2019年08月20日

120字の読み物世界No.18~ふるさと文学館その1 笹沢左保「狐火を六つ数えた」

 著者:笹沢左保
 光文社文庫「木枯し紋次郎(八)命は一度捨てるもの」(光文社 1997年初版1刷)より

身籠ったのは狐憑きの仕業との噂が流れ、娘は辛い仕打ちに晒される。彼女が縋ったのは通りすがりの渡世人―木枯し紋次郎だった。娘の窮状に、彼は「自分が腹の子の父親だ」と人々の前で嘘を吐く!他人事には一切関わらないはずの彼が何故?その意外な言動が、ある企みを炙りだす!!

木枯し紋次郎08命は一度捨てるもの.jpg


 谷間は樹海で埋まり、山の斜面は草に被われている。名もない花が、道の脇で震えていた。さすがに風は強く、山の斜面が草原のように緑に波打っている。青い空には、ちぎれた雲が眠たそうに浮かんでいた。
 街道と言っても、山道なのである。険しい悪路の部分もあるし、雨でも降ろうものなら旅人は難儀することになる。だが、晴れた日の南北の景色は、悪路であることも忘れさせるほどであった。
 俗に、大平街道と呼ばれている。土地の人々は、飯田街道と称していた。中山道の妻籠の先の妻籠追分から、東に真直ぐに伸びている街道だった。妻籠追分から二里、約八キロで広瀬というところに出る。
 (「狐火を六つ数えた」より)

 本篇はそんな描写から始まり、その風景に、ある渡世人の孤影を配して物語は始まります。

 ご存じ無宿渡世のアウトロー・木枯し紋次郎が、中津川から中山道を上り、途中で大平(おおだいら)街道に折れて、木曽峠、大平宿、一ノ瀬の関所、上飯田村、三州街道飯田宿と辿りながら、父親の知れぬ子を身籠った、知恵おくれの娘を巡るいざこざに巻き込まれていく・・・というのがあらすじ。

 この木枯し紋次郎シリーズ―
 私は高校時代、テレビドラマ化作品『木枯し紋次郎』の初回「川留めの水は濁った」を観て衝撃を受け、毎週欠かさず視聴するようになりました。
 勧善懲悪や義理人情を朗らかに謳いあげる、生温いテレビ時代劇に辟易していた私にとって、陰影と奥行きの際立つ画作り、底知れぬ虚無感の漂うヒーロー像、ミステリ的な手法を駆使した作劇術は、実に斬新でスタイリッシュなものに映じました。

 すぐに原作本にも手を出しました。
 作者の笹沢左保については、多作ながら推理小説の秀作をものにする流行作家―ぐらいの認識はあったと思いますが、作品を読んだのはこの木枯し紋次郎シリーズが初めてでした。
 講談社から出ていた軽装版で、確か5冊目あたりまで読んだはずです。

 その後はテレビや読書の興味が他に移り、木枯し紋次郎とはいつしか疎遠となっていましたが、20数年の時を経て、光文社文庫からこのシリーズが復刊され始めたのを機に、あらためて読み直してみました。平成9年頃のことです。

 光文社文庫版が全15冊で打ち止めになろうかとする頃、後期に執筆された作品群全6冊(いわゆる「帰って来た紋次郎」シリーズ)が新潮文庫から刊行され始め、これらも矢継ぎ早に手に取ることになりました。
 したがって、この時期私は、シリーズのほぼ全篇―全21冊、作品数にして全100篇(長篇含む)―を読んだことになります。

 シリーズ全体の面白さや魅力、個々のエピソードの興趣については、あらためて稿を起こしたいと思いますが、数ある作品の中から、今回あえて「狐火を六つ数えた」を取り上げた理由だけ、少し記しておきます。

 先週、家族で南信州を旅行しました。
 観光というよりは、私の生まれ育った場所や風土を、子どもたちに見せておきたい、というだけの動機で計画した旅です。
 おもな訪問地は飯田市と、その西方の山奥にある大平宿―
 飯田市は私の生まれた場所であり、大平宿は私が幼い頃に経験した「囲炉裏とかまどのある生活」を追体験できる場所でした。
大平宿.jpg

 
※大平宿に今も保存されている古民家に宿泊しました。

 旅から家に戻り、4日間の旅で目にしたことなど、ブログにまとめてみようと考えているうちにふと、木枯し紋次郎もそのあたりを旅したはず、と思い当たった訳です。
 どの作品でどんな筋だったかはすっかり忘れてしまっていたものの、何となくどこかに飯田や大平といった地名が出てきた―そんな記憶がうっすらと甦ってきました。

 書棚から本を引っ張り出してきて、中身をパラパラ捲ってその作品を割り出す・・・という作業はある意味とても楽しいのですが今回は省略し、googleで「木枯し紋次郎」「大平宿」の2語だけで検索すると、たちどころに「狐火を六つ数えた」の作品名が判明しました。

 再読しました。
 今回の旅をルポするにしても、木枯し紋次郎シリーズを語るにしても、ちょうどいい取っ掛かりになりそうです。
 そんな訳で、ここに紹介してみることにした次第―

 とくにミステリ的な趣向が濃厚な作品―という訳でもないですが、一応狐憑きという土着的な迷信を利用した奸計が暴かれる話なので、詳しい筋は伏せておきます。

 物語は、木曽谷~大平街道~伊那谷と場面を変えて進みます。

 面白いのは、大平街道から伊那谷側に下った上飯田村でのできごと―
 狐憑きの仕業で子を孕んだ(と疑われた)娘が、憑いた狐を追い出そうとする人々に追い回され、とうとう捕まり過酷な仕打ちを受けようかというとき、そこに居合わせた紋次郎を指して「あの旅人さんが、おらにいいことをしてくれたんだよう」と、苦し紛れの嘘を放ちます。
 紋次郎は「あっしには身に覚えのないことで」と、娘の窮状を見捨てるかと思えばさにあらず、娘の嘘に口裏を合わせるように、自分が腹の子の父親であることを認めるのです。
 このシリーズでは珍しく、ユーモラスな展開です。(もちろん、そんな紋次郎の意外な言動は、物語の序盤に本筋とは関係のない別のエピソードを置くことにより、十分な説得性を有する伏線としています)

 その紋次郎の口裏合わせの嘘が、ある奸計を企てていた人物たちを、慌てさせることになって・・・

 作品としてはシリーズ中、特に優れた出来映えとは言いがたいのですが、私の幼い頃に馴染んだ土地が舞台とあって、興味深く読みました。
 このブログ記事のサブタイトルに「ふるさと文学館」と記した所以でもあります。
posted by Pendako at 11:43| Comment(0) | 120字の読み物世界 | 更新情報をチェックする
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