2018年11月29日

120字の読み物世界No.10~ウィリアム・アイリッシュその2 「暁の死線」

 著者:ウィリアム・アイリッシュ 訳者:稲葉明雄
 原題:Deadline at Dawn(米国1944年) 
 創元推理文庫「暁の死線」(東京創元社 1969年4月初版)より

大都会に夢ついえた、踊り子と青年と―偶然にも同じ故郷の男女が出逢った深夜、時計の針は時を刻み出す。青年の殺人の嫌疑を拭うべく、非情の街に真犯人を追うふたり。孤独と挫折から逃れるために、手をたずさえて懐かしい故郷へ帰るために―タイムリミットは夜明けの6時。

暁の死線(創元推理文庫).jpg


 アイリッシュの最高傑作といえば、「幻の女」ということで落ち着くのでしょうが、私にとってはこの「暁の死線」も忘れがたい作品です。
 小学生のときにあかね書房『少年少女世界推理文学全集』でアイリッシュ(ウールリッチ)を知り、中学にあがってから市役所の図書室で短篇集「死の第三ラウンド」を読んだきり、近所の本屋を廻ってもこの作家のものは見つからず、そうなると「もっと読みたい」といった渇望は、ますます募って・・・というイミングで刊行された本です。
 どの書店のどの棚の何段目あたりで、この文庫本の背が燦然と輝いていた―というような光景が、それを手にしたときの興奮とともに甦ってきます。

 さっそくその夜にページを繙いた―そう記憶しています。
 作中で主人公のふたり―ブリッキーとクィンがダンスホールで出会ったのが深夜の12時50分。そこからふたりが偶然にも同じ町の出身ということが分って、うち解けはじめるのが1時15分。よんどころない事情で盗みを働いてきたことを、クインからうち明けられたブリッキーが、その罪を帳消しにすることを提案して、ふたりで盗んだ金を戻しに行くのが1時40分。そんなふたりの前に死体が転がっていたのが2時25分・・・
 と、各章の頭に掲げられた時計の文字盤で、タイムリミットの早朝6時まであとどれくらい―と残り時間を計りながら読み進める趣向です。

 私は寝床に入って読み始めました。たぶん、夜の10時ごろのこと(土曜の夜の、夜更かし読書は習慣になっていました)。
 途中で、読む進める時間と作中の時間とがシンクロしてきて、物語の経過にハラハラ、読む立場として「夜明け前までには読み終えねばやばい」とハラハラ―(まあ、さすがに読み終えたのは深夜2時か3時ごろだと思いますけど)
 かように二重のデッドラインに向かって、実にサスペンスフルな夜を過ごした、という楽しい思い出があります。

 そうした私的な、懐かしい思い出話はさておいても、これは古き良き時代のサスペンス小説の傑作として、後世に残ってほしい作品ですね。
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2018年11月28日

120字の読み物世界No.09~山田風太郎その6 「妖説太閤記」

 著者:山田風太郎
 初出:1965年10月~1966年12月『週刊大衆』に連載
 文庫コレクション大衆文学館「妖説太閤記(上・下)」(講談社1995年11月第1刷)より

多くの日本人が立志伝中の英雄と讃える秀吉の人物像に、真っ向から異を唱えた戦国暗黒史。信長の妹、お市の方への妄執を天下盗りの原動力に、さまざまな奸計で敵も味方も追い落とす! 天性の人たらしにして一代の悪逆児の、惨憺たる生涯!! 風太郎史観の真骨頂。

妖説太閤記.jpg


「太閤記」・・・豊臣秀吉の生涯を描いた小説なり映画なりドラマなりは、これまで如何ほどの数が世に出されたのでしょう。

 江戸期に書かれた伝記(もしくは偽伝)としての「太閤記」はさておき、近年の歴史小説としての「太閤記」だけでも、名だたる作家の作品がいくつもあります。私は司馬遼太郎「新史太閤記」くらいしか読んでいませんが、吉川英治、山岡荘八なども書いていますね。(概して大長篇すぎるので、つい敬遠気味に・・・)

