2020年06月15日

120字の映画館No.23  三船敏郎 その1~「レッド・サン」

 原題:英語版 Red Sun, 仏語版 Soliel Rouge
 監督:テレンス・ヤング
 製作:仏・伊・西合作 1971年
 出演:三船敏郎、チャールズ・ブロンソン、アラン・ドロン、ウルスラ・アンンドレス

日米修好のため渡米した、日本の使節団を乗せた列車が強盗団に襲われた。奪われたのは大統領への献上品、黄金の刀!!奪還の命を受けたサムライ・黒田重兵衛は、仲間割れした強盗団のひとりと奇妙な友情を結びつつ、その首領を追いつめる。アパッチの襲撃!燎原の対決!!銃が勝つか、太刀が勝つか?
「レッド・サン」(1971年)ポスター.jpg

 三船敏郎の凄さを知ったのは、学生の頃に観た「酔いどれ天使」(黒澤明 東宝1948年)―という話は、以前このブログで書きました。(120字の映画館No.03~黒澤明その1 「酔いどれ天使」
 ですが小学生の頃から、父に連れられて観たり、友だちと連れ立って観に行ったなかにも、三船敏郎出演作は結構ありました。

 「日本のいちばん長い日」(岡本喜八 東宝 1967年)
 「黒部の太陽」(熊井啓 三船プロ/石原プロ 1968年)
 「連合艦隊司令長官 山本五十六」(丸山誠治 東宝1968年)
 「太平洋の地獄」(ジョン・ブアマン 米1968年)
 「風林火山」(稲垣浩 三船プロ1969年)
 「日本海大海戦」(丸山誠治 東宝 1969年)
 「座頭市と用心棒」(岡本喜八 勝プロ 1970年)
 「激動の昭和史 軍閥」(堀川弘通 東宝 1970年)

などがそうです。

 三船敏郎が私財を投じて映画やテレビドラマの制作会社・三船プロダクションを設立し、「赤ひげ」(東宝/黒澤プロ 1965年)を最後に、黒澤明作品への出演が途絶えた時期にあたります。
 彼が邦画界だけでなく、国際的にも高い評価を得ている俳優という認識は、私のなかで徐々に醸成されたようです。
 このうち「黒部の太陽」は、父の勤めていた工場に撮影セットが組まれ、その現場見学に行ったことがある―という思い出も、以前の記事(一枚の写真から)で触れました。
   
 高校時代になると、友人と観に行くのは洋画主体となります。(たまにひとりでこそこそ、関根(現・高橋)恵子さんや、夏純子さん主演の映画なども観に行きましたが) 
 この頃の、唯一の三船敏郎出演作といえば「レッド・サン」でした。(以降しばらく、活躍の舞台はテレビ時代劇に移り、映画での俳優業は休止状態となります)

 日本では前年の「雨の訪問者」(ルネ・クレマン 伊・仏 1970年)あたりから注目され、「う~ん、マンダム」のCF(監督は大林宣彦!)で大ブレイクしたチャールズ・ブロンソン。

 フランスを代表するニヒルな二枚目俳優、アラン・ドロン。「D’urban, c’est l’élégance de l’homme moderne.」のCFもこの頃です。

 そして多言は無用、世界のミフネ。「男は黙ってサッポロビール」です。

 この3人に絡むのが初代ボンド・ガール、ウルスラ・アンドレス。監督は007シリーズの初期3作品を手掛けたテレンス・ヤング。

 絢爛豪華な顔合わせも、日本のサムライが西部劇で活躍するという破天荒なストーリーも大変な話題になっており、私もぜひ観たいと思っていた折に―

 中学時代の同級生から「次の日曜、映画行かない?」と持ち掛けられました。
 確か「小さな恋のメロディ」とか「フレンズ~ポールとミシェル」とか、そんな類の題名が上がったと思いますが、やんわりと拒絶。
 だめもとで「レッド・サン」を押すと、意外にもすんなりOKとなりました。
 併映が「特攻大戦線」(ヴァレンティノ・オルシーニ 伊 1970年)という作品で、彼女がこちらに主演するジュリアーノ・ジェンマのファンだったらしい。

 導入部の、強盗団の列車襲撃からテンポ良く話が進みます。
 強奪された献上品奪還の命を受けたサムライ(三船敏郎)と、仲間に裏切られ復讐に燃える強盗団の片割れ(チャールズ・ブロンソン)とが、共通の敵(アラン・ドロン)を追って荒野の珍道中を繰り広げます。

 日本人とアメリカ人、武士の矜持とならず者の沽券、謹厳実直と放縦懶惰・・・

 出自やキャラクターの異なるふたりが、図らずも同道することになり、そのギャップから生ずる対立や、やがて奇妙な友情が芽生える過程に、何とも言えぬ可笑しみがあります。

 ちなみに男同士の友情を男女間の恋愛に置き換えると、「或る夜の出来事」(フランク・キャプラ 米 1934年)や「三十九夜」(アルフレッド・ヒッチコック 英 1935年)になりますね。
 このプロセスだけを閉鎖空間で描くと、前述した「太平洋の地獄」になります。こちらは緊迫感を孕んだ深刻劇ですが。

「レッド・サン」は、3人の主役の持ち味を随所に活かしながら、全体としては三船敏郎と武士道精神へのリスペクトに満ちた異色の西部劇となりました。(ハリウッド製ではなく、撮影もスペインで行われているので、マカロニ・ウエスタンの変種といったほうが当たっているかも)

 ―と、差し障りなくまとめてみましたが、実はこの映画館での初見のときには、あまり愉しめなかった記憶があります。
 隣の席の様子が気になって、画面に没入できなかったのです。
 会ったときから妙におとなしい、会話がぎこちない。
 緊張してるんか?―と思っても、それを解きほぐすすべは知らず、逆にこちらにも伝染して・・・

「レッド・サン」が終わって、彼女のほうのお目当て「特攻大戦線」が始まるともういけません。
 第二次大戦中のイタリアのレジスタンス運動を描いた、重苦しい気の滅入るような内容で、半分も観ないうちに彼女が席を立ちました。
「気分が悪くなったから先帰るね」
 駅の改札を抜けていく姿を、悄然と見送ったものです。
 ほろ苦いばかりの初デート―もっとも彼女からは事前に、「これはデートの予行演習だからね」と宣言されていたので、ひょっとしたらデートではなかったのかも知れませんが。
 本番ではうまくいったのかしらん?

 当時の自分への通信手段があれば、デートで映画観るなら「小さな恋のメロディ」路線にしておけ、と助言するでしょうね。

 その後テレビで観返して、あらためてこの映画の面白さを認識しました。
posted by Pendako at 12:52| Comment(0) | 120字の映画館 | 更新情報をチェックする
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