2018年07月05日

『江戸川乱歩全集』第5巻より「何者」:乱歩と挿絵画家~その14

講談社版『江戸川乱歩全集』第5巻「吸血鬼」(1969年8月初版)
 収録作品は次のとおり。(頭に★印のついた作品が古沢岩美の挿絵付きです)

★「何者」、★★「黄金仮面」、★★「吸血鬼」
「江戸川乱歩について」(荒正人)、「作品解題」(中島河太郎)

 前回の「乱歩と挿絵画家~その13」で記したように、昭和4年(1929年)初頭からの約3年半は、江戸川乱歩にとって、執筆量、作品量では空前絶後の充実ぶりでした。

 この「孤島の鬼」の連載が始まった1929年1月から、「恐怖王」の連載が終了した1932年5月までの41ヶ月間に絞って、少し記してみます。

 なお、本稿に限らず江戸川乱歩の書誌的なデータは、次の書籍をかなりの度合いで参考にさせていただいております。

江戸川乱歩執筆年譜.jpg

※「江戸川乱歩リファレンスブック2 江戸川乱歩執筆年譜」(監修:平井隆太郎・中島河太郎 編集:中相作 発行:名張市立図書館 平成3年3月発行)


江戸川乱歩著書目録.jpg

※「江戸川乱歩リファレンスブック3 江戸川乱歩著書目録」(監修:平井隆太郎 編集:中相作 発行:名張市立図書館 平成15年3月発行)


 まずは執筆活動(カッコ内は原稿枚数)。

  長篇小説:「孤島の鬼」(470)、「蜘蛛男」(550)、「猟奇の果」(370)、「魔術師」(500)、「黄金仮面」(428)、「吸血鬼」(480)、「盲獣」(250)、「白髪鬼」(318)、「恐怖王」(211)の9篇。

  中篇小説:「蟲」(120)、「何者」(100)、「鬼」(93)、「地獄風景」(100)の4篇。

  短篇小説:「悪夢(芋虫)」(35)、「押絵と旅する男」(40)、「目羅博士の不思議な犯罪」(44)の3篇。この時期初めて日の目を見た、作家デビュー前の習作「火縄銃」(30)を含めれば4篇。

  連作小説:「江川蘭子」(30)※6人の作家によるリレー小説の第1回。

 そのほか随筆・序文・解説などが70篇あまり。(このなかには、連載小説休載の「お詫びの言葉」や、ごく短い寸評なども含まれます)


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2018年06月06日

『江戸川乱歩全集』第4巻より「盲獣」:乱歩と挿絵画家~その13

「盲獣」
 昭和6年(1931年)1月から翌年3月まで、途中4回の休載をはさんで『朝日』(博文館)に連載された長篇。

 かつて日本に、エロ・グロ・ナンセンスの時代というのがありました。
 昭和初期の、風俗・文化における頽廃的な風潮を指す言葉です。

 大正12年(1923年)9月、関東大震災により壊滅的打撃を受けた東京や横浜は、復興の過程でモダン都市へと変貌していきました。

 容れもの変われば中身も・・・というわけで、都市部では西洋から流入した風俗や文化が和風文化とかきまぜられて、昭和モダンと呼ばれる市民文化が形成されました。

 ラジオからはジャズやシャンソンが流れ、街にはモボ・モガが闊歩し、大人の娯楽はレビューにオペラに活動写真。夜になればネオンサインに誘われて、カフェやダンスホールに人々が繰り出す・・・
 岩波文庫の創刊も円本ブームもこの頃、活字による教養や娯楽の大衆化も進みました。

 一方で、1929年の世界大恐慌は日本にも波及し、会社の倒産や失業者の増加が深刻化するなか、冷害・凶作が相次いだ農村部でも、一家心中や娘の身売りが社会問題となりました。
 さらに左翼思想や運動の弾圧などもあって、社会には暗い閉塞感が蔓延しはじめたものこの時代です。

 ですから、どちらかといえば明るく華やいだイメージの昭和モダンとうらはらに、頽廃的なエロ・グロ・ナンセンスの世界に、刹那的な逃避を求める猟奇の徒も多くいたようです。

別冊太陽-乱歩の時代.jpg

※「別冊太陽No.88乱歩の時代―昭和エロ・グロ・ナンセンス」(平凡社 1995年1月初版第1刷)表紙


 この図書は、そうした時代を知るのには恰好の一冊です。
「乱歩の時代」とあるとおり、江戸川乱歩に関する言及も多いのですが、むしろ力点は「昭和エロ・グロ・ナンセンス」のほうに置かれています。

 時代を特徴づけるさまざまな事象を網羅的に紹介し、考察するまじめな意図をもった本なのですが、なにせ豊富な図版のほとんどがエロ(猥褻)とグロ(奇怪)とナンセンス(法外)にかかわるものなので、人目をはばかりながら繙きましょう・・・的な内容。

