2019年06月09日

120字の読み物世界No.17~コーネル・ウールリッチその3 「野生の花嫁」

 著者:コーネル・ウールリッチ 訳者:高橋豊
 原題:Savage Bride(米国1950年)
 ハヤカワ・ポケット・ミステリ「野生の花嫁」(早川書房 1961年初版)より

彼が恋したのは、ある考古学者のもとで幽閉同然に育てられた養女—ふたりは船で駆け落ちを決め込むが、とある港に置き去りとなり悪夢の日々が始まる!行方を晦ました娘を追い、男は山の奥地に踏み分けるが・・・狂熱の追跡劇、戦慄の幻想譚―そしてある平凡な男の純愛物語。

野生の花嫁.jpg


 「彼の名は、ローレンス・キングスレー・ジョンズ。あなたや私と同じ、ごく平凡な男。これは、そんな男の身に起こった出来事である」

 いかにもウールリッチらしい、傑作の予感がムンムンと漂うような書き出しではありませんか。

 オールタイム・ベスト級の名作「幻の女」(ウィリアム・アイリッシュ名義)の、

 「夜は若く、彼も若かった。が、夜の空気は甘いのに、彼の気分は苦かった」(稲葉明雄・訳)

という書き出しに匹敵する・・・とまでは言いませんが、ごく平凡な男が異常な事態に巻き込まれる―そんな予感に、はや胸が締め付けられる思いです。

 すでに「幻の女」はもちろんのこと、同じ作者の「暁の死線」「黒衣の花嫁」「暗闇へのワルツ」などの傑作群を読んでいた私が、何を血迷ったか次に選んだのがこの「野生の花嫁」。
 おそらくはこの書き出しに釣られて、手に取ったのでしょう。
 たぶん中学3年の、受験勉強に拍車をかけねばならない時期のことでした。

 一読するや、「なんだったんだ、これは?」と唖然といたしました。

 監禁同様に育てられていた、ある考古学者の養女ミッティに主人公ラリーは恋をして、その恋が頑強な反対にあうと見るや彼は娘を連れ出し、ふたり手を携えて船で逃避行の旅へと赴きます。(すでにふたりはアツアツの新婚気分)
 
 これは逃げるふたりと、それを追う者の、サスペンスたっぷりの追跡劇だ―と誰しもが思うでしょう。(物語の三分の一あたりまではそんな感じ)

 ところが船が、中米のある港に寄港してから様相が一変します。

 何かの手違いで、ふたりを港に残したまま船が出港すると、甘美なハネムーンはしだいに悪夢のような災厄へと変貌していくのです。

 ふたりの身の回りに、暗澹とした運命を予兆させるような出来事がいくつもあって、やがてミッティは不思議な力に引き寄せられるように、ラリーのもとから姿を晦ますのです。
 ミッティの失踪に狂乱気味のラリーは、その行方を追って山の奥地に踏み入っていくのですが・・・


 そんな感じで後半は、異郷の地での秘境冒険物語が展開されます。蛮族とか呪術とか転生とか、そんな世界。
 途中でクリスと云う娘が登場して、なんだかあれほど惚れ抜いていたミッティを差し置いて、ラリーの気持ちはこの娘の方に移ったりして。
 ミッティが「考古学者の養女」というところに伏線らしきものはあるのですが、作者の頭にはもはや、ミステリ的な結構で話を収束させようとする意識はさらさらなかったようで—

 読むほうの身としては、残りのページと見比べ、果たして作者はどんな落としどころを捻りだすか、そちらのほうにハラハラするという―不思議なサスペンス小説になっています。

 結末でまた、
 「彼の名は、ローレンス・キングスレー・ジョンズ。あなたや私と同じ、ごく平凡な男。これは、そんな男の身に起こった出来事である」
の文を添えて、物語は幕を閉じます。

 支離滅裂と云って良い内容なのですが、読んでいる間はぐいぐいと物語に引き込まれ、あっという間に読了した一篇でした。

 これを海外ミステリの老舗叢書・ポケミスの一冊、あるいは「黒衣の花嫁」や「幻の女」と同じ作者の作品―そんな既成概念を捨て去ってから読めば、甘美で不条理な怪奇譚としてそこそこ面白い作品かな?

 まあ正直なところ―

 現在は入手困難な一冊ですが、万が一これを入手して、それがウールリッチとの初めての出会いだとしたら、しばらくのあいだ寝かせておいて、先に他の諸作をお読みいただくほうが無難かも。
 人によっては、ウールリッチとは一期一会の邂逅となりかねない、凡作と駄作の境界線上にある作品ですので。


posted by Pendako at 13:15| Comment(0) | 120字の読み物世界 | 更新情報をチェックする
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