2019年04月22日

小林少年の謎:乱歩と挿絵画家~番外篇その2

 「乱歩と挿絵画家」では、私の中学時代に愛読した講談社版『江戸川乱歩全集』(昭和44~45年刊 全15巻)の各巻に付された挿絵について、駄文を綴っています。

 順番から行くと全集第5巻所収「吸血鬼」の、古沢岩美描くところの挿絵を取り上げ、簡単なコメントを添えるべきところなのですが、前回は少し趣向を変え「魔術師」と「吸血鬼」―この2作品に纏わるある疑問について、私なりに考察を試みた顛末を記しました。

 そもそもその疑問と云うのが私の誤読にもとづくものでしたので、考察そのものが無意味だった―という結論に至ったわけですが。

 怪我の功名というか瓢箪から駒というか、そんな文章を捻くり回しているうち、今度は「吸血鬼」で明智探偵の助手として初登場する小林少年について、何かしら釈然としない不可解な点がいくつもあることに気づいたのです。しかもそれらを突き詰めていくと、とんでもない仮説が浮上するという・・・

 まあ、これも牽強付会の説と一笑に付されるのがオチかも知れませんが、面白そうなのでしばらくこの話題を続けていきたいと思います。
 
 さて「吸血鬼」は、昭和5年(1930年)9月から翌年3月まで『報知新聞夕刊』に連載された長篇で、明智探偵事務所のトリオ―すなわち名探偵明智小五郎と、探偵助手の文代さん、同じく小林少年の三人―が揃い踏みした、初めての作品です。

創元推理文庫版「吸血鬼」.jpg

※こちらは創元推理文庫版「吸血鬼」( 1993年12月初版)
 連載当時の挿絵を全点収録していて楽しい作りになっています。

 明智小五郎は、大正14年(1925年)の「D坂の殺人事件」で初登場以来、「吸血鬼」発表までにおよそ十指に余る難事件の数々を解決、華々しい活躍を見せてきました。
 これらの作品では、成り行きで助手的な役割をする登場人物はいたかも知れませんが、正規の助手はいませんでした。

 ところが明智探偵は、「魔術師」の頃から住居兼用の事務所を構え本格的な探偵業を始めると、次の「吸血鬼」では助手まで抱えるようになるのです。それも、いちどきにふたりも―

 その助手のひとり、文代さんに関して言えば―
 前回の記事(あだしごと~「魔術師」と「吸血鬼」をめぐって)で触れましたが、彼女は「魔術師」事件に関わる主要人物であり、その結末に至ってその生立ちや来歴も明らかにされ、探偵助手になった理由や経緯も詳しく説明されています。

魔術師(岩田専太郎挿絵)02.jpg

※明智探偵と文代さん、初のご対面(挿絵:岩田専太郎 「魔術師」より)

 それと引き比べ、よく判らないのが小林少年です。

 「吸血鬼」では奇怪な事件に巻きこまれた依頼人が、お茶の水の開化アパートに明智探偵を訪ねる場面が出てきます。
 ここが名探偵の住居兼事務所、というわけです。

三谷がドアを叩くと、十五六歳の、林檎の様な頬をした、詰襟服の少年が取次に出た。名探偵の小さいお弟子である

 これ以降、作中で小林少年はみごとな活躍を見せるのですが、彼自身の素性が詳しく言及されることはありません。
 唐突感が否めないのです。

 その後の作品でも、小林少年は頻繁に顔を出し、少年探偵団シリーズでは、主役級の扱いで活躍します。

小林少年(「怪人二十面相」より 画:小林秀恒).jpg

※少年探偵団結成時の小林少年(挿絵:小林秀恒 「怪人二十面相」より)


 これらの作品で、彼の素性などについて断片的に語られることはあります。例えば、下の名前は芳雄、とか、どうも両親はどこかに健在らしい、とか・・・
 それでも、そうした情報をすべてつなぎ合せても、全体像が見えてきません。
 謎の多い人物のままなのです。

 乱歩作品を濫読していた頃は、筋を追っかけるのに忙しくて気にも留めなかった小林少年の存在が、あとから全体を見渡しながら考えると、釈然としない、とても不思議なことに思えてきたのです。

