2020年05月04日

ふるさと再訪~いろりの里・大平宿その5

大平宿散策
 大平宿初日(旅の二日目)は、到着してすぐに夕餉の支度などに取りかかったので、宿場内をゆっくり見学する余裕がありませんでしたが、翌朝散歩がてら見て回りましたので、そのときの写真を何枚か貼りつけて、簡単なコメントを添えます。

 大平宿は大平街道に沿った南北約500mの細長い区域です。
 まずは前回写真を掲げた憲章板より南の区域。

大平宿~水路.jpg

 道沿いに細い水路が流れています。飲料には不向きですが、かつては洗濯や足洗の水として使われたのでしょう。

大平宿~下紙屋.jpg

 大平憲章板の50mほど南にあるのが、今回の私どもの宿・下紙屋。

大平宿~下紙屋由来.jpg

 下紙屋の由緒書き。旧家屋は平成12年8月に全焼したとありますが、出火原因は何だったんでしょうか?
 それを考えると、火の始末はゆめ疎かにはすまじ、です。

大平宿~深見荘.jpg

 下紙屋の向いに建つこれら(深見荘と蔵)も、全焼して建て直されたものです。

大平宿~オオハンゴウソウ.jpg

 至るところにオオハンゴウソウの群生。
 もっともこの植物は、明治期以降に移植された外来種とのこと。

大平宿~マルハナバチ.jpg

 アカツメクサの蜜を吸うマルハナバチ。

大平宿~コガネムシ.jpg

 コガネムシ、恋の季節。

大平宿~大蔵屋.jpg

 下紙屋の二軒お隣、大蔵屋。かなり年季の入った佇まいです。ここにも20名ほど泊まれるようです。

大平宿~公衆トイレ.jpg

 これは何かというと、公衆トイレ。宿場内には数ヶ所に公衆トイレがあります。

大平宿~南部の町並み.jpg

 大蔵屋から南方向の並び。さらに奥のほうに行けば宿場入口があり、石塔が立っていて、神社がある―のですが、迂闊にもそのあたりにまで足を伸ばしませんでした。
 あとで友人のW君に教えてもらったのですが、大平宿が山田洋次監督「隠し剣 鬼の爪」(2004年松竹)のロケ地となっていて、最終の決闘シーンはどうも宿場入口近辺で撮られたようです。
 私は藤沢周平原作による山田監督の時代劇三部作のうち、「たそがれ清兵衛」(2002年)と「武士の一分」(2006年)は封切り時に観ているのですが、どういう訳かこの2作目だけは未見。
 機会があれば観てみよう。見覚えのある風景が映っているかも知れません。

大平宿~下紙屋から北方向.jpg

 方向を転じて、下紙屋あたりから北の景色。

大平宿~つつみ荘.jpg

 つつみ荘。ヒマワリが絶妙のアクセントになっています。

大平宿~紙屋.jpg

 とても端正な構えの紙屋。ふり返って撮影したので、手前側が進行方向です。

大平宿~公衆電話.jpg

 からまつやは駐車場のすぐ南にある古民家。
 その軒下に衛星回線を使った公衆電話があります。携帯電話は通じないので、下界と連絡したい場合はこれを利用しましょう。

大平宿~民宿丸三荘.jpg

 駐車場から北方向に宿場内唯一の民宿―昔風にいうなら旅籠、丸三荘があります。外の客も料金を払えばお風呂を利用させてもらえるようです。ちょっとした売店もあります。
 実はこの日の夕方、少し雲行きが怪しくなりました。大雨になれば通行止め、という事態も予想されます。ここは地元の人から情報収集を―と思い、この民宿を訪ねると、小雨ぱらつく中、木曽のほうから来たという7、8人のオジサン連中が、庭で盛大に焼肉パーティをしておりました。釣り客でしょうか。
「これからの天気の具合、どうですかね?」と聞くと「予報じゃ今日も晴れ明日も晴れ―このあたりじゃ夕立は当たり前だ、心配いらん」とのこと。
 横浜に息子夫婦が住んでいるというオジサンとひとしきり話し込んでいるうち、まあまあ一杯飲んでけや―となりそうな雰囲気でしたので適当に切り上げ退散しました。
 雨はすぐに止み、翌朝には気持ちの良い晴天が戻ってきました。

大平宿~中村屋.jpg

 中村屋。丸三荘の隣です。これも典型的なせがい造りの民家。

大平宿~北のはずれ.jpg

 このあたりが大平宿の最北端。これをさらに上ると大平峠、県民の森に至ります。

大平宿~黒川支流.jpg

 眼下には渓流―大平峠に源流を発する黒川の支流です。
 大平宿を挟んだ反対側には、北方に聳える摺古木山(すりこぎやま2,168m)に源流を持つ支流も流れ、ふたつは宿場の南側で合流します。
 なお、摺古木山は中央アルプス最南端の2000m峰・・・と思っていたら、最近ではさらに南に位置する恵那山(2,191 m)も木曽山脈に含めるのが一般的なようです。

大平宿~鳥の巣箱.jpg

 古民家の軒下に鳥の巣箱。下の広告看板には「手袋 タビ 飯田知久町 三丁目 サクラヤ洋品店」とあります。知久町は大平街道の飯田側の起点。大平の住人は、ちょっとした買い物でも飯田へ降りるしかなかったのでしょう。
 このあたりで来た道を折り返します。

大平宿~大平学校01.jpg
 
 丸三荘を過ぎて左に折れると、大平学校跡。教員官舎の奥に校門が見えます。

大平宿~大平学校02.jpg

 校門を入ると懐かしい木造校舎が。

大平宿~大平学校03.jpg

 現在は何の利用もされていないようですが、こうした歴史的建築物がきちんと残されているところがすごい。

大平宿~大平学校04.jpg

 校舎の内部はこんな感じ。ガラス越しに撮影したので外の景色が映り込んでしまいました。
 (たぶん)子どもたちの雑巾がけで、板敷の床はテカテカに。

大平宿~大平学校05.jpg

 入口と下駄箱。朝の賑やかな歓声が、かなた昔から聞こえてきそうです。

大平宿~大平学校06.jpg

 校庭では紺絣の児童たちが裸足で駆け回っています。(想像)

大平宿~大平学校07.jpg

 後年になって建てられた(と思われる)雨天炊事場。最近でも、麓の小中学校の課外行事が、ここで行われているのかも知れません。

大平宿~駐車場.jpg

 駐車場の様子。車10台分ほどのスペースです。このあとバイクツーリングの一団が、軽快な爆音とともに入場して来ました。

大平宿~紙屋から南方向.jpg

 散策を終え、下紙屋へと戻ります。
 朝食をいただいてから、この日は下條村のほうへ出掛けることにしました。大平街道を飯田方面に戻り、さらに南下します。
 と―旅の3日目の下條巡りは次回に。
ラベル:伊那谷 信州
posted by Pendako at 21:40| Comment(0) | 郷土・ふるさと | 更新情報をチェックする
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