2020年05月14日

120字の読み物世界No.23~ふるさと文学館その5 吉川英治「恋山彦」(その2)

(承前)
江戸時代に描かれた風越山・虚空蔵山.jpg

※江戸時代に描かれた絵図。手前が虚空蔵山(こくぞうさん)、後ろは風越山(かざこしやま)



 「恋山彦」のあらすじ、中段は―
 信州・伊那山中での、平氏の末裔・伊那一族と飯田藩との、武力と知謀を尽くした攻防が描かれます。

 市橋釆女と藍田喬助は、お品の居所を中仙道上松宿に探り当てるが、その姿はすでにない。お品は伊那山中の虚空蔵山に隠れ籠もり、三弦の真髄を極める修業にあった。
 ふたりは執拗に追い求め、土地の者も畏れる「山神」の神域に踏み込む。だがふたりが目にしたのは、武士の一団が血塗れとなって退却する、凄惨な光景だった。
 飯田藩主の若殿・堀鶴之丞と、その家臣たちだった。柳沢吉保より檜材上納の命を受け、その検見にと神域に踏み込み、何者かに襲われたのだ。
 「山彦」を狙うふたり、檜材を狙う鶴之丞、いずれもその背後には柳沢吉保がいる。両者は手を結ぶ。
 飯田藩の人海戦術で、ついにお品は捕えられ、「山彦」は釆女の手に落ちた。さらに鶴之丞は「山神」討伐のため手筈を整え、近くの部落に駐屯した。
 折しもその部落では、若い娘を「山神」に捧げる、年に一度の儀式が行われる。邪な思惑から釆女は、白羽の矢の立った娘とお品とをすり替える。
 人身御供となったお品の前に現れたのは「山神」ならぬ、身の丈六尺、怪力無双の大男・伊那小源太だった。
 お品は「一心不退転」の短刀で抵抗するも、小源太に軽々と担ぎ上げられ、神域の奥へ連れ去られる。
 小源太は、壇ノ浦に滅んだ平氏一門の生き残り、伊那一族の末裔だった。一族は後鳥羽院の勅文により、彼らの所領とお墨付きを下された虚空蔵山中に逃げ延びて、時代の変遷とは無縁の仙境の地で、数百年暮らしてきた。
 その平家村が、新たな花嫁を迎え入れたのだ。
 「一心不退転」の短剣が、平家ゆかりの鎧貫刀(よろいどおし)と分り、なおさらお品は小源太の嫁に相応しく思われる。
 お品は怯え慄くも、野性と優雅を兼ね備えた小源太に、しだいに魅かれていくのだった。
 だが祝言の日、鉄砲隊擁する飯田藩の軍勢が攻め寄せる。
 近代兵器勝つか、地の利を生かした平家軍勝つか・・・大攻防戦の末、平家軍の知略が優った。飯田勢は壊滅し、鶴之丞は囚われた。
 やがて平家村に江戸幕府の使者が来る。携えた文書には「虚空蔵山一帯は未来永劫平家村の所領とする代わりに、鶴之丞を解放し、御勅文を差し出し、村の代表が将軍に拝謁せよ」とある。
 一族は熟議を重ね、これを承諾した。小源太は御勅文を懐に、江戸を知るお品を伴に、鶴之丞の先導で江戸に発つ―

 読む側はこれには、柳沢吉保の謀略が絡んでいると知らされているため、ハラハラしながら次なる舞台、江戸へと導かれます。

 さて後段は―
 江戸城や江戸市中での、憤怒を滾らせた超人、伊那小源太の大暴れぶりが描かれます。

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2020年05月11日

120字の読み物世界No.22~ふるさと文学館その5 吉川英治「恋山彦」

 著者:吉川英治
 吉川英治文庫36「恋山彦」(講談社 1971年2月第1刷)より

吉川英治文庫「恋山彦」.jpg


ときは元禄―父の形見なる三弦の名器・山彦を守り、お品は逃げる!逃げる!また逃げる!追うは山彦を付け狙う武士ふたりと、お品に狂恋する荒くれたち。隠れ籠もった伊那山中での安息も束の間、人身御供となった彼女の前に現れた伊那小源太は、神か人か魔か?敵か味方か?