 映画作品になると、稲垣浩監督「出世太閤記」(1938年 日活京都)、萩原遼監督「新書太閤記 流転日吉丸」(1953年東映京都)、松田定次監督「新書太閤記 急襲桶狭間」(1953年 東映京都)、大曾根辰保監督「太閤記」(1958年 松竹京都)などがあるようですが、私はどれも未見。どうも一本の映画に秀吉の生涯を押し込めるには無理があるようで、生涯のある時期を切り取った内容のものが多いようです。

 その点、テレビ・ドラマになると尺の問題は融通が利くためか、じっくり腰を据えて、丹念に秀吉の生涯を追うものが多いようです。NHK大河ドラマだけでも「太閤記」(1965年)、「おんな太閤記」(1981年)、「秀吉」(1996年)と3作あり、いずれも私は楽しく拝見しました。

 誰からも愛される立志伝中の国民的ヒーロー、というのが一般的な秀吉像と言えると思います。

 ですから山田風太郎の「妖説太閤記」を読んだときは、ぎょっとしました。
 これほど悪辣で醜怪な秀吉像が描かれていようとは、予想だにしなかったのです。
 ただし山田風太郎には、初めからこうした秀吉像があり、それに合わせるように物語を組み立てた・・・わけではないと思います。
 それとは逆で、断片的な史実を歴史の実像として組み立てる作業をしていくと、必然的にこうした秀吉像にならざるを得なかった―
 
 司馬史観あれば、風太郎史観あり。もちろん世の良識人は圧倒的に前者を支持するでしょうが・・・
 巷間に流布する定説のちょっとした綻びに疑義をはさみ、巧まざる空想力を駆使し、史実や論理に矛盾なく異説を構築していく・・・山田風太郎の手法には端倪すべからざるものがあります。

 たとえばこの作品で言えば、本能寺の変。
 秀吉はそのとき、備中高松城の攻略に張り付いていたわけですが、事変の報を受けるやただちに毛利氏と講和を結び、全軍京に向かって引き返した結果、山崎の戦いで明智光秀の天下を三日で打ち破る、戦国史上の奇蹟を起こします。
 その奇蹟を軍神の如き秀吉の、臨機応変の知略の結果と称賛するのが定説ならば、より合理的な解釈を編み出すのが山田風太郎。
 つまり―
 奇蹟でもなんでもない。あらかじめ本能寺の変が起こることを、秀吉は知っていたのだ。
 なぜならば、光秀が謀反を起こすよう、じっくりと時間をかけて仕向けていったのは秀吉だから・・・(もちろん、秀吉をしてそう駆り立てた動機も、史実をもとに十分納得のいく説明を導き出しています)

「妖説太閤記」は、そんな妖しい説で全篇を描き切った、傑作歴史小説です。
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2018年11月21日

120字の読み物世界No.08~コーネル・ウールリッチその2 「裏窓」

 著者:コーネル・ウールリッチ 訳者:稲葉明雄・小川孝志
 原題:Rear Window(別題:It Had to Be Murder)(米国1942年) 
 集英社文庫「世界の名探偵コレクション10 ホテル探偵ストライカー」(集英社 1997年5月初版)より

「殺されたに違いない」男は確信した。裏窓から覗く向いのアパートの幾つもの人生のひとつから、病身の女の姿が消えたのだ!その夫の不審な行動から推理を廻らせ、彼は真相に迫る。だが気づかれた!!まもなくやってくるに違いない。骨折のギプスで身動きとれぬ彼に、死が―


