2018年04月13日

『江戸川乱歩全集』第3巻より「陰獣」「芋虫」:乱歩と挿絵画家~その7

「陰獣」
 昭和3年(1928年)8月〜10月、『新青年』に連載された中篇。

 この作品については、以前の記事(⇒「異稿・「パノラマ島奇譚」と「陰獣」が出来る話」)を併せてお読みいただければ幸いです。

 まず、陰獣という造語に乱歩の才が伺えます。

 彼の自作解説によれば「陰気な獣をつづめた」言葉とのこと。
「おとなしくて陰気だけれど、どこやらに秘密的な怖さ不気味さを持っているけだもの」で、具体的には「真黒な牝猫の如きもの」をイメージしていたようです。

 ところが陰獣という言葉には、ものかげにひそみ人の隙をうかがう狡猾な犯罪者、あるいは、他人の秘めごとを盗み見ることに歓びを見いだす窃視者、を連想させるような語感ゆえに、扇情的な記事を売り物にするジャーナリズムには重宝されたようです。

 乱歩本人がそうした風潮を嘆き、「近頃犯罪実話物なんかに陰獣という言葉がよく使われ、残虐あくなき色情犯罪者を形容する慣わしになっている」が「淫獣と陰獣は別物」だと抗弁しています。

 陰獣のネーミングは他人の創作物にも流用され、異端の作家・橘外男には「陰獣トリステサ」という、文学テーマのタブーを軽々と飛び越えた怪作がありますし、映画にも「十代の陰獣」とか「白夜の陰獣」とか、配給会社が勝手につけた邦題の洋画がありました。(後者の原題は”RASPUTIN THE MAD MONK”。帝政ロシアの皇室をかき回した妖僧ラスプーチンの話で、ドラキュラ映画の名優クリストファー・リーが怪演するハマー・プロ作品。B級ホラー好きも戸惑う迷作でした)

「陰獣」という作品を、題名から受けるイメージだけで読む気が失せてしまう方がいたらもったいない話なので、乱歩になり代わって記しますが―

 本格探偵小説の傑作です。

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2018年04月11日

『江戸川乱歩全集』第3巻より「木馬は廻る」:乱歩と挿絵画家~その6 

講談社版『江戸川乱歩全集』第3巻「孤島の鬼」(1969年6月初版)
 収録作品は次のとおり。(頭に★印のついた作品が永田力の挿絵付きです)

★「木馬は廻る」、★「陰獣」、★「芋虫」、★「孤島の鬼」、★「蜘蛛男」
「乱歩の作品、乱歩さんの思い出」(福永武彦)、「作品解題」(中島河太郎)

 で、本題に入る前に―

 実は、「木馬は廻る」に言及するにあたって、物語の筋をすっかり忘れているのに気づいて読み返したのですが、他にも似たようなものがあったはずだと思い至り、それらも併せて読み返してみました。

 探偵小説家・江戸川乱歩には、ごく平凡な小市民のいじらしい恋愛模様を、スケッチ風に描いた作品がいくつかあります。
「犯罪の謎」を探る、というよりは、「男女間の機微」を探る物語です。

 謎、機知、意外性…といった探偵小説的な要素はあるものの、犯罪とか猟奇とかには無縁の作品群です。

「日記帳」「算盤が恋を語る話」「接吻」「モノグラム」そして「木馬は廻る」などがこれに該当するでしょう。(「毒草」も読んだのですが、これはちょっと異なる傾向の作品)

 これらの作品については、乱歩本人も手すさび程度の出来と位置付けていたと思います。
 なるほど乱歩好きの私が忘却するくらいですから、地味な、息抜き程度の作品ばかり。

 いえ、息抜きではあっても手抜きではありません。いずれも乱歩らしさの滲み出た、愛すべき小品揃いでもありました。

 読者や評者の注目を浴びることなく、今日に至るまで真正面から論評されることもありませんでしたので、せめて私のほうから若干の紹介を―

「日記帳」「算盤が恋を語る話」(大正14年3月 『写真報知』に「恋二題」と題して2篇同時掲載)

