることも忘れさせるほどであった。
 俗に、大平街道と呼ばれている。土地の人々は、飯田街道と称していた。中山道の妻籠の先の妻籠追分から、東に真直ぐに伸びている街道だった。妻籠追分から二里、約八キロで広瀬というところに出る。
 (「狐火を六つ数えた」より)

 本篇はそんな描写から始まり、その風景に、ある渡世人の孤影を配して物語は始まります。

 ご存じ無宿渡世のアウトロー・木枯し紋次郎が、中津川から中山道を上り、途中で大平(おおだいら)街道に折れて、木曽峠、大平宿、一ノ瀬の関所、上飯田村、三州街道飯田宿と辿りながら、父親の知れぬ子を身籠った、知恵おくれの娘を巡るいざこざに巻き込まれていく・・・というのがあらすじ。

 この木枯し紋次郎シリーズ―
 私は高校時代、テレビドラマ化作品『木枯し紋次郎』の初回「川留めの水は濁った」を観て衝撃を受け、毎週欠かさず視聴するようになりました。
 勧善懲悪や義理人情を朗らかに謳いあげる、生温いテレビ時代劇に辟易していた私にとって、陰影と奥行きの際立つ画作り、底知れぬ虚無感の漂うヒーロー像、ミステリ的な手法を駆使した作劇術は、実に斬新でスタイリッシュなものに映じました。

 すぐに原作本にも手を出しました。
 作者の笹沢左保については、多作ながら推理小説の秀作をものにする流行作家―ぐらいの認識はあったと思いますが、作品を読んだのはこの木枯し紋次郎シリーズが初めてでした。
 講談社から出ていた軽装版で、確か5冊目あたりまで読んだはずです。

 その後はテレビや読書の興味が他に移り、木枯し紋次郎とはいつしか疎遠となっていましたが、20数年の時を経て、光文社文庫からこのシリーズが復刊され始めたのを機に、あらためて読み直してみました。平成9年頃のことです。

 光文社文庫版が全15冊で打ち止めになろうかとする頃、後期に執筆された作品群全6冊(いわゆる「帰って来た紋次郎」シリーズ)が新潮文庫から刊行され始め、これらも矢継ぎ早に手に取ることになりました。
 したがって、この時期私は、シリーズのほぼ全篇―全21冊、作品数にして全100篇(長篇含む)―を読んだことになります。

 シリーズ全体の面白さや魅力、個々のエピソードの興趣については、あらためて稿を起こしたいと思いますが、数ある作品の中から、今回あえて「狐火を六つ数えた」を取り上げた理由だけ、少し記しておきます。

 先週、家族で南信州を旅行しました。
 観光というよりは、私の生まれ育った場所や風土を、子どもたちに見せておきたい、というだけの動機で計画した旅です。
 おもな訪問地は飯田市と、その西方の山奥にある大平宿―
 飯田市は私の生まれた場所であり、大平宿は私が幼い頃に経験した「囲炉裏とかまどのある生活」を追体験できる場所でした。
大平宿.jpg

 
※大平宿に今も保存されている古民家に宿泊しました。

 旅から家に戻り、4日間の旅で目にしたことなど、ブログにまとめてみようと考えているうちにふと、木枯し紋次郎もそのあたりを旅したはず、と思い当たった訳です。
 どの作品でどんな筋だったかはすっかり忘れてしまっていたものの、何となくどこかに飯田や大平といった地名が出てきた―そんな記憶がうっすらと甦ってきました。

 書棚から本を引っ張り出してきて、中身をパラパラ捲ってその作品を割り出す・・・という作業はある意味とても楽しいのですが今回は省略し、googleで「木枯し紋次郎」「大平宿」の2語だけで検索すると、たちどころに「狐火を六つ数えた」の作品名が判明しました。

 再読しました。
 今回の旅をルポするにしても、木枯し紋次郎シリーズを語るにしても、ちょうどいい取っ掛かりになりそうです。
 そんな訳で、ここに紹介してみることにした次第―