 もっとも、順不同でこれらの作品を読み漁る読者にとっては、彼の存在は既定の事実、お約束の設定として映るだけなので、ことさら説明は不要―ということなのでしょうが。

 それにしても「吸血鬼」は、初登場作品です。
 彼の素性なり境遇、あるいはその登場の背景なり経緯が、この作品だけにでも、もう少し詳しく語られてもよさそうなものです。
 同じ探偵助手の文代さんと比べ、実にアンバランスな扱いです。
 
 小林少年は―
 どんな素性で、どんな事情を抱えた少年なのか?
 明智探偵とは、どんな間柄なのか?
 どんな経緯で探偵助手になったのか?
 親はどんな人物なのか、住まいはどこなのか、学校へは通っているのか、助手としての報酬は貰っているのか?
 作者にとって、どんな役割を期待され、造形された人物なのか?
 まず大人向けの作品から登場したのはなぜなのか?

 冒頭に記したとおり、「魔術師」や「吸血鬼」について駄文を綴りながらそんなことを考えていると、忽然とある仮説が浮かんでまいりました。

 実に馬鹿げた仮説なのですが、場つなぎに少し掘り下げてみても面白そうだ。そんな気にもなりました。
 ですから恥を忍んで、ここに提示したいと思います。
 それは―

 文代さんと小林少年は同一人物である。

 ―という仮説。
 そんなアホな、と言われそう―いや間違いなく言われているに違いないですが。

 次回から、この仮説の検証を行いたいと思います。
 期待せずに待たれよ、です。

(次回に続く)
posted by Pendako at 09:53| Comment(0) | 江戸川乱歩 | 更新情報をチェックする

2018年11月27日

あだしごと~「魔術師」と「吸血鬼」をめぐって:乱歩と挿絵画家~番外篇

 半年ほど前に投稿した記事(『江戸川乱歩全集』第4巻より「魔術師」:乱歩と挿絵画家~その12)の中で、
「「魔術師」の読者にはまだ明かされていない作中の事象が、「吸血鬼」では種明かしのように平然と語られていることになる」と記し、「この疑問は、後日「吸血鬼」を取り上げる際に、具体的に考察してみたいと思います」
 と予告めいたことを書いたことがあります。

 実はこれ、自分では新たな発見でもしたような気になってそう記したのですが、のちのち「魔術師」や「吸血鬼」をぱらぱら拾い読みしていると、私の読み違いから生じた「疑問」だったことが分りました。
 したがって私は、以前記したことなどに頬かむりを決め込んでいれば良かったのですが、拾い読みによる副産物も出てきましたので、恥を忍んで、それら全部ひっくるめて取り上げてみたいと思います。

「魔術師」と「吸血鬼」の内容にも触れながら、説明することになります。
 特に「魔術師」は未読で、これから読もうと思っている方は、以下の文はお読みにならないほうが良いでしょう。ネタばらしに繋がる恐れがありますので。
 また、私自身もあんぐりするような間の抜けた話題も含まれますので、時間を惜しまれる方もパスされたほうが、精神衛生上よろしいかと。
創元推理文庫版「魔術師」.jpg

※創元推理文庫「魔術師」(1993年3月初版)

 注意喚起をさせていただいたところで、始めたいと思います。
 
 まず―
 江戸川乱歩の執筆活動に関する定説のひとつに、こんなものがあります。

 乱歩は通俗長篇を連載するにあたり、あらすじや設定を十分に練らないまま執筆に取り掛かるので、連載の途中で話の辻褄が合わなくなったり、登場人物に心理的な矛盾が生じたりして、これらを収拾するのに四苦八苦しながら執筆を続けることが多かった。
 そのため何度も休載したり、中絶したりすることもあり、完結したとしても首尾一貫した作品に仕上がらない場合が多い。

 例えば「魔術師」について、
「伏線の張り方がいかにも弱々しい・・・」「あらかじめ一貫したプロットが出来上っていなかったための弱点が、露呈された・・・」
と、手厳しい評があります。(大内茂男「華麗なユートピア」 『幻影城7月増刊 江戸川乱歩の世界』より)

「魔術師」と「吸血鬼」はどちらも、名探偵明智小五郎が活躍する通俗長篇です。また物語上の時系列で言えば、「魔術師」の後日譚が「吸血鬼」という構成になっています。

 疑問を感じたきっかけは、この2作品が、発表媒体は別々ながら、同じ時期にほぼ並行して連載されたという事実を、あらためて知ったことにあります。
 それぞれの連載期間は次のとおりです。

