2019年05月21日

小林少年と文代さん:乱歩と挿絵画家~番外篇その5

(承前)

 いったいいつ、

 文代さんと小林少年は同一人物である。

とする仮説の検証に辿り着くのだ?

 まことに心もとない思いですが、ガチガチの学術論文を目指しているわけではありません。気の向くまま、あちこちと寄り道しながら進めております。
 悪しからず。

 前回、「「孤島の鬼」の同性愛趣味:乱歩と挿絵画家~番外篇その4」で私は―
 「孤島の鬼」では思うさまに同性愛を描き切れなかった乱歩は、次に連載を予定していた「魔術師」で、明智探偵の助手として凛々しい少年を作中に配し、物語を通じてこの師弟の交流を細やかに描くことを思いつき、その構想段階で、「林檎の頬をした可愛らしく、リスのようにすばしこい」小林少年の人物像を作り上げていった・・・

というようなことを書きました。

 もちろんこれは私の単なる想像―ですらなく、空想もしくは妄想のような話です。
 ですが、これを読んでいただく方に「もしかしたら、そんなこともあり得たかも知れない」と思っていただければ本望ですので、あとを続けていきましょう。

 さて「魔術師」は、昭和5年(1930年)7月から翌年6月まで、『講談倶楽部』に連載された長篇探偵小説です。
魔術師(岩田専太郎挿絵)01.jpg

※岩田専太郎挿絵(「魔術師」より)

 昭和4年8月から同誌に連載されていた「蜘蛛男」の評判は上々で、編集部の意向としては後を引き継ぐ新連載も、乱歩作品でいく―というのは、早い段階から決まっていたものと思われます。
 それを請けた乱歩が、「魔術師」の構想にかける時間は十分にあったわけです。

 その構想と言うのが―

 大宝石商・玉村家を舞台に繰り広げられる、魔術師と呼ばれる怪賊の、残虐非道な復讐劇。
 密室殺人やバラバラ殺人、復讐の動機となる過去の因縁、複雑な人物相関の謎などに、名探偵明智小五郎が挑む波乱万丈の冒険活劇。

 こうした主筋に肉付けをし、登場人物を配置します。

  ①大宝石商・玉村家の関係者(被害者側)
  ②魔術師一味(加害者側)
  ③明智小五郎(探偵)

 乱歩は作中に大きな仕掛けを施すため、ふたりの少年を登場させることにしました。
 ①のほうに「進一」という少年、②のほうには「芳雄」という少年を、重要な役どころで置いたのです。
 なお、「芳雄」というのは便宜的に、私が勝手に命名したものですので誤解なきよう―

 (これ以降は、「魔術師」の読みどころや事件の真相を予見しうる記述を含みますので、未読の方はご注意ください)

 乱歩の、構想段階における「魔術師」のあらましは次のようなものでした。
 本論とあまり関わりのない登場人物や事象などについては、ややこしくなるので極力省きながら記してみます。

 明智探偵は、「蜘蛛男」事件解決後、骨休みにとある温泉宿に逗留します。
 そこで彼は同宿の玉村進一少年―大宝石商・玉村家の子息と懇意になります。
 明智は少年の才気煥発ぶりにほれ込み、自分の最良の探偵助手となりうる資質を少年のなかに見出します。
 ところが東京の玉村家で異変が起こり、進一少年は帰京します。
 意気投合した少年との別れに、明智は落胆します。
 しかし玉村家の異変とは、魔術師と名乗る怪賊から届いた、復讐の予告めいた通知でした。
 その内容から玉村家では、高名な名探偵明智小五郎に助力を頼むという成り行きになります。
 これを請けた明智は、まるで恋人と再会するような気持ちで、玉村家に赴くのですが・・・

 先手を打ったのは魔術師―
 明智探偵はあえなく、一味に拉致されてしまいます。
 その明智の窮地を救ったのが、芳雄少年でした。
 は魔術師の子であり、ふだんは一味の表向きの姿―奇術の興行一座で、様々な演目の助手を務めているのですが、父親の悪行にも感づいており、心を痛めています。
 正義の人、明智探偵に憧れてもいたのです。
 そんな芳雄少年の助けがあって、明智探偵は監禁された賊の船から脱出したものの―
 暴風雨のなかで生死不明の行方知れずとなってしまいます。

 明智不在のさなか、玉村家ではついに魔術師の復讐劇の幕が切って落とされました。
 進一少年の叔父が殺害されただけでなく、進一自身も襲われ、その兄もまた恐ろしい罠に落ち、ついには進一の親しい友人までもが殺害されます。

