2020年05月11日

120字の読み物世界No.22~ふるさと文学館その5 吉川英治「恋山彦」

 著者:吉川英治
 吉川英治文庫36「恋山彦」(講談社 1971年2月第1刷)より

吉川英治文庫「恋山彦」.jpg


ときは元禄―父の形見なる三弦の名器・山彦を守り、お品は逃げる!逃げる!また逃げる!追うは山彦を付け狙う武士ふたりと、お品に狂恋する荒くれたち。隠れ籠もった伊那山中での安息も束の間、人身御供となった彼女の前に現れた伊那小源太は、神か人か魔か?敵か味方か?

 昭和9年(1934年)1月~翌年3月、講談社の代表的雑誌『キング』に連載された伝奇時代長篇小説。

 私の青少年時代に、吉川英治の作品をさほど読んだわけではありません。父親の本棚に「三国志」「新・水滸伝」があって、これらを中学か高校のときに読んだきり。(おぼろげな記憶ながら「新書太閤記」も読んだような気が・・・)
 ただしいずれも大長篇なので、冊数から言えばかなりの分量ではあります。
 無類に面白かった、だけど癖になるほどの面白さではなかった―そんな感じでした。

 後年になって「恋山彦」を読むきっかけになったのは、この作品はある古典的傑作映画の翻案だ―というような趣旨の文章を、何かの本で読んだからです。
「ある古典的傑作映画」というのが、実に意外なことに、怪獣映画の原点ともなった「キング・コング」(米 1933年)なのです。

 私が初めてこの映画を観たときの驚嘆―という話も含め、別稿を起こす予定なので詳細は省きますが、「キング・コング」が後世に残した影響力は映画界に留まらず、日本の大衆文芸にまで及んでいたか・・・と、大いに興味をそそられたのです。

 絶海の孤島で、原住民から魔神の如く畏れられる巨猿。
 その生贄に捧げられた白人娘を追って、森の奥に分け入った救援隊の眼前には、太古の恐竜が跋扈する秘境が広がっていた。
 多大な犠牲を出しながら娘を救出した一行は、その巨猿をも捕まえてニューヨークへと戻る。
 だが見世物に晒された巨猿はカメラのフラッシュに興奮し、鎖を引きちぎって逃げ出すと、市中で驚天動地の大暴れ―
 途中、自分への生贄だった娘をひっさらい、摩天楼を攀じ登る。
 頂上に立つ巨猿に、複葉機の編隊が機銃を浴びせかける。
 娘を守るかのように、手負いの巨猿は上空の敵を威嚇するが、ついに力尽き・・・

 ―というあらすじを日本の時代劇に移植して、どのような換骨脱胎ぶりを見せるのか、吉川英治のお手並み拝見と期待しながら一読しました。
 久しぶりに読む吉川英治は、それこそ癖になりそうな面白さに満ちていました。

 その頃(1980年代前半)はまだ、講談社版『吉川英治文庫』(全161巻)は、新刊書店で手軽に入手できました。
 ところが80年代終わりにすべて絶版となり、装いも新たに『吉川英治歴史時代文庫』(全85巻)が刊行され始めました。

 現在流布しているのは後者ですが、ここに「恋山彦」は含まれません。
 手軽に読める情況ではなさそうなので、どんな話かやや詳しくあらすじを追ってみましょう。
 実はこの稿を起こすにあたって再読したのです。ほとんど内容を忘れていたおかげで、初読のときと同様のワクワク感を味わいました。その感じが少しでも伝われば・・・

 物語は、大きく前段・中段・後段に分けられます。

 まずは前段―
 若く美しい江戸娘・お品の、海路陸路を巡る逃避行が描かれます。

 三弦(三味線)の名手・十寸見(ますみ)源四郎と娘のお品。上方歌舞伎の役者・坂田藤十郎の招きで、不遇を託った江戸を離れ京に暮らす。
 しかし源四郎の持つ三弦の名器「山彦」を、柳沢吉保の寵妾・おさめが狙っていた。息のかかった武士ふたり―市橋釆女と藍田喬助を京に遣わし、「山彦」の収奪を目論む。
 その成り行きで武士たちは、あろうことか源四郎を殺めてしまう。
 悲嘆に暮れるお品を、藤十郎が諭す。父の遺志を継ぎ三弦の道を極めよ―と。お品は藤十郎の恩情に応え、身を潜めて三弦修業に専心することを決意する。
 だが、お品を無事に手引きする役目の男たち―鬘師の伴蔵と大道具の勘太郎が、娘の色香に血迷った。
 貞操の危機にお品は彼らからも身を隠し、女身ひとつで畿内中国四国の、陸路海路を巡る決死の逃避行を続けるはめに。
 それぞれの思惑を秘めたふた組の敵が、入れ替わり立ち代わりお品に襲い来る。
 幾度となく窮地を脱するも、ついにお品は勘太郎の手中に堕ち、ある島に拉致される。
 絶望のあまり自死を選んだお品だが、島で偶然に見つけた錆びた短刀―その刀身に刻まれた「一心不退転」の銘に、お品は鞭打たれるように奮い立つ。
 機転で男に指一本触れさせぬまま、夫婦の成りをしながら逃げる隙を窺う日々。そんな様子を、他の敵どもが嗅ぎつけた。
 姫路城の普請場で、ふた組の敵と城の足軽たちが入り乱れ、いがみ合い騙し合い奪い合いの大混乱。
 その混乱こそお品にとっての僥倖―ひとりまた行方を眩ます。名器「山彦」を携えて・・・

 お品と「山彦」の命運は?

 ―の興味を掻き立てながら、物語は中段に移ります。

(次回に続く)
posted by Pendako at 21:08| Comment(0) | 120字の読み物世界 | 更新情報をチェックする
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