2020年07月21日

120字の読み物世界No.27~江戸川乱歩「海外探偵小説 作家と作品」その2

海外探偵小説作家と作品(函おもて帯付).jpg

※「海外探偵小説 作家と作品」函(再版)

 前回、江戸川乱歩・編著「海外探偵小説 作家と作品」は、「さながら作家事典のような体裁」と記しました。

 しかしながら、作家ごとの文章量の多寡や、気合の入れ具合などは、その作家の業績の度合いよりも、乱歩の興味の度合いによるところが大きいと思われます。

 作家事典というより、乱歩の私感私見が随所に反映された随筆風の評伝集、といったほうがより適切かも知れません。
 そこがまた、読み物として抜群の面白さを醸し出す所以なのですが。

「はしがき」で著者自身が言い訳のように、「本書には他の項と均衡がとれないほど長文のものが十数項ある」として、これらの作家の名を上げています。
 その上位3名、ジョン・ディクスン・カー、エドガー・アラン・ポー、G・K・チェスタートンの項は、本書中のハイライトとなるのは間違いありません。

 主人と客の対話―という形式で、それまでに「主人」(=乱歩)が読み得た作品群を次から次へと俎上に載せ、その論評を「客」に語って聞かせるカーの項。

 探偵小説の始祖として、生涯に残した3つ(もしくは5つ)の探偵小説について、その歴史的意義を詳細に論じたポーの項。
  
「深夜、純粋な気持になって、探偵小説史上最も優れた作家は誰かと考えてみると、私にはポーとチェスタートンの姿が浮かんでくる」という、有名な書き出しに始まるチェスタートンの項。

 これらを含め長文の項の多くは、前回記したカテゴリのうち、「2)乱歩が『宝石』、『別冊宝石』、『黒猫』等の雑誌や、『探偵作家クラブ会報』等の機関誌に発表した文」に該当します。そして「幻影城」や「続・幻影城」といった先行する著書に、すでに収められているものも多いのです。
 それを後発の本書に、流用・再利用したことになるのですが、この本のコンセプトを考えれば許容範囲の措置でしょう。
 ただ、同じ内容の文が複数の著書にまたがることにより、後年になって不都合なことが・・・

 江戸川乱歩全集と銘打った刊行物は、乱歩歿後も4種ほど出版されています。そのうち、講談社版『江戸川乱歩推理文庫』と光文社版『江戸川乱歩全集』には、「海外探偵小説 作家と作品」も収められています。
 
 ところが全集版で、篇中の白眉ともいうべきカ―の項を覗くと、「〇〇巻所収の「J・D・カー問答」と同文につき省略」という扱い―のちに補足追記された部分を除き、本文まるまる削除されているのです。
 ほかの作家の項でも、多くの箇所で全文の、もしくは部分的な「省略」が出てきます(削除は10項目以上に亘ります)。
 おまけに田中潤司が執筆または翻訳した項(約20項目)、および彼が作成した巻末資料も、すべて「省略」されています。

 つまり「海外探偵小説 作家と作品」を全集版で読もうとする場合、全体をひとつの著作として読み通すことが、甚だ困難となるわけです。
 これがどうも私には、とても居心地悪く感じられるのです。

 もちろん同じ全集のなかで、同じ文章がいくつかの箇所で重複して収録されることのほうが、非合理的です。「省略」の都度、ほかの巻を参照する手間さえ惜しまなければ解決する話―というのもごもっとも。

 それでも私の性格として、本は最初から最後まで、順繰りに通読しなければ気が済まないところがありまして―

 なんせ小6のころ、親に買い与えられた学研版『原色現代新百科事典』(確か全8巻)を、第1巻の最初のページから読み始め、さすがに興味の薄い項目は素っ飛ばしながらも、最終巻まで辿り着いた―という経験があるほどで。
 その副産物として、途中の巻で20数ページに亘る、落丁のあることを発見したりもしました。
 まあ、雑学が身についたぐらいで、学習効果はあまりありませんでしたが。(勉強できないくせにヘンな知識は豊富だったので、中学の理科の先生から「ものしり博士」とからかわれたことも)

 そんな極端な話はともかくとして―

 例えば、すべての項が年代記風の配列で、探偵小説通史を兼ねたような体裁であれば、途中に「省略」が入ると興ざめするでしょう。
 しかしこの著作ではすべての項が形式的に、作家名50音順に配列されているだけです。それぞれの項は、その前後とは関連のない、独立した内容です。
 この配列自体に、著者の何らかの意図が入り込む余地はありません。

 それでもやはり、(田中潤司担当分も含め)これらの集合体として、ひとつの著作物なのです。50音順という配列ゆえに、偶然に生じた全体の流れ、といったものがあるような気がするのです。
 この流れを断ち切るような読み方は、少なくとも初読のときにはしたくない、というのが私の変なこだわりです。

 もちろん私も一度通読したあとは、必要な個所、読みたい箇所だけを開いて読むのですが、全集版で初めて出合う方にとっては、通読して全体の流れを楽しむ、という機会があらかじめ失われている―これはちょっと気の毒なような気がします。

 そんなわけで「海外探偵小説 作家と作品」については、単行本として刊行されたこの早川書房版が、完璧な形で読むことのできる唯一の本、ということになります。
 今となっては事典としての価値は成さなくなっていますが、歴史的著作物として、手軽に読める形で完全版が刊行されれば良いのですが。

 ここで気を取り直して―

 この本を通読して、その後私が最も頻繁に参照することになったのは、実は巻末の資料(田中潤司作成)なのです。

 これには3種あり、

 ①シャーロック・ホームズ全篇初出誌名年月表
 ②海外探偵小説総目録
 ③五種の路標的名作集

となっています。

 上に記したように、全集版ではこれらも省略されています。
 これが当時の私にとって、実に興味深い内容でして・・・

(最近どうも、「120字」が長ったらしくなっていけませんが、次回に続きます)

〈追記〉2020/7/27
 思わせぶりに「次回に続きます」などと記したのは、これに関連する別の話題のほうに繋げようと思ったからですが、ちょっと準備に時間がかかりそうなので、「海外探偵小説 作家と作品」は一旦ここで区切りを付けることにします。
posted by Pendako at 13:25| Comment(0) | 120字の読み物世界 | 更新情報をチェックする
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