 「魔術師」・・・昭和5年7月~昭和6年6月 全11回(昭和6年2月は休載) 月刊誌『講談倶楽部』
 「吸血鬼」・・・昭和5年9月30日~昭和6年3月12日 全138回 日刊紙『報知新聞夕刊』 

 前日譚の「魔術師」が後日譚の「吸血鬼」より、2か月早く連載が始まり、3か月あとに完結していることになります。

 以上を踏まえて今一度、冒頭で引き合いに出した「ある疑問」を整理してみると―

 1.「魔術師」という作品は、遅くとも「吸血鬼」に取り掛かる時点において、結末までのプロットや犯人像は綿密に練り上げられていたのではないか?

 2.それゆえ乱歩は「吸血鬼」を執筆する際、実際には「魔術師」ではまだ明らかにされていない、事件の真相に関わる重要な手がかりを、先走って言及してしまうというミスを犯したのではないか?

 この2点に要約されます。
 具体的にどういうことなのか、もう少し詳しく説明します。(注意:ネタばらしあり)

「魔術師」と「吸血鬼」、それぞれの作品で描かれる事件はまったく別物で、事件相互の関連性はありません。ただ双方に共通する登場人物が、明智探偵のほかに、もうひとりいるのです。

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posted by Pendako at 14:35| Comment(0) | 江戸川乱歩 | 更新情報をチェックする

2018年09月30日

『江戸川乱歩全集』第5巻より「黄金仮面」:乱歩と挿絵画家~その15

「黄金仮面」
 昭和5年(1930年)9月~翌年10月、2回の休載を挟んで『キング』に連載された長篇。

 『キング』は、講談社(当時は大日本雄辯會講談社)の看板雑誌で、発行部数もさることながら、幅広い読者層に支持された雑誌界のキングでした。
 乱歩もそこは大いに意識したらしく、エロとグロは抑えて、派手なアクションとトリッキーな展開に注力し、恋愛的な要素も盛り込みながら大向こう受けのする娯楽作品に仕立て上げました。

 国宝級の美術品や宝石ばかりを狙う黄金仮面と、それを阻もうとする明智小五郎との駆け引きをメインに、侯爵令嬢殺害の謎や、大富豪令嬢の黄金仮面への恋を絡めながら、ついには雌雄を決するときがくる・・・と云うのが大雑把なあらすじです。

 この作品で乱歩は、他の小説のみならず、他分野―たとえば映画とかテレビとかマンガといった媒体の娯楽作品に、多大な影響を与えるふたつのテーマを確立しました。

 ひとつは「怪盗対名探偵」のテーマ、もうひとつは「仮面の怪人」のテーマです。

 もちろんこれらは「黄金仮面」以前にも作例はあったかと思いますが、少なくとも日本において絶大な影響力という点では、「黄金仮面」を嚆矢としても良いと思います。

 「怪盗対名探偵」のテーマについては次回以降、松村善雄・著「怪盗対名探偵 フランス・ミステリーの歴史」という書に拠りながら言及する予定ですので、ここでは「仮面の怪人」テーマについて少しばかり。

 乱歩は「黄金仮面」の着想を、19世紀フランスの作家マルセル・シュウォッブの「黄金仮面の王」から得たそうです。
 「黄金仮面の王」は、以前から気になりながら、文庫本のような手軽に読める形で活字化されておらず、私は未読。
 評価の埒外なのでなんとも言いようがないのですが、乱歩は怪人に怪奇性や神秘性といった属性を付与するのに、仮面を被らせるのが手っ取り早いと気づいたのでしょう。

 同じ時期(昭和5年)、紙芝居に「黄金バット」が登場します。「黄金仮面」との類似点はあるもののコンセプトが異なり、こちらはのちにマンガやテレビで大流行となる、「仮面のヒーロー」の萌芽といっていいかも知れません。
 いずれにしろこの時期、発行部数100万部の『キング』と、少人数の子ども相手の紙芝居では影響力の差は歴然です。