 昭和9年(1934年)1月~翌年3月、講談社の代表的雑誌『キング』に連載された伝奇時代長篇小説。

 私の青少年時代に、吉川英治の作品をさほど読んだわけではありません。父親の本棚に「三国志」「新・水滸伝」があって、これらを中学か高校のときに読んだきり。(おぼろげな記憶ながら「新書太閤記」も読んだような気が・・・)
 ただしいずれも大長篇なので、冊数から言えばかなりの分量ではあります。
 無類に面白かった、だけど癖になるほどの面白さではなかった―そんな感じでした。

 後年になって「恋山彦」を読むきっかけになったのは、この作品はある古典的傑作映画の翻案だ―というような趣旨の文章を、何かの本で読んだからです。
「ある古典的傑作映画」というのが、実に意外なことに、怪獣映画の原点ともなった「キング・コング」(米 1933年)なのです。

 私が初めてこの映画を観たときの驚嘆―という話も含め、別稿を起こす予定なので詳細は省きますが、「キング・コング」が後世に残した影響力は映画界に留まらず、日本の大衆文芸にまで及んでいたか・・・と、大いに興味をそそられたのです。

 絶海の孤島で、原住民から魔神の如く畏れられる巨猿。
 その生贄に捧げられた白人娘を追って、森の奥に分け入った救援隊の眼前には、太古の恐竜が跋扈する秘境が広がっていた。
 多大な犠牲を出しながら娘を救出した一行は、その巨猿をも捕まえてニューヨークへと戻る。
 だが見世物に晒された巨猿はカメラのフラッシュに興奮し、鎖を引きちぎって逃げ出すと、市中で驚天動地の大暴れ―
 途中、自分への生贄だった娘をひっさらい、摩天楼を攀じ登る。
 頂上に立つ巨猿に、複葉機の編隊が機銃を浴びせかける。
 娘を守るかのように、手負いの巨猿は上空の敵を威嚇するが、ついに力尽き・・・

 ―というあらすじを日本の時代劇に移植して、どのような換骨脱胎ぶりを見せるのか、吉川英治のお手並み拝見と期待しながら一読しました。
 久しぶりに読む吉川英治は、それこそ癖になりそうな面白さに満ちていました。

 その頃(1980年代前半)はまだ、講談社版『吉川英治文庫』(全161巻)は、新刊書店で手軽に入手できました。
 ところが80年代終わりにすべて絶版となり、装いも新たに『吉川英治歴史時代文庫』(全85巻)が刊行され始めました。

 現在流布しているのは後者ですが、ここに「恋山彦」は含まれません。
 手軽に読める情況ではなさそうなので、どんな話かやや詳しくあらすじを追ってみましょう。
 実はこの稿を起こすにあたって再読したのです。ほとんど内容を忘れていたおかげで、初読のときと同様のワクワク感を味わいました。その感じが少しでも伝われば・・・