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 ウールリッチの短篇で、最もポピュラーなのはこの「裏窓」でしょう。ひとえにヒッチコックがこれを映画化して、大ヒットしたからですが、小説自体とても出来の良いサスペンス・ミステリーに仕上がっています。
 サスペンスを醸し出すために、あらかじめ主人公に何らかの制約を課しておくのが定石。本篇では、骨折してギブスをはめているため、自室から出られないという設定です。死が迫っても逃れられないという主人公の焦燥が、読み手に痛いほど伝わってきます。
 ポケミス、創元推理文庫、白亜書房『ウールリッチ傑作短篇集』など、日本で編まれた彼の短篇集数冊に収められている名篇です。
 ここでは集英社文庫のものを掲げておきました。

 ウールリッチ(またはウィリアム・アイリッシュ)の本領は長篇よりも短篇にある、とよく評されます。長篇にも歴代ベスト10級の「幻の女」を始めとして傑作は多いのですが、短篇的な素材をいくつも連ねて長篇形式にしたり(「黒衣の花嫁」「喪服のランデブー」「聖アンセルム923号室」「運命の宝石」など)、もともと短篇で発表した作品を長篇に膨らませたり(「黒い天使」「黒いアリバイ」「夜は千の目を持つ」「黒いカーテン」「暁の死線」「恐怖の冥路」「死者との結婚」など)と、あらかじめ綿密なプロットを組んで首尾一貫した長篇を書く・・・といった資質には、あまり恵まれていなかったようです。
  一方短篇には「珠玉の・・・」という形容にふさわしい作品が目白押しで、今回取り上げた「裏窓」のほか、「午後三時」「非常階段」「ガラスの目玉」「義足をつけた犬」「遺贈」「耳飾り」「シンデレラとギャングと」「マネキンさん今晩は」など、いずれ言及してみたいと思います。
 
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2018年11月19日

120字の読み物世界No.07~山田風太郎その5 「幻燈辻馬車」

 著者:山田風太郎
 初出:1975年1~12月『週刊新潮』に連載
 河出文庫「幻燈辻馬車(上・下)」(河出書房新社 1993年12月初版)より

文明開花の東京を疾駆する辻馬車、操るは元会津藩の同心・干潟干兵衛、隣に座るは孫のお雛。ふたりが窮地に立ったとき、西南戦争で没したお雛の父親が、冥界から救いに駆けつける!実在の人物との意外な邂逅を随所に配した、虚実融合の明治幻想絵巻!!

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 山田風太郎という作家の名は、中学の頃から知っていました。江戸川乱歩の評論集「幻影城」などで言及されていましたし、創元推理文庫で続々刊行されていたE・R・バローズの作品のウリが、「風太郎忍法帖の奇想天外と007シリーズの痛快さ!」だったので。
 ですが初めて作品を読んだのは大学の頃、探偵小説専門誌『幻影城』の誌上でのこと。戦国時代の御陵盗掘に材を採った、怪奇色の濃い時代ミステリ短篇「みささぎ盗賊」でした。(映画「レイダース/失われたアーク《聖櫃》」の冒頭シーンを観ると、いつもこの短篇を思い出します)

「お、この作家、面白いではないか」と思い、角川文庫版で忍法帖シリーズ、現代教養文庫の『山田風太郎傑作選』全4巻、桃源社版『山田風太郎の奇想小説』全6巻、旺文社文庫版の12冊・・・など夢中になって読み進めるうち、さすがに「もういいや」となって、しばらく山田風太郎から離れていた時期がありました。
 ですからこの頃すでに、「警視庁草紙」「幻燈辻馬車」「明治断頭台」などの明治伝奇小説で新境地を開いており、その悉くが傑作揃い、ということに気づかないままでした。
 あるとき筒井康隆の「みだれ撃ち涜書ノート」の中で、山田風太郎の「幻燈辻馬車」を褒めている文章に当たり、筒井御大が薦めるのならと、久々に手に取った一冊が新潮社版のハードカバー本でした。
 ついに山風もこの高みにまで達していたか、という新鮮な驚きがありました。