 とくにミステリ的な趣向が濃厚な作品―という訳でもないですが、一応狐憑きという土着的な迷信を利用した奸計が暴かれる話なので、詳しい筋は伏せておきます。

 物語は、木曽谷~大平街道~伊那谷と場面を変えて進みます。

 面白いのは、大平街道から伊那谷側に下った上飯田村でのできごと―
 狐憑きの仕業で子を孕んだ(と疑われた)娘が、憑いた狐を追い出そうとする人々に追い回され、とうとう捕まり過酷な仕打ちを受けようかというとき、そこに居合わせた紋次郎を指して「あの旅人さんが、おらにいいことをしてくれたんだよう」と、苦し紛れの嘘を放ちます。
 紋次郎は「あっしには身に覚えのないことで」と、娘の窮状を見捨てるかと思えばさにあらず、娘の嘘に口裏を合わせるように、自分が腹の子の父親であることを認めるのです。
 このシリーズでは珍しく、ユーモラスな展開です。(もちろん、そんな紋次郎の意外な言動は、物語の序盤に本筋とは関係のない別のエピソードを置くことにより、十分な説得性を有する伏線としています)

 その紋次郎の口裏合わせの嘘が、ある奸計を企てていた人物たちを、慌てさせることになって・・・

 作品としてはシリーズ中、特に優れた出来映えとは言いがたいのですが、私の幼い頃に馴染んだ土地が舞台とあって、興味深く読みました。
 このブログ記事のサブタイトルに「ふるさと文学館」と記した所以でもあります。
posted by Pendako at 11:43| Comment(0) | 120字の読み物世界 | 更新情報をチェックする

2019年06月09日

120字の読み物世界No.17~コーネル・ウールリッチその3 「野生の花嫁」

 著者:コーネル・ウールリッチ 訳者:高橋豊
 原題:Savage Bride(米国1950年)
 ハヤカワ・ポケット・ミステリ「野生の花嫁」(早川書房 1961年初版)より

彼が恋したのは、ある考古学者のもとで幽閉同然に育てられた養女—ふたりは船で駆け落ちを決め込むが、とある港に置き去りとなり悪夢の日々が始まる!行方を晦ました娘を追い、男は山の奥地に踏み分けるが・・・狂熱の追跡劇、戦慄の幻想譚―そしてある平凡な男の純愛物語。

野生の花嫁.jpg


 「彼の名は、ローレンス・キングスレー・ジョンズ。あなたや私と同じ、ごく平凡な男。これは、そんな男の身に起こった出来事である」

 いかにもウールリッチらしい、傑作の予感がムンムンと漂うような書き出しではありませんか。

 オールタイム・ベスト級の名作「幻の女」(ウィリアム・アイリッシュ名義)の、

 「夜は若く、彼も若かった。が、夜の空気は甘いのに、彼の気分は苦かった」(稲葉明雄・訳)

という書き出しに匹敵する・・・とまでは言いませんが、ごく平凡な男が異常な事態に巻き込まれる―そんな予感に、はや胸が締め付けられる思いです。

 すでに「幻の女」はもちろんのこと、同じ作者の「暁の死線」「黒衣の花嫁」「暗闇へのワルツ」などの傑作群を読んでいた私が、何を血迷ったか次に選んだのがこの「野生の花嫁」。
 おそらくはこの書き出しに釣られて、手に取ったのでしょう。
 たぶん中学3年の、受験勉強に拍車をかけねばならない時期のことでした。

 一読するや、「なんだったんだ、これは?」と唖然といたしました。

 監禁同様に育てられていた、ある考古学者の養女ミッティに主人公ラリーは恋をして、その恋が頑強な反対にあうと見るや彼は娘を連れ出し、ふたり手を携えて船で逃避行の旅へと赴きます。(すでにふたりはアツアツの新婚気分)
 
 これは逃げるふたりと、それを追う者の、サスペンスたっぷりの追跡劇だ―と誰しもが思うでしょう。(物語の三分の一あたりまではそんな感じ)