 物語は、大きく前段・中段・後段に分けられます。

 まずは前段―
 若く美しい江戸娘・お品の、海路陸路を巡る逃避行が描かれます。

 三弦(三味線)の名手・十寸見(ますみ)源四郎と娘のお品。上方歌舞伎の役者・坂田藤十郎の招きで、不遇を託った江戸を離れ京に暮らす。
 しかし源四郎の持つ三弦の名器「山彦」を、柳沢吉保の寵妾・おさめが狙っていた。息のかかった武士ふたり―市橋釆女と藍田喬助を京に遣わし、「山彦」の収奪を目論む。
 その成り行きで武士たちは、あろうことか源四郎を殺めてしまう。
 悲嘆に暮れるお品を、藤十郎が諭す。父の遺志を継ぎ三弦の道を極めよ―と。お品は藤十郎の恩情に応え、身を潜めて三弦修業に専心することを決意する。
 だが、お品を無事に手引きする役目の男たち―鬘師の伴蔵と大道具の勘太郎が、娘の色香に血迷った。
 貞操の危機にお品は彼らからも身を隠し、女身ひとつで畿内中国四国の、陸路海路を巡る決死の逃避行を続けるはめに。
 それぞれの思惑を秘めたふた組の敵が、入れ替わり立ち代わりお品に襲い来る。
 幾度となく窮地を脱するも、ついにお品は勘太郎の手中に堕ち、ある島に拉致される。
 絶望のあまり自死を選んだお品だが、島で偶然に見つけた錆びた短刀―その刀身に刻まれた「一心不退転」の銘に、お品は鞭打たれるように奮い立つ。
 機転で男に指一本触れさせぬまま、夫婦の成りをしながら逃げる隙を窺う日々。そんな様子を、他の敵どもが嗅ぎつけた。
 姫路城の普請場で、ふた組の敵と城の足軽たちが入り乱れ、いがみ合い騙し合い奪い合いの大混乱。
 その混乱こそお品にとっての僥倖―ひとりまた行方を眩ます。名器「山彦」を携えて・・・

 お品と「山彦」の命運は?

 ―の興味を掻き立てながら、物語は中段に移ります。

(次回に続く)
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2020年04月14日

120字の読み物世界No.21~ふるさと文学館その4 みやじましげる「現代譯 下条物語」

 原著:佐々木喜庵/万木宇平太「下条記」
 著者(現代語訳):みやじましげる
 「現代譯 下条物語」(信州内報社1983年4月初版)より

甲斐より流れ着いた南信濃の地で、下条氏12代200年の歴史は刻まれた。ある時は信玄に恭順し、ある時は信長を迎え撃ち、ある時は家康に靡きつつ乱世を駆け抜けた末に、運つたなく滅亡を迎えた一族の年代記。当時の世情、習俗、異事、雑聞等も数多く付した古文書の、現代語訳。

下条物語.jpg


 南信州に一時代を画した豪族・下条氏―といっても地元の方かよほどの歴史通でない限り、知る人はいないでしょう。
 長野県下伊那郡下條村―私の父親が生まれた地で、私にとっては祖父母の家があった村―の村名は、この下条氏に由来しています。
 下条氏の居城・吉岡城が下條村陽皐(ひさわ)にあったのです。(よく下條と下条は混用されますが、ここでは下條村、下条氏と書き分けます)

 吉岡城址は祖父母の家から、直線距離で200mほどのところにあり、私の幼少時の恰好の遊び場でした。今は見晴らしの良い公園になっていますが、当時は小さな神社があるだけの、薄暗く寂しい森でした。

 下条氏については、断片的ながら父親に聞かされたことがあります。武田信玄や織田信長など戦国時代の大勢力が鬩ぎあう狭間にあって、弱小勢力の下条氏はいくたびも翻弄されながら、ついには命運尽きて滅亡した―そんな話でした。

 また、かつて吉岡城の周りは城下町として賑わっていたことがあると聞いて、びっくりしたことも―
 この辺りに平地などなく、傾斜地に家々が点在する山村風景しか知らなかったからです。
 それ以来城址を訪れるたび、往古の賑わいや、街道を騎馬武者や足軽が駈け抜ける情景を思い描いては、自分なりの戦国絵巻を空想したものです。

 そんな他愛ない空想ではなく、下条氏の興亡が史実に即した形で書物にまとめられていた―と知ったのはずっと後年になってから。
 亡父の蔵書の中に「現代譯 下条物語」を見つけて一読したのです。
 この本の原本が、江戸時代元禄年間(1688年~1704年)の頃に書かれた「下条記」です。

 元禄といえば、生類憐れみの令が発布され世間が大迷惑を蒙っていた、第5代将軍・徳川綱吉の治世。柳沢吉保が権勢を振るい、赤穂事件が世間を揺るがせた頃です。
 井原西鶴、松尾芭蕉、近松門左衛門、菱川師宣、尾形光琳などが活躍し、町人文化が花開いた時代でもあります。