 身を潜め一味の動向を探っていた明智探偵が、満を持しての再登場です。
 復讐劇の全貌を見抜き始めた彼は、巧みな変装で魔術師を罠に追い込み、捕縛する寸前にまで追いつめます。
 しかし稀代の犯罪者・魔術師は辛うじて窮地を逃れ、かえって逆襲に出ます。
 奸計を弄し、玉村一家を某所に監禁すると、溺死させんものと水攻めに晒すのです。

 危機一髪―のところで、またしても明智に助力し、一家の命を救ったのが芳雄少年でした。
 明智は魔術師を追撃し、凄絶な戦いを挑みます。
 明智優勢のうちに観念した魔術師は、ついに自決の道を選びます。
 ところがそれで復讐が終わったわけではありません。
 魔術師の遺志を継ぐ者が、あらかじめ用意されていたのです。

 玉村家の当主が殺されました。
 おのれの不覚を恥じる明智探偵。
 しかしただちに彼は、犯人の正体を暴きます。
 明智の名指しした犯人は―
 なんと玉村家の子息であるはずの、進一少年!!

 進一少年こそ実は、魔術師の子だったのです。
 玉村家の実の子どもは芳雄少年のほうであり、ふたりは赤ん坊のときにすり替えられていたのです。
 そのときから魔術師は、ゆくゆくは進一と謀り、玉村家を殲滅しようとする遠大な復讐計画を練り始めていたのです。
 しかし明智の前に、復讐劇は未完のまま終わりを告げました。

 魔術師の子として育てられた芳雄少年は、晴れて玉村家の一員に戻り、玉村芳雄として人生の再出発を果たすことになります。
 事件解決後、いくたびもに窮地を救われた明智に見込まれ、芳雄少年が名探偵の助手になったことは言うまでもありません。
 麗しき師弟愛の物語が、ここから始まろうとするのです・・・

 以上が、執筆に取りかかる前に乱歩が練り上げた、「魔術師」の構想です。
 繰り返しますがあくまでも、私が想像する―という枕言葉を添えての話ですが・・・御笑覧いただけたでしょうか。

 細かい部分は端折り、魔術師がどんな因縁で玉村家に復讐しようとしたかという、肝心の動機も敢えて伏せましたが、実はこのストーリー自体、実際に執筆された「魔術師」とほぼ同じものになっています。

 どこが異なっているかと言えば、すでに「魔術師」を読まれた方は気づかれたとおり、文中太字下線を付した箇所なのです。

 「進一少年」は実際に執筆された「魔術師」にも登場しますが、構想とは役どころが大いに異なります。
 その属性の多くは、玉村家の娘「妙子」が負うことになりました。そのため作中の「進一少年」は形骸化した、没個性の存在としか映りません。

 「芳雄少年」は、実際の「魔術師」には登場しません。まったく同じ役どころで登場するのは、「文代さん」なのです。

 人物相関の観点から見ると、こういうことです。
 「明智探偵と玉村進一」の(物語序盤の)相愛の関係性が、「明智探偵と玉村妙子」の相愛の関係性に―
 「明智探偵と芳雄少年」の(物語終盤の)相愛の関係性が、「明智探偵と文代さん」の相愛の関係性に―
 そして「玉村進一と芳雄少年」の(幼少時の)入れ替わりの関係性が、「玉村妙子と文代さん」の入れ替わりの関係性に―
 それぞれ置き換えられた、というわけです。

 「芳雄少年」の属性は、そのほとんどを「文代さん」が受け継ぎ、「魔術師」の物語から彼は姿を消しました。
 しかし当初思い描いていた、「林檎の頬をした可愛らしく、リスのようにすばしこい」という少年のイメージは、乱歩のなかに残りました。

 このイメージを乱歩は、「魔術師」の続篇たる「吸血鬼」の作中に具現化し、「小林少年」として登場させた―というわけです。

 結論を言えば、「文代さん」も「小林少年」も、もとを辿れば「芳雄少年」に行き着く―つまりはそう言うことです。

 これこそ私が、

 文代さんと小林少年は同一人物である。

とする、所以なのです。

 では、どうしてそうなったのか?

 次回はそのあたりの事情をうかがってみましょう。

(次回に続く。次こそは最終回・・・の予定)
posted by Pendako at 11:21| Comment(0) | 江戸川乱歩 | 更新情報をチェックする
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