 「黄金仮面」の大当たりが直接影響したのは、他でもなく乱歩自身の「怪人二十面相」でしょう。
 二十面相自身は仮面ではなく覆面ですが、シリーズが進むにつれて、仮面や着ぐるみなど、手を変え品を変えて扮装するようになり、二十面相のコスプレ趣味は過激になっていきます。(この趣味が潜在意識的には、少年探偵団の諸君を「あっと驚かせてやろう」という動機から来ることを思うと、微笑ましいやらあきれるやら)

 戦後になると、乱歩の他にも多くの探偵小説家や児童作家たちが、仮面の怪人ものを手掛けるようになります。
 横溝正史に「仮面城」(銀仮面登場!)、「真珠塔」(どくろ仮面登場!)、「黄金魔人」(黄金人間登場!)などがあり、水谷準に「虎の王冠」「恐竜の笛」(いずれも銀仮面)、久米元一に「悪魔のサイン」(怪人イボ男!!!)、ほかにも大下宇陀児「仮面紳士」や高木彬光「白蠟の鬼」など、仮面の怪人が続々登場します。

 戦後の少年少女のエンターテインメント界に、新たに参入したのがテレビ。
 「月光仮面」や「七色仮面」といった仮面のヒーローに対峙するように、敵役の仮面の怪人が悪事をめぐらせていました。
 「ウルトラマン」のダダやメフィラス星人なども、怪獣というより仮面の怪人。「仮面ライダー」に至っては、毎回違った怪人が登場しては斃されるようになりました。

 マンガもしかり映画もしかり―ということで、乱歩の「黄金仮面」に端を発した仮面の怪人の系譜は、(すでに直接的な影響はなくなっているにしろ)現在まで脈々と続いているのです。

 ―というところで前口上を切り上げ、「黄金仮面」の内容について、少しばかり触れていきます。

 なお、黄金仮面の正体については、乱歩ファンやミステリ通であれば周知のことと思われますが、ここでは明かさないでおきます。
 作中にその正体を暗示する伏線がいくつもあって、これを推理しながら読み進めるのも一興かな、と思いますので。
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posted by Pendako at 21:49| Comment(0) | 江戸川乱歩 | 更新情報をチェックする

2018年07月05日

『江戸川乱歩全集』第5巻より「何者」:乱歩と挿絵画家~その14

講談社版『江戸川乱歩全集』第5巻「吸血鬼」(1969年8月初版)
 収録作品は次のとおり。(頭に★印のついた作品が古沢岩美の挿絵付きです)

★「何者」、★★「黄金仮面」、★★「吸血鬼」
「江戸川乱歩について」(荒正人)、「作品解題」(中島河太郎)

 前回の「乱歩と挿絵画家~その13」で記したように、昭和4年(1929年)初頭からの約3年半は、江戸川乱歩にとって、執筆量、作品量では空前絶後の充実ぶりでした。

 この「孤島の鬼」の連載が始まった1929年1月から、「恐怖王」の連載が終了した1932年5月までの41ヶ月間に絞って、少し記してみます。

 なお、本稿に限らず江戸川乱歩の書誌的なデータは、次の書籍をかなりの度合いで参考にさせていただいております。

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※「江戸川乱歩リファレンスブック2 江戸川乱歩執筆年譜」(監修:平井隆太郎・中島河太郎 編集:中相作 発行:名張市立図書館 平成3年3月発行)


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※「江戸川乱歩リファレンスブック3 江戸川乱歩著書目録」(監修:平井隆太郎 編集:中相作 発行:名張市立図書館 平成15年3月発行)


 まずは執筆活動(カッコ内は原稿枚数)。

  長篇小説:「孤島の鬼」(470)、「蜘蛛男」(550)、「猟奇の果」(370)、「魔術師」(500)、「黄金仮面」(428)、「吸血鬼」(480)、「盲獣」(250)、「白髪鬼」(318)、「恐怖王」(211)の9篇。

  中篇小説:「蟲」(120)、「何者」(100)、「鬼」(93)、「地獄風景」(100)の4篇。

  短篇小説:「悪夢(芋虫)」(35)、「押絵と旅する男」(40)、「目羅博士の不思議な犯罪」(44)の3篇。この時期初めて日の目を見た、作家デビュー前の習作「火縄銃」(30)を含めれば4篇。