 ところが船が、中米のある港に寄港してから様相が一変します。

 何かの手違いで、ふたりを港に残したまま船が出港すると、甘美なハネムーンはしだいに悪夢のような災厄へと変貌していくのです。

 ふたりの身の回りに、暗澹とした運命を予兆させるような出来事がいくつもあって、やがてミッティは不思議な力に引き寄せられるように、ラリーのもとから姿を晦ますのです。
 ミッティの失踪に狂乱気味のラリーは、その行方を追って山の奥地に踏み入っていくのですが・・・


 そんな感じで後半は、異郷の地での秘境冒険物語が展開されます。蛮族とか呪術とか転生とか、そんな世界。
 途中でクリスと云う娘が登場して、なんだかあれほど惚れ抜いていたミッティを差し置いて、ラリーの気持ちはこの娘の方に移ったりして。
 ミッティが「考古学者の養女」というところに伏線らしきものはあるのですが、作者の頭にはもはや、ミステリ的な結構で話を収束させようとする意識はさらさらなかったようで—

 読むほうの身としては、残りのページと見比べ、果たして作者はどんな落としどころを捻りだすか、そちらのほうにハラハラするという―不思議なサスペンス小説になっています。

 結末でまた、
 「彼の名は、ローレンス・キングスレー・ジョンズ。あなたや私と同じ、ごく平凡な男。これは、そんな男の身に起こった出来事である」
の文を添えて、物語は幕を閉じます。

 支離滅裂と云って良い内容なのですが、読んでいる間はぐいぐいと物語に引き込まれ、あっという間に読了した一篇でした。

 これを海外ミステリの老舗叢書・ポケミスの一冊、あるいは「黒衣の花嫁」や「幻の女」と同じ作者の作品―そんな既成概念を捨て去ってから読めば、甘美で不条理な怪奇譚としてそこそこ面白い作品かな?

 まあ正直なところ―

 現在は入手困難な一冊ですが、万が一これを入手して、それがウールリッチとの初めての出会いだとしたら、しばらくのあいだ寝かせておいて、先に他の諸作をお読みいただくほうが無難かも。
 人によっては、ウールリッチとは一期一会の邂逅となりかねない、凡作と駄作の境界線上にある作品ですので。


posted by Pendako at 13:15| Comment(0) | 120字の読み物世界 | 更新情報をチェックする

2019年04月29日

120字の読み物世界No.16~児童文学その3「続・太平物語」

 著者:福世武次 絵:佐藤広喜
 日本の子ども文庫8「続・太平物語」(講学館 1963年5月 初版)より

はやくエラクなろう、エラクなって父母や妹たちに楽させてやろう!進学の道を自ら絶ち、家族と別れて町へ出た太平。行くあても仕事口もなく、世間の風は冷たいが・・・持ち前の根性を発揮し、知恵を振り絞って歩む日々。誰もが声援を送りたくなる、少年太平の奮闘記。

続・太平物語.jpg


 今年1月に、「太平物語」を取り上げた折、懐かしさも手伝って、これを半世紀ぶり(笑)に読み返してみました。

 驚いたのはどの話も冒頭を読み始めるや、結末までの流れがすっかり甦ってきたことです。
 どこでどんな共感を抱いたか、当時の自分の心情までもが髣髴としてきました。
 年寄りは昨日の夕食の献立は忘れても、昔のことはよく覚えていると言いますが、私もその境地に差しかかったようです。

 これが面白かったので、その勢いで「続・太平物語」も手に取りました。
 
 前作は主人公・太平の四、五歳ごろから小学校を卒業する前後までの、様々なエピソードを連作風にまとめたものでしたが、続篇ではその後の約三年間の出来事を、長篇風に描いた作品です。

