2020年05月17日

120字の読み物世界No.24~ふるさと文学館その5 吉川英治「恋山彦」(その3)

 吉川英治「恋山彦」は、映画「キング・コング」を翻案した小説である―という言説は、映画通や時代小説通のあいだでは、割りと知られているようです。
 でも「翻案」―とまで言い切れるかどうか、私としては疑問です。

「翻案」とは、「前にだれかが成した作品の大筋をまね、細かい点を造り変えること。特に小説・戯曲などについて言う」―などとあります。
 テーマやストーリーはほぼ原作に即し、時代背景や舞台、人物名や地名、風物・習慣などは、日本の読者が馴染深い表現や表記に置き換えていくやり方です。
 
 明治時代、黒岩涙香などが盛んに欧米の小説を翻案し、日本の大衆文芸発展に大きく寄与しました。
 黒岩涙香では、「レ・ミゼラブル」の翻案「噫無情(あゝ無情)」、「モンテ・クリスト伯」の翻案「巌窟王」などが有名ですね。
 尾崎紅葉の「金色夜叉」も、三遊亭圓朝の「牡丹灯籠」もそうです。三津木春影「探偵奇譚呉田博士」には、シャーロック・ホームズの翻案が含まれます。
 ある意味、この時期に海外の作品を日本に移植した文芸作品は、押しなべて翻案小説だ―といっても過言ではないような気がします。
 原作のストーリーを削ったり付加したり改変したりして、原形をとどめないような「翻案」もあって、明確な線引きは難しいのですが、一応先の定義に沿って「キング・コング」と「恋山彦」を見てみると―

「キング・コング」は、滅び行く太古の怪物の、現代文明への報復―というのが、ひとつのテーマになっているかと思われます。
「恋山彦」も、滅亡した平家の末裔が、爛熟し頽廃した元禄期の江戸を蹂躙する、一種の文明批判になっています。

「キング・コング」の登場人物やいくつかのモチーフなども、形を変えて「恋山彦」に出てきます。
 体長15mの巨猿キングコングは、「身の丈六尺」(約1.8m!)の超人・伊那小源太に。
 キングコングの生贄にされる女優の卵アンは、伊那一族の人身御供となる妙齢の美女お品に。
キング・コング(1933年).jpg

※「キング・コング」(米 1933年)

 髑髏島の太古の密林は、伊那山中虚空蔵山の仙境に。
 恐竜やキングコングに襲われて命からがら逃げる救援隊は、伊那一族の急襲で血塗れになって退却する飯田藩の侍たちに。
 大劇場でキングコングが突如暴れだす姿は、江戸城で憤怒を爆発させる小源太の姿に。
 ニューヨークの街を手当たり次第に破壊するさまは、江戸市中に現れて破壊や殺戮を繰り返すさまに。
 アンを攫ってエンパイアステートビルを登る構図は、おさめを抱えて六義園嘯雲閣を登る構図に。

 ところが、テーマに共通性があったり、似かよった趣向が断片的に散りばめられてはいるものの、「恋山彦」が「キング・コング」のストーリーラインをなぞっているわけではありません。

 吉川英治自身、昭和8年(1933年)に公開されたこの映画にヒントを得て、さっそく翌年に「恋山彦」を執筆した―というような文章を残しています。
 おそらく深い影響を受け、多大なインスピレーションを得ながら執筆したのでしょうが、物語の構成はまったくの別物―前回と前々回で両者のあらすじを記しました―吉川英治のオリジナリティが存分に活かされた小説だと、私は思います。

 ところで日本での「キング・コング」の影響は、吉川英治だけに留まらなかったようです。
「キング・コング」が日本で公開された翌月には、すでに斎藤寅次郎監督の「和製キング・コング」(松竹蒲田 1933年)が公開された―という冗談のような話もあります。短篇の喜劇映画だったそうで、これぞ便乗商法の鑑!

 さらにその5年後には熊谷草弥監督「江戸に現れたキングコング」(全勝キネマ 1938年)という作品が公開されたそうです。
「江戸に現れたキングコング」(1938年).jpg

※「江戸に現れたキングコング」(全勝キネマ 1938年)
おお、キングコングの造形が、まるで並木鏡太郎監督「花嫁吸血魔」(1960年 新東宝)のようではないか!

 江戸を舞台に、怪猿の登場する時代活劇―という内容で、もしかして吉川英治が本気で「キング・コング」を翻案したら、こんなふうになっていたかも、と思わせます(―なわけないか)。
 登場する怪猿も巨大モンスターではなくて、おそらくは身の丈6尺ほど―伊那小源太程度の大きさということですし。
 フィルムが現存していないので、確かめようがありませんが。

 ちなみに全勝キネマというのは、戦前に奈良にあった映画会社で、もっぱら時代劇(それも、すでにトーキーの時代であっても無声映画)中心に製作されたようです。
 フィルモグラフィーを覗くと、「怪童三銃士」とか「肉弾鉄仮面」とか「巌窟王ターザン」とか、翻案臭漂うタイトルが並んでいます。

「恋山彦」のほうに話を戻すと、この小説を原作として二度に渡って映画化されています。
 「戀山彦 風雲の巻」および「戀山彦 怒濤の巻」(日活1937年)
 「恋山彦」(東映 1959年)
 いずれも監督はマキノ正博、伊那小源太役は前者が坂東妻三郎、後者が大川橋蔵、お品役は前者が花柳小菊、後者が大川恵子。
恋山彦(映画ポスター).jpg

※「恋山彦」(東映京都 1959年)

 私はどちらも未見なので何とも言えないのですが、作品紹介などを見ると、小説の前段部分はカットされ、小説にないキャラクターが登場するなど、かなり原作を改変した造りになっているような気がします。
「キング・コング」の面影は・・・まず微塵にもないでしょうね。

(さらに続く)
posted by Pendako at 23:28| Comment(0) | 120字の読み物世界 | 更新情報をチェックする
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