 その町人文化の潮流が、南信州の辺鄙な土地にも及んだのでしょうか。
 現在の行政区域で言えば下條村の南に隣接するのが阿南町―ここに佐々木喜庵という庄屋がおり、万木宇平太という人物の協力を得ながらまとめたのが「下条記」です。
 天正15年(1587年)に下条氏が滅んでから100年以上経っており、生き証人は存命していません。
 二人は先祖から伝え聞いた事柄などを書き留め、諸家に残されていた覚え書きや証文など、神社仏閣にあった氏子や檀家の記録などを集め、下条氏の歴史とその時代に起こったできごとなど、後世に残す作業を始めたのです。

 「いろいろの物のうちたしかでない物を除いて、さんざんに苦労して集置所を設け、二人は世を遁れて、ここに定住して、この物語を書き記すことにした」

 当時の情況としては、できうる限り事実に即して記述しようと苦心したさまが窺えます。
 あまり筆者の感情や思想を交えないで、おおむね時系列に則し、淡々と史実(と思われるできごと)を羅列する―というのが基調となっており、「平家物語」や「太平記」などの文学的興趣や詠嘆調の記述は見あたりません。
 実直な備忘録―とでも言うべき書です。

 それでは読んでみて面白くないか、と言えばそんなことはなく、十分に面白いのです。

 もちろん私が下條村と縁が深い―ということもありますが、それを差し引いても実に興味深い内容だと思います。

 これまで「下条記」は、現代人が読める形で公刊された様子はありませんし、「現代譯 下条物語」も1983年に出版されたきりで、古書でも入手困難な一冊だと思われます。
 したがってこのブログで紹介するのも意味のないことではないと考え、次回少しばかりその内容について言及したいと思います。
ラベル:伊那谷 信州
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2019年11月10日

120字の読み物世界No.20~ふるさと文学館その3 井上靖「伊那の白梅」

 著者:井上靖
 カッパ・ブックス「伊那の白梅」(光文社1954年11月初版)より

訪ねてきた少女の顔を見て、彼はすぐさま20年近く昔の、ある女性との記憶を呼び覚ました。伊那谷に白い梅の花が咲く頃、天龍川沿いを列車で下った10日間の旅―名も知れぬ駅々に降り立ち、宿では屈託のない会話を交わす。やがてふたりは求めていた場所―恰好の死地を見いだした・・・

伊那の白梅.jpg


 井上靖の短篇6作品を収めた小説集「伊那の白梅」が、いつどこで私の蔵書に紛れ込んできたのか、判然としません。一読した記憶もない。
 そこで井上靖の小説としては、何十年ぶりかで読んでみました。どれも面白く読みました。

 巻頭に置かれた短篇、「伊那の白梅」のあらすじ―

 画家として名を成し、妻と東京で暮らす九谷のもとに、菅みさ子という画家志望の少女が、予告もなく訪ねてきます。
 みさ子は、かつて彼が信濃の地で、新聞沙汰になるほどの恋愛事件を引き起こした相手、瀬尾きみ子に生き写しでした。

 その二十年近く昔の恋愛事件の顛末が、この物語のミソになります。

 美術学校の学生だった九谷は、旅先の諏訪湖畔で旧家の娘きみ子と知り合い、懇意となります。
 九谷が旅から戻ってからも、ふたりは手紙のやり取りを通じ、また休暇のたびに逢瀬を繰り返すうち、いつしか熱烈な恋人同士に・・・

 ところがあるとききみ子から、別の男と心ならずも結婚することになったとの手紙が届き、九谷は諏訪に駆けつけます。
 しかしなすすべもなく、きみ子は婚礼の日を迎え、彼は失意のまま諏訪湖畔に留まります。