 それはともかく、江戸川乱歩の40年に亘る作家人生の中で、最も旺盛で実り多い執筆活動をしていたのが、この時代だったと思われます。

 昭和3年(1928年)8月に長い休筆期間から明け、「陰獣」をもって復活した乱歩は、翌4年初頭から7年5月にかけての約3年半のあいだ、出版社の求めに応じ、夥しい数の作品を発表しています。

 エロ・グロ・ナンセンスの風潮や世相を背景に、文壇界の寵児となったというわけです。
 作家の創作傾向と、それを受け入れる大衆の素地が一致した好例です。

 長篇では「孤島の鬼」「蜘蛛男」「猟奇の果」「魔術師」「黄金仮面」「吸血鬼」「盲獣」「白髪鬼」「地獄風景」「恐怖王」の10篇。

 中篇では「蟲」「何者」「鬼」の3篇。

 短篇では「悪夢(芋虫)」「押絵と旅する男」「目羅博士の不思議な犯罪」の3篇。

 また、複数の作家がひとつの作品をリレー式に執筆する連作小説、「江川蘭子」にも参加しています。(お気づきのとおり、乱歩が命名したこのタイトルには、彼の異性願望の片鱗がうかがえます)

 作品の傾向も、本格探偵小説あり、異常心理や復讐を扱った犯罪小説あり、怪奇幻想譚あり、怪人対名探偵のスリラー活劇あり・・・とバラエティに富み、かつそれぞれの代表作とされるような傑作・名作が目白押しです。

 乱歩は探偵小説界にとどまらず、一般読者にも広く歓迎される、一大流行作家となったわけです。

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2018年05月31日

『江戸川乱歩全集』第4巻より「魔術師」:乱歩と挿絵画家~その12

「魔術師」
 昭和5年(1930年)7月から翌年6月まで、途中1回の休載をはさんで『講談倶楽部』(大日本雄弁会講談社)に連載された長篇。

「蜘蛛男」の大好評に、おそらくは乱歩自身も大いに気を良くして、間髪入れず同じ誌上での連載となりました。

「蜘蛛男」事件を解決した素人探偵の明智小五郎が、しばし骨休みの旅に出て、中央線S駅近くの湖畔宿に逗留します。

 明智探偵はその湖畔で、玉村妙子という宝石商の娘と知り合い、いつしか連れだって湖にボートを漕ぎ出す程度の仲にまで進展するという、なかなか微笑ましい出だしです。

 分別も礼節もわきまえたふたりゆえに、情熱に身を焦がすような恋にまで進展することなく、妙子が東京の父親から呼び戻され、明智に別れを告げたところで終わったかに思えたのですが・・・

 妙子の叔父に脅迫めいた文書が送りつけられるようになって、その解決を依頼された明智も、急遽東京に引き返すことになります。(上野行きの車中でも、妙子の面影がちらついています)

 ところが明智は、玉村家に赴く途中であっさりと賊の手に落ち、監禁されてしまう・・・という名探偵らしからざる失態を演ずることになります。(なんと手回しのいい賊でしょう)

 物語の本筋は、手口の鮮やかさから魔術師と呼ばれる賊が繰り広げる残虐な犯行の数々と、そのうらに潜む深讐綿々たる復讐劇の顛末を描くものなのですが、そのあたりは現物を読んでいただくとして―

 さて、明智探偵の恋のゆくえです。

 魔術師一味に囚われた明智探偵の窮地を救うのが、賊の首領の娘である文代。
 ふだんは芝居小屋で奇術師の助手をつとめ、次々と繰り出される手品の演目で使いまわされる娘―ちょん切られた生首が台の上で微笑む、といったような役を演ずる、薄幸の美少女であります。

 極悪人の娘とは思えないほど心根が優しく、この物語ではその後も再三、明智探偵の手助けをすることになります。

 明智もこの文代を憎からず思い、やがて恋慕へと発展するのですが、このとき私が思ったのは、

 おいおい、妙子のことはどうなったんだ。

 玉村妙子は富豪令嬢という設定でありながら、高飛車キャラでも自己中キャラでもなく、「・・・云うに云われぬしとやかさの内に、どこか凛としたものを持っている・・・」と記されるような女性なのです。

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2018年05月09日

『江戸川乱歩全集』第4巻より「猟奇の果」:乱歩と挿絵画家~その11

「猟奇の果」

 昭和5年(1930年)1月から同年12月まで『文藝倶楽部』(博文館)に連載された長篇。
 連載が半年を過ぎたころ、例によって展開に窮して開きなおったか、内容一新を目論んで「白蝙蝠」と改題されました。(単行本化の際に総題を「猟奇の果」に戻し、その内訳を「前篇 猟奇の果」「後篇 白蝙蝠」として刊行)

