2019年06月10日

120字の昭和史No.01~うちにテレビがやって来た!

 時代:1961年(昭和36年)頃

うちにテレビがやって来た!友だちんちや大家さんちで、肩身狭くして見せてもらわなくても良くなった。NHKと民放1局、たったふたつのチャンネルだけど、電源入れて映るまで辛抱強く待たなきゃならなかったけど、粗い画面の白黒テレビだったけど・・・ついにテレビがやって来た!

白黒テレビのある茶の間.jpg

※台東区下町風俗資料館の展示品「白黒テレビ」
わが家の初代テレビもこんなふうでした。足こぎのミシンも、この写真と似たような配列で置いてあったなぁ~

 昭和30年代の半ば、私が保育園児だった頃―大昔(笑)の話です。
 まだテレビのない家庭も多く、よその家にお邪魔して観させてもらうというのは、ごく普通のことでした。
 
 近所の人たちがお茶の間に寄り合って、力道山のカラテチョップに歓声を上げる―という「ALWAYS~三丁目の夕日」のシーンは、多少の誇張はあるにせよ、私の住んでいた南信州の片田舎でも、ありふれた光景だったのです。

 私はというと、近所に同い年の仲良しがいて、ひとしきりおもてでその子と遊んだあと家に上がらせてもらい、「ナショナルキッド」や「まぼろし探偵」などの子ども向けドラマを一緒に楽しんだ―というのが、テレビに纏わる最初の記憶です。

 当時私は、チャンバラ映画(東映時代劇)を真似て、風呂敷で宗十郎頭巾の形に頭を蔽い、木の棒を振り回していたのですが、テレビ番組の影響は甚大でした。
 いつのまにか風呂敷は背に靡かせるものとなり、両手に拳銃を構え(るフリで)、悪漢役の友だちを撃ちまくるようになっていました。(月光仮面も七色仮面も、正義の味方は何故か二挺拳銃)

 いずれにせよ、子どもの遊びに風呂敷は大活躍でした。

 ほどなくして引っ越すことになり、同じ市内でも市街地の西方、山裾に民家がポツポツ立ち並ぶあたり、リンゴや梨や桃の果樹園の一角に新築された、長屋のような集合住宅に暮らすようになると、果樹園農家でもある大家さんの家が、テレビ鑑賞の劇場となりました。
 ここのテレビはとてもゴージャスで、観音扉を開くと大型のブラウン管が現れるタイプ。画面にはちらつき防止のフィルターが嵌めこまれていました。

 扉が開かれ、おもむろにスイッチが入れられると、暗い画面が次第に明るくなり番組が映し出されるのですが、真空管が暖まるまでの数十秒間の待ち時間が、とてもワクワクしたことを覚えています。
 まあ、そこで観たのは「ジェスチャー」とか「お笑い三人組」とか、穏当な番組ばかりでしたけど。

 他の住人たちも集まって、茶菓子や果物などもふるまわれ、大家店子の親睦会のような趣でした。
 私はというと、大人たちの雑談をわずらわしく思いながら、テレビの画面に集中しようと、いつも一番前に陣取っていた記憶があります。
 
 しかしやはり、他人の家でテレビを観るのは窮屈で、観る番組も子ども心にはさほど魅力的でなかったのか、お呼ばれされても伺わないことが多くなったようです。

 わが家に突然テレビがやって来たのは、そんなある日のことでした。

 親から何も知らされていなかったので、長屋の脇に軽トラックが止り、恰幅のいいオヤジが大きな箱を抱えて家に入って来たときには何ごとかと驚きました。
 箱の中から現れたのは、NEC製16インチのテレビ受像機―と知った私が、狂喜乱舞したかどうかはあまり覚えていません。

 部屋の隅に受像機が据えられ、屋根にアンテナを立てて線を繋げ、電源を入れて最初に映し出された映像は、何か古い洋画のワンシーン―「ジャングル・ブック」だったかも知れません。大蛇が河を泳いでいく場面をおぼろげに覚えています。

 それよりも印象深かったは、設置作業を終えた電器屋のオヤジが、「おめでとうございます」とニコニコ差し出してくれたデコレーションケーキ。
 家庭にテレビが据えられるのはこの当時、とてもめでたい一大イベントだったようです。

 ただしこの頃は、親による視聴制限が厳しく、好きな番組を好きなだけ楽しむ―という訳にはいきませんでした。

 朝は「おさるのピッキーちゃん」(正式タイトルは忘れました)を見てから保育園へ。
 この番組の中で、「よいこ」や「めばえ」といった小学館の幼児向け雑誌の宣伝をよくやっていました。この時間帯では永谷園のカレンダーふりかけのCMも流れていたな~

 保育園を引けてからすぐにテレビに齧りつく―ということも許されず、お楽しみは夕食前のひととき。「みんなのうた」「チロリン村とくるみの木」「こどもニュース」「ふしぎな少年」「ものしり博士」など。

 夜は母親につき合って,「夢であいましょう」「若い季節」「事件記者」「咲子さんちょっと」「シャボン玉ホリデー」「ララミー牧場」「ルーシー・ショー」など。
 テレビの前に蒲団を敷いて、寝っころがりながら観ていたので、途中で寝入ってしまうことが多かったですが。

 やはり平日の7時台や土日は子ども向けの番組が多く、いくつかは観ることが許されました。
 「ポンポン大将」「名犬ラッシー」「テケテケおじさん」「三バカ大将」「ちびっこ大将」「ハイウェイパトロール」「怪傑ゾロ」「ジャングル・ジム」「ライフルマン」など。

 こうして並べてみると、なんだか随分と観てますね。
 それらの番組が、ほんの断片的な映像記憶とともに、懐かしく思い出されます。

 特に楽しみながら観た番組については、おいおい「120字のテレビ館」のほうで取り上げていきたいと思います。


posted by Pendako at 11:59| Comment(0) | 120字の昭和史 | 更新情報をチェックする
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