 前作「太平物語」の最後にある「雪の朝」という話―

 小学校の担任教師の尽力で、太平は小田原にある私立学校入学の道が開けるのですが、実はその教師が内緒で、相当な学費を援助するつもりであることを知った太平は進学を断念し、家を離れ自活しながら夜学に通おうという、悲壮な決意を固めます。

 旅立ちの朝、雪の降り積もった峠で、見送りの父と静かな別れを交わすところで「雪の朝」は終わります。

 その太平が浜松駅に着き、改札を出ていきなり、
 「どこか火事か人殺しでもあったみたいに、みんな目を光らせ、顔をこわばらせ、ものもいわずに、すれちがっていく」
 そんな人ごみにびっくりしながら、気後れすまいと心を引き締めるところから、「続・太平物語」は始まります。

 浜松は彼の住む村(おそらく現在の静岡県榛原(はいばら)郡吉田町あたり)から、そんなに離れた町ではありません。
 当時の交通事情からすれば、徒歩と鉄道利用とで、ちょっとした小旅行にはなったでしょうが、直線距離で60㎞ほどのところです。

 かつて東海道の宿場町として栄えた浜松市は、この物語の時代(昭和初期)になると、人口20万人前後を擁する地方の大都市になっていました。
 この近辺の町村に住む人々にとっては、東京にも勝る商工業の中心地、といったおもむきだったのでしょう。

 運よくというべきか、その日のうちに太平は、山のような荷を積んだ大八車を引く「はなたれ小僧」を手伝ったのをきっかけに、ある乾物屋に住み込みで働くようになります。

 「仕事は朝五時半から(夜中の)十二時まで。
  食事は三度。おやつ、休けい時間なし。
  一年中無休。
  月給、一円五十銭。
  これが太平のたいぐうだった」

 現代の感覚からすればこの労働条件は、想像を絶する劣悪ぶりです。
 ある指標によれば、月給一円五十銭を現在の貨幣価値に直すと二千数百円―実働30日間ですから、日給に換算すれば百円にもならない。
 「父母や妹たちに楽させてやりたい」などと言うのは夢のまた夢です。

 しばらくそこで頑張ったものの、主人の勘気に触れる出来事があり(太平が悪いわけではない)、乾物屋を飛び出して以降、情に厚い人たちとの出会いなどもあって、歯医者の書生まがいのことをしたり、夜学に通うようになったりして、次第に稼ぐことの難しさ、面白さを会得していくさまが描かれます。
 ときには前作にあったような、年少時のエピソードを織り交ぜながら物語は進みます。

 前作から成長した分、小学校時代の破天荒ぶりはすっかり鳴りを潜めているのが残念ですが、雇い主からきつい仕打ちを受けたり、良かれと思ったことが裏目に出たり、とんでもない誤解や失敗を繰り返しながら、「はやくエラクなろう」の一心で奮闘する太平の姿に、目頭が熱くなることもしばしばです。

 そのうち太平は、人にこき使われることに不合理を感ずるようになって、自分でお茶の行商の真似事を始めることになります。
 お茶の仕入は母方の親戚を頼ろうと、夜通し自転車を漕いでその家を訪ねるのですが、まだ夜明け前で寝静まっています。
 夜が明けるまでどこかで待とうと、彼の頭に浮かんだのが、すぐ近くにあるあばら家―3年前に出たきり一度も戻らなかった太平の我が家です。

 何をやってもうまくいかない―そんな気恥ずかしさから、家族には会わずこっそり様子だけ窺うつもりで立ち寄るのですが、いきなり母親に見つかって・・・
 我が子との邂逅に、うれしさのあまり取り乱す母の姿―

 久しぶりの家族との再会、そしてすぐに訪れるであろう再びの別れ―そんな場面で、この「続・太平物語」は終わります。

 太平は何も成し遂げておらず、将来への明るい展望が開けたわけでもなく、まだまだ苦難の道が続くことを思わせる幕切れです。

 私は最初にこれを読み終わったとき、おそらく次回作でこそ、何か心躍るような展開が待っているのだろうと期待しました。
 太平の健気な奮闘ぶりが実を結んで、父母や妹たちと、心の底から笑い合えるような日々が訪れるに違いない・・・