『文藝倶楽部』は博文館の文芸雑誌。
 明治28年(1895年)の創刊当時は純文学雑誌として出発しました。
 樋口一葉、泉鏡花、田山花袋、徳田秋声、幸田露伴、国木田独歩、岡本綺堂…錚々たる面々の小説や戯曲が発表されています。

 大正期に入ると次第に大衆路線にシフトして、風俗小説、時代小説、探偵小説などの掲載が多くなりました。

 乱歩が「猟奇の果」を連載した頃の『文藝倶楽部』編集長は、『新青年』から異動のあった横溝正史。
 つくづくこの頃の乱歩は、横溝正史に尻を引っぱたかれながら筆をとったものです。

「猟奇の果」は、ドッペルゲンガーの恐怖を主題にした物語です。

 ドイツ語のdoppelgängerとは二重身、あるいは分身のこと。中国や日本でいう離魂病に近い概念でしょうか。
 この世の中に、自分と瓜二つの人間―単に顔かたちが似ているというのではなく、もうひとりの自分が存在する、という現象をいいます。

 なお、二重身を二重人格とごっちゃにしてはいけません。二重人格は、ひとつの身体に異なる人格が同居する現象です。

 というのもその昔、「私という他人」とか「失われた私」といった多重人格者を扱ったノンフィクションを読んだ勢いで、この題材を文豪はどう描いているかの興味から、ドストエフスキー「二重人格」(岩波文庫 小沼文彦・訳 1981年)を手にしたとき、

 違うではないか―と思ったからです。 

 これは「二重身」あるいは「分身」の邦題がふさわしい作品です。(訳出された当時、二重人格や二重身の概念が未分化だったからかも知れませんが)

 ところが瓢箪から駒というか、怪我の功名というか、これをきっかけに、世の中には「分身テーマ」を扱った文学作品が、実にたくさんあることに気づいた次第。

 エーヴェルス「プラーグの大学生」、オスカー・ワイルド「ドリアン・グレイの肖像」、ポオ「ウィリアム・ウィルソン」(これは再読)などに手を伸ばすことになりました。

 それまで、「分身テーマ」などという括りで読んだことがなかったので気づきませんでしたが、夏目漱石も森鴎外も芥川龍之介も谷崎潤一郎も、みんな書いておりました。

 そんな「分身テーマ」に関心を持つ方の、格好のブックガイドが次の書物。

20世紀日本怪異文学史誌.jpg

※山下武「20世紀日本怪異文学誌―ドッペルゲンガー文学考」(有楽出版社 2003/08初版)


 ドッペルゲンガー文学についての論考に、まるまる1冊をあてた、おそらく日本で唯一の本です。
「20世紀日本…」とありますが、もちろん古今東西の作品にも、軽く触れられています。

 さて、乱歩の「猟奇の果」です。
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2018年05月07日

『江戸川乱歩全集』第4巻より「押絵と旅する男」:乱歩と挿絵画家~その10

「押絵と旅する男」
 昭和4年(1929年)6月、『新青年』(博文館)に発表された短篇。

 この頃の『新青年』編集長は、横溝正史のあとを継いだ延原謙(1892~1977年)でした。
 日本の探偵小説草創期には、翻訳家としての業績で多大な貢献を果たした方です。

 私にとっては、新潮文庫のシャーロック・ホームズ全10冊、『ドイル傑作集』全8冊、コナン・ドイル自伝「わが思い出と冒険」などの訳業に、中学時代からたいへんお世話になった方でもあります。

 なお、シャーロック・ホームズの原著は、
  長篇4冊(「緋色の研究」「四つの署名」「バスカヴィル家の犬」「恐怖の谷」)
  短篇集5冊(「シャーロック・ホームズの冒険」「思い出」「帰還」「最後の挨拶」「事件簿」)
 の計9冊からなっています。

 が、新潮文庫版では、たぶん紙幅の都合でしょう、「冒険」「思い出」「帰還」「事件簿」からそれぞれ2~3篇ずつ抜いて、「シャーロック・ホームズの叡智」という原典にはないタイトルの短篇集にまとめています。
 従って新潮文庫では、長篇4冊、短篇集6冊という構成。

 現在でも新潮文庫では、この構成、訳者を踏襲したまま版を重ねる、ロングセラーになっています。

 創元推理文庫で阿部知二・訳のホームズ・シリーズを買い集めていた頃、第5短篇集「シャーロック・ホームズの事件簿」(原著は12作品収録)が出る見込みのないことに気づいて、新潮文庫版の「事件簿」と「叡智」のうち、原著「事件簿」の12作品に該当するページだけをつなぎ合せ、1冊に合本して悦に浸った…という話を、このブログのどこかで取り上げた気がします。

 話を戻して、乱歩の「押絵と旅する男」です。

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posted by Pendako at 22:52| Comment(0) | 江戸川乱歩 | 更新情報をチェックする
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