2020年06月23日

『江戸川乱歩全集』第5巻より「吸血鬼」:乱歩と挿絵画家~その16

「吸血鬼」

 昭和5年(1930年)9月~翌年3月、『報知新聞夕刊』に連載された長篇。

 この作品に関しては「魔術師」とともに、「乱歩と挿絵画家~番外篇」のほうでくどくどと言及しました。おもに明智小五郎の探偵助手―文代さんと小林少年のふたりを巡る、学術的(呵々)考察です。
 まずは「番外篇」で記した作品の概略だけ次に引き写し、ここでは別の観点から眺めてみます。

 美貌の未亡人・畑柳倭文子(しづこ)とその幼な子をめぐる、陰惨で奇怪な事件の数々。陰で暗躍する唇のない骸骨男―別名・吸血鬼に立ち向かう、明智探偵の活躍を描く怪奇冒険譚。

 本篇中盤の山場をなす、国技館での追跡劇について、少しだけ詳しく。

 なお、作品名としての「吸血鬼」と、作中の、吸血鬼になぞらえられる怪人とがごっちゃにならぬよう、前者を「本篇」、後者を「唇のない男」と表記します。(この怪人を、「唇のない男」と記す頻度が、もっとも高いので)
 
 明智探偵が事件解明に乗り出すと、「唇のない男」はかえって挑発するように、明智の愛弟子であり恋人である、文代さんの誘拐を謀ります。
 明智からという偽の伝言で、文代さんは両国国技館におびき出されるのですが・・・
旧両国国技館(昭和10年代).jpg

※旧・両国国技館(昭和10年代)。傘の開いた形状から、「大鉄傘」の別称もありました。


 おりしも国技館では、菊人形大会が開催中。
 待ち受けていた男(実は「唇のない男」の変装)に導かれ、その菊花香る絢爛の迷路を進むうち、彼女は罠に落ちたことに気づきます。
 しかし、そこで怯む文代さんではありません。謀られたと見せかけて、敵を欺く算段さえします。
 相手の用意した麻酔薬を無害な水にすり替えたり、嘲弄しながら敵の手を掻い潜ったり、配電室に追いつめられるや、ある方法で自分の窮地を外部に知らせたり(壮大な救助信号を発するのです)、一体の菊人形と入れ替わって展示物の中に身を隠したり―と、「和製女ヴィドック」と称される才知を遺憾なく発揮して、危難をすり抜けるのです。
 そうこうしているうち、救助信号を察知した明智探偵、小林少年そして警察隊が国技館に踏み込みます。
 形勢不利を悟った「唇のない男」も、菊人形に紛れたり、鏡の錯覚を利用したりして巧みに逃れるのですが、館内に満ちた捜査陣に追い詰められます。
 ついに捕縛のときを迎えたか、と思われたものの―
「唇のない男」は逃げ場を、高所、高所へと求めるのです。
 傘の骨のような丸天井の梁へ、ドーム型の屋根の上へ、繋留綱を伝わって広告風船(アドバルーン)の腹へ―さらには綱を断ち切って、風船とともに無窮の蒼空へ・・・
 このスペクタクルな捕物劇に、地上の見物人は熱狂して、やんやの大喝采。
 文代さんは無事だったものの、賊は取り逃がしたうえ、明智探偵は負傷する―両者痛み分けの顛末です。
 
 この長い誘拐劇~逃走劇のなかで、注目したいのは菊人形です。

 江戸時代後期に、菊細工(動物や風景を菊花で表現したもの)や、生人形(いきにんぎょう 桐などの素材で、伝説・歴史上の人物、神仏、役者、花魁などの似姿を、等身大に模ったもの)、といった見世物が発祥しました。
 菊人形は、いわばこのふたつー顔や手足などは精巧な人形細工、衣裳は色とりどりの菊細工―の合体です。
 また幾体もの菊人形で、歌舞伎の名場面や時事的な出来事などを、舞台上で再現する見世物自体も、菊人形と称しました。

 江戸時代末から明治時代を通じて、菊人形の本場といえば本郷の団子坂で、東京の風物詩として大いに見物人を集めたそうです。
 当初は園芸師たちが腕を競い、披露する場との色合いが強かったようですが、のちに観覧客から木戸銭を取る興行となりました。
 