 しかし、その後の太平に出会う機会は、ついぞ訪れませんでした。

 出版されたのは正・続2冊きりだったのは確かのようです。
そもそも作者・福世武次に、その後の太平を書き繋ぐ構想があったかどうか―それを知る手がかりもありません。
 もしかしたら「続・太平物語」に引き続き、雑誌『日本の子ども』に連載されたものの、何らかの事情で書籍化されなかった、という可能性もないではないですが・・・(もしそうならば、ぜひ読んでみたいと思います)
 
 年少時に読んだときの好印象があるため、客観的にこの作品を評価するのは難しいですが、波乱万丈の立志伝という訳でもなく、深い感動で心揺さぶる教養小説という訳でもなく、どちらかというと片田舎の少年の、平凡な成長記―そんな範疇に納まる物語だと思います。
 これを読んだからと言って、生き方や人生を変えてしまうほどの力はないかも知れません。

 ですが、この太平が生きた時代、あるいはこの物語が書かれた時代は、大多数の日本人が貧しかった時代です。
 そして誰もが、せめて親兄弟が楽できるような暮らしを掴みたいと、日々奮闘した時代です。
 そんな時代のありさまを、太平と云う少年の目芽を通して、実に生き生きと活写しているとは思います。

 ごく私的な感想を述べさせてもらうなら、私の少年時代にこの本にめぐりあえたことは、おそらく現在の私の性格や信念を形成する上で、いくばくかの役割を果たしたのではないかしらんと、今になって思えるようになりました。
  
 ともあれ、太平と一緒に泣いたり笑ったり・・・数十年を隔てた当時と同じ気持ちで読み進めることができたのは、近年ではちょっと驚きの読書体験でした。
ラベル:福世武次
posted by Pendako at 21:38| Comment(0) | 120字の読み物世界 | 更新情報をチェックする

2019年02月14日

120字の読み物世界No.15~大伴昌司その1 「世界怪物怪獣大全集」

 監修:大伴昌司
 キネマ旬報復刻シリーズ 大伴昌司コレクション「世界怪物怪獣大全集」(キネマ旬報社1996年12月 初版)より


昭和40年代、突如湧き上がった怪獣ブーム―仕掛け人のひとりが、満を持して世に問うた、怪獣百科の決定版!お馴染みのゴジラやガメラばかりか、キングコングを嚆矢とする欧米映画のモンスターも勢ぞろい。天才・大伴昌司の、痒いところに手の届く、超絶の編集ぶり!!

世界怪物怪獣大全集01.jpg


 オリジナルは、昭和42年(1967年)キネマ旬報社から刊行されたビジュアル・ムックです。ここに掲げたのは、その復刻版。

 昭和42年がどんな年だったかというと、東京オリンピック(1964年)後に高度経済成長が一時停滞したものの、大阪万国博覧会(1970年)に向けて再び盛り返し始めた時期だと思います。

 当時の首相は佐藤栄作。
 日本政府のベトナム戦争への加担に反対する、新左翼による羽田事件を皮切りに、学生運動が武装闘争の色合いを強めてきた年でもあります。
 もちろん田舎町の小学生だった私は、そんな不穏な社会情勢などには、とんと疎かったのは言うまでもありません。

 私の記憶に残っているのは、前年のビートルズ来日に引き続き、同じく大英帝国からやって来たツイッギー。
 ミニスカート流行のきっかけになった出来事ですが、やせ細ったツイッギーのミニスカート姿を見ても何の感興も起こらず、こんな魅力の薄い女性に、なぜ世間はかくも大騒ぎするのか不思議―という意味で印象に残った次第。

 のちに彼女が主演した、ケン・ラッセル監督「ボーイフレンド」(英 1971年)を観て、多少魅力の片鱗を感じましたけど。
 なお、森永の「小枝」は、ツイッギー(Twiggy=小枝)にあやかったネーミングだそうです。