 その翌日―
 久谷の前に、夫のもとを逃げ出したきみ子が姿を現し、「いっしょに逃げて!」と懇願します。
 行くあてもないまま、ふたりは伊那線(伊那電鉄=現・JR飯田線)に乗り込むと、最初の宿を飯田に求めます。

 すでにふたりの心は、死ぬことに決まっていました。
 そして「方々へ泊って、ゆっくり天龍川を下りましょうよ」「いい場所が見つかるまでは急がないことだな」―そんな会話を交わしながら、天龍川に臨む駅々で下車しては、死に場所を吟味する旅が続きます。

 ある駅の横手に咲く梅の花-そこでふたりははじめて、唇を合わせます。

 いつしか鉄路は天龍川から離れ、豊川の上流あたりに差し掛かかります。
 そして、その河床の美しさに心奪われ、「ここに決めた!」となるのですが、思いもよらぬことに・・・。

 「ふしぎな美しい旅行」は終わりました。
 ふたりはそれぞれの生活に戻り、二度と会うこともなく時は流れます。

 九谷は画家となり、咲子という女性を妻に迎えます。
 夫のもとに戻ったきみ子はみさ子を産んで、数年後に亡くなります。
 みさ子は、後添えに入ったぬい子という女性に育てられ、美しく成長します。

 そして義母のぬい子こそが、修学旅行で上京するみさ子に、九谷を訪ねることを強く勧めたのです。
 それはなぜか?

 九谷はいろいろと推測を巡らしますが、ある疑惑が自分の身に降りかかっていることに思い当たります。

 きみ子の夫が抱いた疑惑。
 その後添えとなったぬい子が、夫の素振りから心に巣食わせた疑惑。
 そして九谷の過去を知って、彼の妻咲子さえも抱き始めた疑惑。
 それは等しく、みさ子はきみ子と九谷とが、10日間の旅のあいだに成した子どもではないか―という疑惑です。

 しかし「ただ一かけらの罪の汚れ」のないことは、九谷自身と、今は亡ききみ子だけが知るところ―
 疑惑を払拭するのは、絶望的でした。

 みさ子との初対面から三年後、彼女が天龍峡でスケッチしたいと言っていたのを口実に、九谷はみさ子と義母のぬい子を伴って、二十年ぶりに天龍川沿いを旅することになります。
 あのときと同じ季節―伊那谷のいたるところに白い梅の花が咲いています。
 九谷は、かつてきみ子と降り立った駅を確かめようとしますが、果たせません。

 「また危っかしい崖っぷちに一本の梅の木が、白い花をつけてい」るのを、九谷が無心にみつめるところで、この物語は幕を閉じます。

 ―と、40ページ足らずの短篇のあらすじを、ながなが書き連ねました。

 井上靖の作品としては、あまり重要ではないのかも知れません。
 娯楽系の雑誌に発表(初出は『小説新潮』1953年6月号)された、息抜きのような作品です。
 加えて、あまり知られておらず、(文庫などで)手軽に読める情況ではなさそう―ところが私にとっては、とても面白い作品―だからこそ、やや詳しく紹介してみました。

 この「伊那の白梅」について、もう少しコメントしたいこともあるのですが、続きは日を改めて・・・
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2019年08月31日

120字の読み物世界No.19~ふるさと文学館その2 山田風太郎「黄金密使」

 著者:山田風太郎
 「山田風太郎少年小説コレクション1 夜光珠の怪盗」(日下三蔵・編 論創社 2012年6月初版第1刷)より

終戦間際、台湾から空輸され、南信州の山中に放擲された金塊を狙って、凶盗魔猿団が暗躍する!その在り処を知る父親から密命を受け、娘の朋子は勇躍、信州飯田を発って一路東京へ―。襲い来る危機又危機!!彼女の窮地を救うは勇敢な露天商の少年、そして彼の飼う白い伝書鳩―
山田風太郎少年小説コレクション1.jpg