 いずれも、女性とまともに口を利くことができないほど内気な男が、ある女性への恋慕を符牒や暗号を使って告白するという、おそろしく婉曲な伝達手段を軸とした物語。

「日記帳」では、恋する喜びも知らないまま亡くなった不憫な弟の日記帳を繙く「私」が、実は弟には密かに思いをよせる女性がおり、これをある方法で告白しようとしていた痕跡に気づいて・・・という話。

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2018年03月11日

『江戸川乱歩全集』第2巻より「火星の運河」「パノラマ島奇談」「一寸法師」:乱歩と挿絵画家~その5

「火星の運河」
 大正15年(1926年)4月、『新青年』に発表の短編。

 もし私が「好きな乱歩作品ベスト10」を選ぶとすれば、その中にこっそりとこの作品を入れてみたい気がします。

 そんなにすごい作品なのか?

 と聞かれれば、「いえ、そうでもないんですけどね」と答えることになりますが。

 筋らしい筋はありません。
 主人公が森の中をさまよいながらある沼に辿りつき、その水面に突きでた岩の上で、モノクロームの風景に赤い色彩を補うため、自分の肌を掻きむしる・・・こう記しても「なんのこっちゃ」と思われるでしょう。

 冒頭からうすうすわかるように、これは夢の中のできごとなのです。

 古今東西、夢オチの小説はあまたあります。
 どんな荒唐無稽な物語でも、最後に「ああ夢だったのか」という結末にすればすべては収束しますので、技量不足の作家にとっては伝家の宝刀のようなもの。

「火星の運河」も夢オチです。
 ですが凡百の夢オチ小説と違うのは、その夢オチにまったく異なる効用が見られることです。(ただし意図的に、というより、乱歩本人が「苦しまぎれに書いた」と表明しているとおり、結果としてそうなったにすぎないのかも知れません)

 ここでは伏せますが、本筋を読みながら読者が了解するある観念が、夢から覚めてから180度ひっくり返る・・・精神分析学的に、とても意味深い題材ではないでしょうか。
 興味ある方はお確かめください。

江戸川乱歩全集第2巻03.jpg

※「火星の運河」より(挿絵:古沢岩美)


 鬱蒼とした森の中の沼。
 沼の水面に浮かぶ岩。
 その上で喘ぎ苦しむ女。
 白い肌にいく筋もの血がしたたる。
 乱歩のシュールレアリズム小説を、シュールレアリズムの画家が描いた挿絵です。
 理性とか感性とかでは説明できない、原初的な神話の世界の情景。

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2018年03月08日

『江戸川乱歩全集』第2巻より「人間椅子」「湖畔亭事件」:乱歩と挿絵画家~その4

講談社版『江戸川乱歩全集』第2巻「パノラマ島奇談」(1969年5月初版)
 収録作品は次のとおり。(頭に★印のついた作品が古沢岩美の挿絵付きです)

★「人間椅子」、「疑惑」、「接吻」、★「湖畔亭事件」、「踊る一寸法師」、「毒草」、「覆面の舞踏者」、「灰神楽」、★「火星の運河」、「モノグラム」、「お勢登場」、「人でなしの恋」、★「パノラマ島奇談」、「鏡地獄」、★「一寸法師」.
「乱歩文学の本質」(渋沢竜彦)、「作品解題」(中島河太郎)