 あとグループサウンズの全盛期も、この年ではなかったかしら。
 「ジュリー!」「ショーケン!」と、クラスの女子はワーキャー騒いでいましたが、「愚にもつかない歌ばかり歌いやがって」と、私は馬鹿にしておりました。(そのくせ大学時代のコンパなどでは、酔いに任せてGSメドレーをがなり立てたものです・・・女子に受けるので)

 クラスの男子は、アニメ派と怪獣派に分れていたようですが、私は文学派・・・な訳はなく、前年の『ウルトラQ』に続く『ウルトラマン』や、特撮映画に出てくる怪獣の、名前・体長・体重・特技・武器などを覚えるのに、余念がなかったですね。(東宝-円谷系の怪獣が、体重〇万トンとする設定が妥当かどうか、悩んだものです。鋼鉄の塊りじゃあるまいし)

 そんな怪獣少年たちの情報ソースは、おもにマンガ雑誌。
 月刊誌では「少年画報」や「ぼくら」など、週刊誌では「少年マガジン」「少年サンデー」「少年キング」が、こぞってグラビア特集や読物で怪獣を取り上げていました。
 あと怪獣図鑑の類や怪獣ドラマのソノシートが、いくつも出ていました。
 それらを教室に持ち寄っては、みんなでああだこうだ激論を飛ばしたものです。

 そうした媒体に、やたらと名前の出てくるのが、大伴昌司という人物でした。
 作家でも編集者でも評論家でもないらしい、謎の人物。
 
 同じ町内にS君という、学年がふたつ下の怪獣博士がいて、ふたりでよく怪獣の切り抜き写真の交換などしていたのですが、あるとき彼が一冊の本を携えて遊びに来ました。
 ニコニコしながら見せてくれたその本が、大伴昌司監修の「世界怪物怪獣大全集」。
 中身を覗いて驚嘆しました。

 見たことのない貴重な写真が満載、ページを捲ればお馴染みの特撮映画や特撮テレビの怪獣はもちろん、海外のSF映画などに登場する怪獣や怪物たちの珍しいショットが、次から次へと現れてくるのです。

 それも全篇まるまる一冊、怪獣特集!
 写真も解説も読み物も充実、懇切丁寧な編集ぶりで、編集者の気合のほどを、ひしひしと感じさせる造りでした。

 その概要は目次頁を参照いただき、雰囲気を味わっていただけたらと思います。
世界怪物怪獣大全集02.jpg

 いったいS君はこの本をどこで手に入れたのだろう―と彼に聞くと、誕生日に父親が買ってくれたそうで、「恵まれた家庭だな~」と羨ましく思ったものです。

 その後本屋を回るたびに探したのですが、見つかりません。
 まだ本屋に取り寄せてもらうという知恵もなく、隣町の大型書店にひとりで出かける勇気もありませんでした。

 そうこうして半年以上経ち、信州の従兄弟の家に遊びに行ったときのこと。
 花火を買いに街に繰り出すと、通りすがりにあった小さな本屋の平台に、一冊だけビニール袋に入ったそれが置いてあったのです。
 心臓が跳び出る思いでした。
 はやる気持ちで掴むと、もはや花火はどうでもよく、持ち金のほとんどをつぎ込んで購入していました。

 念願の本を手にして、それこそバイブルのように繰り返し繰り返し繙き、まだ観たことのない怪獣映画の数々を、いつかまのあたりにする日が来るのだろうか―そんなことをいささか懐疑的に夢想したものです。(現在の、ビデオソフトの氾濫する時代など、とうてい予測はつきませんでした)

 付録にB2サイズの「世界怪物怪獣大系統図鑑」(裏面「戦後日本公開主要怪物怪獣映画目録」)が綴じ込まれていて、私はそれを自室の壁にでも貼ろうと、綴じ目近くで切り取ろうとしたもののうまくいかず、ぎざぎざになった切れ目を、半べそかきながらテープで補修した思い出があります。