 昨年のいま時分、「山田風太郎の飯田時代~「戦中派不戦日記」より」という記事を、このブログで何回かに亘って掲載しました。
 山田風太郎と飯田市との関わりについては、その記事を参照いただくことにして―
 その後、この小説家に飯田を舞台にした作品があったかどうか気になったので、手持ちの著書をパラパラ捲ったところ、何篇か確認することができました。
 それらを順次、このコーナーで取り上げることにします。

 まずは年少者向けの冒険ミステリ「黄金密使」。

 初出は文京出版の児童雑誌『少年少女譚海』 昭和25年9~11月号。(『新青年』や『文藝倶楽部』の発行元として有名な博文館にも、同じ誌名の児童雑誌がありましたが、それとは別もの)

 終戦間際、日本軍機が台湾から相当量の金塊を本土に空輸し、飯田市近辺の山中に落とすが、その直後に敵のB29に撃墜されてしまう―
 その黄金の在り処を巡る物語です。

 飯田市郊外、旧日本軍の元少将とその娘・朋子が静かに暮らす家に、怪しげな中国人(中華民国のほう)が訪ねるところから始まります。
 金塊は、中共軍に押された国民政府軍が、捲土重来を期す資金となるはずのもの。その在り処を知るのは、この元少将しかいない。
 彼は訪ねてきた男を、金塊が帰属すべき中華民国政府の使者として迎え入れますが、不審な点もある。
 どうもその使者は、日本人が成り済ました偽物らしい・・・

 そんな導入部から、父親に金塊の在り処を託された朋子の決死の行動を追いかけて、波乱万丈の物語が展開されます。

 単なる宝探しの話か―とあなどることなかれ。
 怪盗団の暗躍あり、殺人事件の謎あり、人間消失の不思議あり、意外な被害者・意外な犯人の妙あり―と探偵小説的なギミックをてんこ盛りにした中篇小説です。
「黄金密使」挿絵(沢田重隆).jpg

※ヒロインの貴志朋子さん(「黄金密使」より 挿絵:沢田重隆)

 舞台は、飯田~渋谷道玄坂~大平(おおだいら)街道と、振り子のように移ります。
 ですが、とくに飯田や大平街道の風物が描き込まれているわけではなく、戦時中、金塊がこの近辺に隠されたというのも、作者の完全な創作です。
 あえてこの南信州の地を舞台に選ぶ必然性はあまり感じられません。どこが舞台であっても成立する話です。

 ただ一か所、朋子が賊の手に落ち、大平街道の山の中腹にある穴に閉じ込められた場面で、こんな描写があります。

・・・いまではその穴はあたりいちめん草におおわれときたまゆきかう旅人もほとんど気づきませんが、これはあの終戦の直前、その頃飯田市にそかいしていた数百人の大学生たちが、万一この信州が本土さいごの決戦場となったばあいのために、必死にほりぬいた原始的な防空壕のあとなのでした。



 この「数百人の大学生たち」というのが、終戦の年、飯田に疎開していた、東京医科専門学校の学生(そのなかに山田誠也青年もいました)をなぞらえているのは間違いないでしょう。

 また「戦中派不戦日記」昭和20年6月25日の記述では、東京から飯田へ向かう途中、山田青年は乗換駅の辰野で異様な集団に目を止め、

・・・四、五十人の男が駅前に整列していた。しゃべっているのは支那語である。どうやら支那兵の捕虜のようだ。・・・日本語で号令をかけされられて・・・どこかへ行進していった・・・
 本土決戦に備え、信州の山岳地帯に大々的に要塞線が構築中であるという。彼らはその工事に使役されているのではあるまいか。

と記しています。

 筋立てが荒唐無稽なだけに、こうした実際の見聞で潤色しながら、ある種のリアリティを出そうとしたのかも知れません。

 なお雑誌初出時の挿絵画家・沢田重隆は、あかね書房『少年少女世界推理文学全集』のブックデザインを手がけた方。以前の記事(『少年少女世界推理文学全集』再説~全集のあらまし⑦ ブックデザイン~監修)で少しだけ言及しましたので、併せてどうぞ。


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