2020年06月07日

120字の映画館No.22 新東宝映画 その3~「世界の母」

 監督:野村浩将
 製作:新東宝 1958年
 出演:小峰千代子、宇津井健、三ツ矢歌子、小畑絹子
父の犯した罪を被って服役した三男・修三は、刑期を終えるや、母の面影をあとに、職を求めて旅立った。だがその留守中に、母の境遇は一変する。多額の負債を残して夫は死に、長男家、次男家と身を寄せるも、降りかかるは冷たい仕打ち。やがて路頭に迷う母に、幸せな日々は巡らぬか?修三はいま何処?
「世界の母」(1958年)ポスター.jpg

 何と云う映画だったのだろう?

 私が小学1年か2年のときにテレビで観たきりで、ほんの断片的なシーンのいくつかと、そこに登場していた何人かの役者の顔を、ぼんやりと覚えている程度。

 慈しみ大切に育ててきた子どもたちから、長じては厄介者として疎んぜられる老母の哀れさ切なさを描く悲劇―
 そんな内容だった気がしますが、乏しい記憶を勝手な想像で補っただけかも知れません。

 物語の終盤―
 雪の降りしきるなか、老母が我が子の家を訪ねていくのですが、一家団欒の様子を外から窺ったきりで、来た道をとぼとぼ引き返して行く・・・
 そんなシークエンスが確かあったはず。

 「何と云う映画だったのだろう」と気になりながら、数十年の時を経て―

 実家で、我が家の老母を囲み、みなで昔話に花を咲かせていたときのこと。
 最近の出来事は右から左に流れて何も残らない代わりに、昔のことはわりと鮮明に覚えているらしく、「小さいころ、こんな映画を観たんだけど」と、私がおぼろげな記憶をぽつりぽつり話していると、
「ああ、「世界の母」と云う、宇津井健が出た映画だよ」と、母がこともなげに言うので、びっくりしました。
「おまえがこの映画で、オイオイ泣いていたんでよく覚えとる」そうで。
 喉に引っ掛かった小骨が、ようやくとれた思いがしたものです。
 
 確かに宇津井健が出演していました。それも兄弟の中で唯一母思いの、気の優しい正義漢の役。
 このときの好印象があったからでしょう、後々テレビドラマなどで宇津井健の姿を見かけると、なにかこう、暖かい気持ちになったものです。
 ただし見かけるたび口癖のように、「いつまでたっても〇〇役者だな」と漏らすので、家人から呆れられたものです。実はこれ、深い親愛の情に裏打ちされた表現ですので、ご容赦を。
 
 「世界の母」を再見する機会はありませんでしたが、後にその紹介文などを読むと、もう少し込み入ったストーリーのようです。
 また悲劇的な展開ながら、最後は大団円で終わる感動作らしい―そうした部分はまったく記憶に残っていません。
 
 それにしても「世界の母」とはずいぶん大仰なタイトルです。新東宝らしいといえば、らしいのですが。

 監督の野村浩将は、戦前に松竹蒲田で監督デビューし、松竹大船に異動し「愛染かつら」(1938年)の大ヒットを記録、戦後は新東宝に移籍して文芸物、戦記物、アクション物など多彩な作品を発表した方。
 新東宝時代の「潜水艦ろ号 未だ浮上せず」(1954年)と「戦雲アジアの女王」(1957年)は、かつて大井町にあった大井武蔵野館で観たことがあるので、いずれ紹介してみたいと思います。
posted by Pendako at 23:38| Comment(0) | 120字の映画館 | 更新情報をチェックする
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