 明治42年(1909年)、本所の両国国技館で、電気仕掛けや電飾を施すなど、新奇な趣向を凝らした菊人形が話題になり、大盛況を博しました。これをきっかけに国技館での開催が、秋の恒例となりました。
 その影響で旧来の団子坂の菊人形は衰退する一方で、集客の見込める催事として、全国的に波及、定着していったようです。

 戦時中を除き大正~昭和を通じて、秋になると菊人形は各地で盛んに開催されたそうですが、私自身の記憶として印象に残るものはほとんどありません。
 小学生のころ、家族で犬山市のモンキーパークや犬山城を見に行ったときに、菊人形をやっていたような気はします。怪獣ブームの最中だったか、怪獣の菊人形もあったと、おぼろげに覚えている程度。
 そこかしこの遊園地などで、秋になると添え物のような感じで菊人形が飾ってあるのは何度か見かけましたが。

 斧琴菊(よきこときく)のめでたい判じ物を凄惨な連続殺人にあしらった、横溝正史原作の映画、「犬神家の一族」( 市川崑監督 角川映画 1976年)では、湖の逆さ死体やゴムマスクの佐清登場と並んでショッキングな場面、菊人形の生首すげ替えも印象深かったですね。

 近年では、定期的に開催される大掛かりな菊人形は、全国でも数ヶ所ほどしかないようです。 
団子坂の菊人形~「新撰東京名所図會」(明治40年)よりI.jpg

※こちらは明治40年頃、団子坂の菊人形の賑わい。~「新撰東京名所図會」より

 本篇連載中、実際に両国国技館で、日露戦役二十五周年記念の菊花大会が開催されていたそうです。
 おそらく乱歩のことですから、自身ワクワクしながらこれを観覧し、さっそくその模様を作中に取り入れたのでしょう。
 国技館内部の菊人形展示の様子を、それこそ「見てきたよう」に―しかしながら緊迫した追跡劇の繰り広げられる最中に、どこかしら暢気な筆致で―活写しているのです。

「行く程に、菊人形の舞台は、一つ毎に大がかりになって行った。
 丹塗の高欄美々しく、見上げるばかりの五重の塔が聳えている。数十丈の懸崖を落る、人工の滝つ瀬、張りボテの大山脈、薄暗い杉並木、竹藪、大きな池、深い谷底、そこに天然の如く生茂る青葉、香る菊花、そして、無数の生人形だ。
 あの大鉄傘の中を、或は昇り、或は下り、紆余曲折する迷路、ある箇所は、八幡の藪不知みたいな、真暗な木立になって、鏡仕掛けで隠顕する、幽霊まで拵えてある。
 明治の昔、流行した、パノラマ館、ジオラマ館、メーズ、さては数年前滅亡した、浅草の十二階などと同じ、追想的な懐かしさ、いかもので、ゴタゴタして、隅々に何かしら、ギョッとする秘密が隠されていそうな、あの不思議な魅力を、現代の東京に求めるならば、恐らくこの国技館の菊人形であろう」

 乱歩趣味のひとつに、〔ユートピア願望〕というのがあります。
 通常、ユートピアは理想郷という意味になるのでしょうが、ここでいうユートピアは人工の楽園―まあ、いまで言えばTDLやUSJのようなテーマパークに近い概念でしょう。
 ある人物が自分の夢想や芸術心を、人工の楽園という形で具現化しようとする、そんなモチーフを好んで取り上げています。作品でいえば「パノラマ島綺譚」「蜘蛛男」「地獄風景」「大暗室」「影男」など。

 本篇では、現実にあった菊人形を作中に取り入れただけなので、登場人物(≒乱歩)の夢想や妄想が反映されたものではありません。
 しかしその情景描写は、例えば「パノラマ島綺譚」で、主人公・人見広介がかりそめの妻・千代子をいざない、完成したばかりの人工の楽園を巡っていくくだりのそれと変わらず、乱歩の、ある種の熱情を感ぜずにはいられません。

 引用文に「あの不思議な魅力を、現代の東京に求めるならば、恐らくこの国技館の菊人形であろう」とあるとおり、現実世界で乱歩の〔ユートピア願望〕を満たしてくれるのが、国技館の菊人形だったのでしょう。

 ―と、前置きが長くなりました。肝心の挿絵に関するコメントは次回に。
posted by Pendako at 10:23| Comment(0) | 江戸川乱歩 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください
タグクラウド