 物語のマクラに三遊亭円朝の「真景累ヶ淵」にふれてから、しれっと血まみれの、お雛の父親の亡霊を登場させるという心憎い演出。
「真景累ヶ淵」は、幽霊なんか神経病の一種に過ぎない・・・という文明開化らしい高説が流布して、怪談噺がやりづらいという、円朝の自虐をこめた演目なんです。真景は神経のもじり。
 つまり山田風太郎は、自分は幽霊の存在が否定された近代日本を舞台に、大真面目に幽霊話を語っていきますよ、と宣言しているわけ。

 そこから例によって、史実と虚構が巧みに織り交ぜられた熟練の作話術を、全篇通じて堪能することになります。
 山風熱がまたぶり返した次第です。


  
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2018年11月15日

120字の読み物世界No.06~コーネル・ウールリッチその1 「黒衣の花嫁」

 著者:コーネル・ウールリッチ 訳者:稲葉明雄
 原題:The Bride Wore Black(米国1940年)
 ハヤカワ・ミステリ文庫「黒衣の花嫁」(早川書房 1983年8月初版)より

シカゴに旅立ったはずの女は、次の駅で列車を降り、ニューヨークに舞い戻った。ほどなくしてひとり、またひとりと男たちの不審な死が続く。甘く巧妙な手口で男たちを死にいざなう女の目的は?捜査の手をかいくぐり、黒衣の花嫁の、孤独な復讐劇の完遂なるや。

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 コーネル・ウールリッチは学生時代から純文学作家を目指し、幾つかの作品を発表したものの大成することなく、ミステリーやスリラーといった通俗小説に活路を求めて成功した作家です。パルプ雑誌などに夥しい数の短篇を発表したのち、初めて刊行したミステリ長篇がこの「黒衣の花嫁」でした。
 そのあと「黒いカーテン」「黒いアリバイ」「黒い天使」・・・と続いたので「ブラックのウールリッチ」の異名をとった、というようなことが、昔の解説でよく目につきました。
 山本周五郎の「五瓣の椿」が、この作品を換骨奪胎したもの、というのは有名な話。(それと知らずに「五瓣の椿」を読んだとき、大発見したような気になりました)

 この小説には、同じ作者の「幻の女」や「暁の死線」のように、限られた時間内に解決すべき謎、といった要素はなく、強烈なサスペンスは感じられないかもしれません。その代わりに読者は、五里霧中の中から少しずつ、道しるべとなるような灯りを辿って行くスリル感を味わうことになります。
 プロットは極めて単純です。正体を隠した女が5人の標的を順繰りに葬っていく―か弱い女性が男たちそれぞれを、どんな方法を以て死に導くか・・・のエピソードの積み重ねで成り立つ小説です。そしてなぜこの女は、かくも冷徹で非情な殺意を抱くのか―という謎を探る物語です。
 それと並行して各章の後ろに、女の正体と動機を突き止めるべく、警察の捜査活動も描かれています。動機やその背景がはっきり明かされるのは結末ですが、この部分を読むうちに、読者にはうすうすそれが分るようになり、次第にヒロインに感情移入することになります。「どうか捕まらないで、復讐を完遂してくれ・・・」という気持ちが、異様なスリルを呼び起こすのです。

 私が最初に読んだのは、中学の頃のポケミス版。訳者は黒沼健でした。

黒衣の花嫁.jpg


 父方の叔母が家に遊びに来たときのこと。みんなで外食したおりに、叔母が「本を買ったげる」と言うので、近くの書店で棚から引っ張り出したのがポケミスの、「黒衣の花嫁」とE・S・ガードナー「重婚した夫」の2冊。
 叔母から「こんな本、やめなさい!」と言われながら、無理して買ってもらった記憶があります。
 確かに中学生が読むには、いずれも少々不穏当な題名でしたね。

 「黒衣の花嫁」の邦題もいいですが、原題(直訳すると「花嫁は黒衣をまとった」)がヒロインの決然とした意志を感じさせて、とても良いです。
posted by Pendako at 10:01| Comment(0) | 120字の読み物世界 | 更新情報をチェックする
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