2020年06月24日

『江戸川乱歩全集』第5巻より「吸血鬼」(続き):乱歩と挿絵画家~その17

(承前)

 例によって前置きが長くなりましたが、講談社版『江戸川乱歩全集』に添えられた挿絵を見てみましょう。
江戸川乱歩全集第5巻04 吸血鬼.jpg

※「吸血鬼」より(挿絵:古沢岩美)

 本篇の冒頭で、ヒロイン・畑柳倭文子を巡る恋の鞘当てが嵩じて、決闘にまで及んだふたりの男―洋画家の岡田と美青年の三谷。
「唇のない男」の正体は、その決闘に破れ、行方を晦ませた岡田ではないかとの疑いが深まり、明智探偵と三谷青年が家主立ち合いのもと、岡田のアトリエに踏み込みます。
 彼らが見つけたのは、石膏製の裸婦の群像。
「子供のいたずらみたいな、不細工な塊」にすぎない8体の裸婦像ですが、そのなかに3体だけ出来の良いものが混じっている。
 その表面を槌で叩くと、石膏はボロボロと剥げ落ち、中から現れたのは若い女性の腐乱死体3つ―という場面です。

 中学時代に、本篇を初めて読んだときのこと。
 石膏で死体を塗り固めて塑像に擬するという悪趣味なトリックに、鳥肌立つ思いがしたものですが・・・
 ところが同時に、「あれ、同じような場面を、前にも読んだぞ」とも思ったのです。(「蜘蛛男」がそれ。ただしこちらでは、石膏から出てきたのは片腕だけ)

 しばらくして、全集第10巻で「地獄の道化師」を読み始めると、開巻早々、またしても出てきました、石膏像のなかから全裸死体が。
 このときは怖気振るうより先に、「またか」と思ってげんなりした覚えがあります。(確認していませんが、ほかの作品にもあったかも知れません)

 江戸川乱歩という人は、自分が気に入った趣向があると、繰り返し繰り返し作品に取り入れる癖があるのだなあ―と、(若干否定的に)意識したのです。
 ついでに言えば、「八幡の藪知らず」とか「一寸だめし五分だめし」といった、乱歩お気に入りの慣用表現も、多くの作品で出くわします。

 挿絵に罪はないのですが、この挿絵を見ると、そんなことに連想が及びます。
江戸川乱歩全集第5巻05 吸血鬼.jpg

※「吸血鬼」より(挿絵:古沢岩美)

 物語が終盤に差しかかるころ―

 畑柳家で使用人の老人が殺害され、現場の情況から、女主人の倭文子に嫌疑がかけられます。錯乱状態にあった彼女も、てっきり自分がやったものと思い込み、捕まれば死刑―と、実に短絡的な覚悟を決めるのです。そこに、いまや彼女の恋人となった三谷青年が、窮余の一策を講じます。

 警察陣が捜査網を敷くなか、老人の葬儀がとり行われます。
 三谷の手筈で、あろうことかその遺体とすり替わり、倭文子は幼い息子の茂ともども、棺桶のなかに身を潜めます。
 荼毘に付すため、棺桶を乗せた霊柩車は火葬場に―
 計画では、途中で棺桶は三谷に引き渡され、母子は官憲の手の及ばぬところに逃げおおせる、という段取りでした。

 ところがどうも、その段取りに狂いが生じたらしい―
 倭文子は異変に気づくも、ときすでに遅し、母子を閉じ込めた棺桶はそのまま、火葬場の炉のなかへ。
 闇黒と静寂の密閉空間から逃れ出るすべはなく、灼熱地獄はすぐそこに迫る。不安と焦燥と恐怖に、倭文子は身を捩って嗚咽する。
 そのとき、幼な子の茂が母親に意外なおねだりを・・・

 焚き口に石炭が投ぜられる音、そして炎の点火する音が聞こえて来ます。
 やがて地獄の業火がふたりの身を焦がし始めたとき、倭文子の頭に閃いたものは・・・?

 挿絵は、以上の如く生きながら火葬に付された母子と、底知れぬ悪意を以てその惨劇を演出した「唇のない男」の姿を、二重写しに描いています。

 見てのとおりなのですが、仔細に眺めると、どうにも物理的にありえないと思われる箇所があります。
 一目瞭然なので、敢えてその箇所を指摘することはしませんが―

 古沢岩美画伯のデッサンが狂ったのでしょうか?
 あるいは、なにか含意があり、意図的にそうした構図を採ったのでしょうか?
 ちょっとした謎ですね。

 最後に―
 上ではぼかしましたが、棺桶のなかで幼な子が、母親におねだりしたのはオッパイです。
 空腹と喉の渇きと恐怖とがない交ぜになって、すでに乳離れして久しい子が、母親に乳をねだる―荒唐無稽な探偵活劇にあって、ここだけは妙に生々しいリアリティを醸す場面です。

 こういうところにも、江戸川乱歩の凄さが窺えると思うのですが、いかがでしょう?
posted by Pendako at 21:37| Comment(0) | 江戸川乱歩 | 更新情報をチェックする
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