  連作小説:「江川蘭子」(30)※6人の作家によるリレー小説の第1回。

 そのほか随筆・序文・解説などが70篇あまり。(このなかには、連載小説休載の「お詫びの言葉」や、ごく短い寸評なども含まれます)


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2018年06月06日

『江戸川乱歩全集』第4巻より「盲獣」:乱歩と挿絵画家~その13

「盲獣」
 昭和6年(1931年)1月から翌年3月まで、途中4回の休載をはさんで『朝日』(博文館)に連載された長篇。

 かつて日本に、エロ・グロ・ナンセンスの時代というのがありました。
 昭和初期の、風俗・文化における頽廃的な風潮を指す言葉です。

 大正12年(1923年)9月、関東大震災により壊滅的打撃を受けた東京や横浜は、復興の過程でモダン都市へと変貌していきました。

 容れもの変われば中身も・・・というわけで、都市部では西洋から流入した風俗や文化が和風文化とかきまぜられて、昭和モダンと呼ばれる市民文化が形成されました。

 ラジオからはジャズやシャンソンが流れ、街にはモボ・モガが闊歩し、大人の娯楽はレビューにオペラに活動写真。夜になればネオンサインに誘われて、カフェやダンスホールに人々が繰り出す・・・
 岩波文庫の創刊も円本ブームもこの頃、活字による教養や娯楽の大衆化も進みました。

 一方で、1929年の世界大恐慌は日本にも波及し、会社の倒産や失業者の増加が深刻化するなか、冷害・凶作が相次いだ農村部でも、一家心中や娘の身売りが社会問題となりました。
 さらに左翼思想や運動の弾圧などもあって、社会には暗い閉塞感が蔓延しはじめたものこの時代です。

 ですから、どちらかといえば明るく華やいだイメージの昭和モダンとうらはらに、頽廃的なエロ・グロ・ナンセンスの世界に、刹那的な逃避を求める猟奇の徒も多くいたようです。

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※「別冊太陽No.88乱歩の時代―昭和エロ・グロ・ナンセンス」(平凡社 1995年1月初版第1刷)表紙


 この図書は、そうした時代を知るのには恰好の一冊です。
「乱歩の時代」とあるとおり、江戸川乱歩に関する言及も多いのですが、むしろ力点は「昭和エロ・グロ・ナンセンス」のほうに置かれています。

 時代を特徴づけるさまざまな事象を網羅的に紹介し、考察するまじめな意図をもった本なのですが、なにせ豊富な図版のほとんどがエロ(猥褻)とグロ(奇怪)とナンセンス(法外)にかかわるものなので、人目をはばかりながら繙きましょう・・・的な内容。

 それはともかく、江戸川乱歩の40年に亘る作家人生の中で、最も旺盛で実り多い執筆活動をしていたのが、この時代だったと思われます。

 昭和3年(1928年)8月に長い休筆期間から明け、「陰獣」をもって復活した乱歩は、翌4年初頭から7年5月にかけての約3年半のあいだ、出版社の求めに応じ、夥しい数の作品を発表しています。

 エロ・グロ・ナンセンスの風潮や世相を背景に、文壇界の寵児となったというわけです。
 作家の創作傾向と、それを受け入れる大衆の素地が一致した好例です。

 長篇では「孤島の鬼」「蜘蛛男」「猟奇の果」「魔術師」「黄金仮面」「吸血鬼」「盲獣」「白髪鬼」「地獄風景」「恐怖王」の10篇。

 中篇では「蟲」「何者」「鬼」の3篇。

 短篇では「悪夢(芋虫)」「押絵と旅する男」「目羅博士の不思議な犯罪」の3篇。

 また、複数の作家がひとつの作品をリレー式に執筆する連作小説、「江川蘭子」にも参加しています。(お気づきのとおり、乱歩が命名したこのタイトルには、彼の異性願望の片鱗がうかがえます)

 作品の傾向も、本格探偵小説あり、異常心理や復讐を扱った犯罪小説あり、怪奇幻想譚あり、怪人対名探偵のスリラー活劇あり・・・とバラエティに富み、かつそれぞれの代表作とされるような傑作・名作が目白押しです。

 乱歩は探偵小説界にとどまらず、一般読者にも広く歓迎される、一大流行作家となったわけです。

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posted by Pendako at 11:29| Comment(0) | 江戸川乱歩 | 更新情報をチェックする
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