 大伴昌司その人については、またおいおい記して行こうと思います。
posted by Pendako at 22:39| Comment(0) | 120字の読み物世界 | 更新情報をチェックする

2019年01月19日

120字の読み物世界No.14~児童文学その2「太平物語」

 著者:福世武次 絵:箕田源二郎
 日本の子ども文庫4「太平物語」(講学館 1964年6月 第5版)より

いたずら盛りのきかん坊、負けず嫌いで喧嘩っ早い。だけど母思いで妹思い、曲がったことが大嫌い。どん底の貧乏生活にもめげず、太平が村や学校で引き起こす、抱腹絶倒の騒動の数々!健気な奮戦ぶりに感涙必至の挿話も散りばめた、少年太平の成長記!!

太平物語.jpg


 『日本の子ども文庫』という叢書の一冊です。

 といっても、この叢書について詳しい情報は、ほとんど得られません。
 昭和33年(1958年)初刊の「たぬき学校」を皮切りに、昭和45年(1970年)の「リスキーとドブネ」まで、14冊は書名・著者名が確認できる・・・という程度。(国立国会図書館のデータベースによる)

 「太平物語」のあとがきなどから推察するに―
 戦前に、『婦女界』という婦人雑誌の編集長だった福世武次が、昭和30年(1955年)11月に創刊したのが児童雑誌『日本の子ども』(終刊は不確定情報ながら昭和43年4月)

 この雑誌に掲載された童話や小説が、『日本の子ども文庫』として書籍化されるなかで、自ら筆をとった「太平物語」もここに編入された、ということのようです。

 この叢書では他に、同じ著者の「続・太平物語」、今井誉次郎の「たぬき学校」「おさるのキーコ」、富田博之の「ゆかいな吉四六さん」の4冊が、私の実家に眠っていました。
 いずれもはるか昔に、面白く読んだ記憶があります。

 雰囲気的には、講学館という出版社やその刊行物は、業界の中でも左派系に属するような気がしますが、私が読んだ範囲で言えば、そうした色合いはほとんど感じられません。

 どれも子ども心には、抜群に面白い作品ばかりでしたが、いずれも現在絶版状態で入手困難-というのは、実に残念な気がします。
 
 ちなみに山中恒の「青い目のバンチョウ」「頭のさきと足のさき」も、最初は『日本の子ども文庫』から出されています。
 山中恒が大林宣彦監督の映画「転校生」および「さびしんぼう」の原作者と知ってから、その原作本を含め、たて続けに10冊近く読んだ覚えがあります。そのなかに偕成社版の「青い目のバンチョウ」もありました―お恥ずかしい話、私がもう三十代に差しかかろうかという頃のこと。

 さて「太平物語」は、主人公・太平の四、五歳ごろから小学校を卒業する前後までの出来事を、10篇の短篇にまとめた連作集です。(短篇ひとつに、いくつもの挿話を詰め込んでいる場合もあります)

 物語の舞台は、静岡県榛原郡の吉田村(現・吉田町)あたり―焼津と牧之原に挟まれた、海べりの地域ですね。
 時代はおそらく、大正の終りから昭和にかけての頃と思われます。

 この地方の方言がやたらと出てきます。
 なんとなく私の生まれ故郷の南信州や、そこから移り住んだ三河地方の方言に似かよった所があって、懐かしい響きがあります。

 小さい頃から手の付けられないきかん坊―この地方では「かじわら」と呼ぶそうですが、その太平が四歳の時に・・・

 と、抱腹絶倒のエピソードのひとつでも紹介したいところですが、実は記憶を呼び覚ますため、パラパラと拾い読みしているうち嵌まってしまい、昨夜は冒頭から半分近くまで読み進めることになりました。

 詳しい紹介は読了後、別の機会に言及してみたいと思います。

 ということで今回はここまで。
posted by Pendako at 15:49| Comment(0) | 120字の読み物世界 | 更新情報をチェックする
タグクラウド