 挿絵の付された作品を中心に、簡単なコメントを記します。

「人間椅子」
 大正14年(1925年)9月、『苦楽』に発表の短篇。

 この作品については、以前の記事で取り上げたことがありますので、併せてお読みいただければ幸いです。(⇒「理解しがたい事件から、とりとめもないことを連想してみる」

 世の批評家や研究者たちの江戸川乱歩論などをみると、この作家ならでは特徴をいくつかのキーワードで読み解こうとする試みが、往々にして出てきます。

 野村宏平「乱歩作品を10倍楽しむマニアック辞典」(洋泉社2014年7月刊「江戸川乱歩の迷宮世界」所収)には、

見世物趣味、ユートピア願望、人形愛、変身願望、隠れ蓑願望、厭人病、胎内願望、覗き趣味、レンズ嗜好、犯罪嗜好、性的倒錯、美少年趣味・・・


などがあげられています。 

 勝手ながら私は、便宜上これらを「乱歩趣味」と呼んでいます。(いま思いついただけですが・・・のちのち「乱歩趣味」という言葉がでてきたら、これらのことだとご承知おきください)

「人間椅子」は厭人病の椅子職人が、特別あつらいの椅子の内部にひそみ(隠れ蓑願望&胎内願望)、その椅子に腰かけた女性に恋情を抱きはじめる話ですが、革一枚隔てて女性のからだと密着するときの、甘美な皮膚感覚も、乱歩趣味のひとつかも知れません。(後年の作「盲獣」には、さらに明確な「触覚芸術」という概念も出てきます)


江戸川乱歩全集第2巻01.jpg

※「人間椅子」より(挿絵:古沢岩美)


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2018年03月06日

『江戸川乱歩全集』第1巻より「屋根裏の散歩者」「闇に蠢く」:乱歩と挿絵画家~その3

「屋根裏の散歩者」
 大正14年(1925年)8月、『新青年』に発表の短篇。

 主人公・郷田三郎が屋根裏を徘徊し、天井の節穴から他人の私生活を覗き見る場面の描写が、(不謹慎ながら)素晴らしい。
 程度の差こそあれ、誰もが密かに持っている(と思われる)覗き趣味を、おおいにくすぐってくれます。

 殺人事件の顛末を、犯人の側から描く倒叙ミステリですね。完全犯罪とはならず、最後には明智小五郎によって露見します。

江戸川乱歩全集第1巻02.jpg

※「屋根裏の散歩者」より(挿絵:横尾忠則)


 挿絵は屋根裏の光景を背景にした、屋根裏の散歩者・郷田三郎の肖像でしょうか。

 いえ、涎を垂らしているところからすると、いつも口を開けて寝ている被害者のほうかも―(ランニングシャツの肩にT. YOKOOとありますが、もちろんこれは仕上がった絵に書き入れた絵師のサイン)

 この「口を開けて寝ている」姿を天井裏から覗いて、郷田三郎は、ある殺害方法を着想するのです。

 余談ですが、山田風太郎に「伊賀の散歩者」という短篇があります。題名は乱歩の「屋根裏の散歩者」をもじったもの。江戸時代の伊賀を舞台にした超絶的なパロディ作品です。
 乱歩のご先祖様・平井歩左衛門という人物が登場します。おつむのあたりが寂しいという、乱歩の容貌的特徴を踏まえているのが何ともおかしい。
 ある歴史的人物をさりげなく絡ませているのも、同時代の有名人物たちが意外なところ、意外なかたちで邂逅する場面を散りばめた、「警視庁草紙」「幻燈辻馬車」「明治断頭台」など、後年の明治ものを思わせます。

「闇に蠢く」
 大正15年(1926年)1月~11月、『苦楽』に連載された(短めの)長篇。途中2回の休載を挟み、完結しないまま連載終了。
 のちに『現代大衆文学全集』の第3巻「江戸川乱歩集」(平凡社 昭和2年(1927年)5月)に収録された際、結末部分が加筆されたという、内容的にも執筆経緯にも、乱歩らしさが滲み出た作品。

 乱歩の長篇は、彼の悪い癖が出ると、唖然とするような怪作ができあがる傾向にあります。

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posted by Pendako at 11:02| Comment(0) | 江戸川乱歩 | 更新情報をチェックする
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