2019年05月16日

120字の映画館No.19~女優 京マチ子さんを偲んで 「黒蜥蜴」(1962年版)

 監督:井上梅次
 製作:大映 1962年
 出演:京マチ子、大木実、叶順子、川口浩
 原作:三島由紀夫(江戸川乱歩原作の戯曲「黒蜥蜴」より)

完璧な美をこよなく愛する女賊・黒蜥蜴―企てるは美しき令嬢の誘拐と、大粒のダイヤ「エジプトの星」の奪取。立ちはだかるは好敵手・明智小五郎!しかし知力を尽くす争奪戦の末、盗まれたのは黒蜥蜴の心だった!! ミュージカルシーンも随所に配した、妖しく楽しい猟奇探偵活動大写真!!

黒蜥蜴(1962年).jpg

 江戸川乱歩の長篇探偵小説「黒蜥蜴」は、2度映画化されています。

 1962年大映製作の井上梅次監督「黒蜥蜴」と、1968年松竹製作の深作欣二監督「黒蜥蜴」のふたつ。
 黒蜥蜴役は前者が京マチ子、後者は丸山明宏(現・三輪明宏)。明智小五郎役は前者が大木実、後者では木村功。

 大筋のストーリーはほぼ同じですが、いずれも乱歩の「黒蜥蜴」とは少しテーマが異なります。

 と言うのはいずれの作品も、江戸川乱歩の「黒蜥蜴」をもとにして三島由紀夫が書き下した作品、戯曲「黒蜥蜴」を原作としているからです。
黒蜥蜴(三島由紀夫).jpg

※三島由紀夫「黒蜥蜴」(学研M文庫 2007年初版)

 そして三島戯曲版は、乱歩小説版にあった余分なプロットを端折り、女賊と探偵という好敵手同士の、禁断の恋に焦点をあてた作りになっているのです。

 ですから井上映画版も深作映画版も、厳密に言えば三島由紀夫原作、江戸川乱歩原案の映画、と言ったほうが正確だろうと思います。

 深作版は、たぶん高校の頃にテレビで観たきり。
 丸山明宏の黒蜥蜴は、さすがに高校生の目には違和感しかなく、妖艶さは微塵も感じられなかったですね。
 予備知識もなかったので、終盤近くの、三島由紀夫本人の出演場面も覚えていません。
 いま観返したら違った感想を抱くかも、です。

 それからだいぶ後になって、井上版を劇場で観ました。

 江戸川乱歩特集の3本立て、併映は確か「江戸川乱歩の陰獣」(松竹1977年 加藤泰監督)と「江戸川乱歩猟奇館 屋根裏の散歩者」(日活1976年 田中登監督)だったかと思います。
 どこの劇場でだったか、それだけがちょっと記憶にないのですが・・・
 ともあれ印象としては井上版のほうが強く残っており、今回取り上げるのはこちらのほう。

 セリフは全篇、過度に装飾的な言い回しに満ちていて、諧謔趣味や洒落っ気も横溢する作品です。このあたり絢爛とした、三島由紀夫色が濃厚に感じられます。

 唐突に黒蜥蜴の手下たちが歌い踊り始めたり、黒蜥蜴の犠牲者たち(人間の剥製です)が、急に息を吹き返して妖艶なダンスを繰り広げたり―そうしたミュージカルシーンが随所に登場しますが、作品全体に通底する雰囲気からすれば、不自然さはまったくありません。

 また黒蜥蜴が、手柄を立てた手下たちに論功行賞で報いる場面は大笑いでした。
 手柄に応じて称号を授け、トパーズとかダイヤとかいった宝石を一粒ずつ与えるのです。
 その称号と云うのが、「緑の亀」とか「黄色い鰐」といった感じで―

 こうした感覚は乱歩のものではありません。

 一方で、黒蜥蜴と明智小五郎が互いに、相手の裏をかくトリッキーな策略を繰り出して、形勢が次々と逆転する面白さは、乱歩お得意の作劇法。
 
 一例を上げれば序盤の、黒蜥蜴が明智小五郎を出し抜いて、宝石商の娘・早苗をまんまと誘拐せしめるや?―のシークエンス。

 誘拐の手筈から段取りや手順まですべて、黒蜥蜴一味の側から描いているのです。
 まるで種明かしをされながら奇術を見るようで、観客の驚きを損ねるような描写ではないのか?

 そんな心配をしながら観ていると、黒蜥蜴の手際良さからぼんくらに見えた明智は、実はその計略を見破っており、みごと誘拐を阻むことに―
 観客の知らないところで、一味の計略の裏を掻く、明智探偵の秘策が進行していた―というわけです。

 このどんでん返しにこそ観客は意表を突かれ、爽快感を味わう―スピーディなカッティングで状況を軽やかに描く、監督の演出手腕の冴えもあって、思わずニヤリとしてしまいました。
 乱歩の長篇小説では、よくこんな場面に出くわします。

 乱歩作品の映像化と言うと、そのアブノーマルな世界の描写に腐心するあまり、次々に繰り出されるトリックの妙に感歎するという、活劇としての面白さを置き去りにしたものが多いように思われます。

 その点この井上版「黒蜥蜴」は、変装、成りすまし、隠れ蓑、心理的錯誤、人間消失・・・攻守ともにめまぐるしくトリックを駆使した、知的闘争劇に仕上がっていました。
 
 三島由紀夫と江戸川乱歩の、いずれのテイストもバランスよく配された、実に楽しい作品だったと思います。

 さて、黒蜥蜴役を演じた京マチ子さん。
 芸歴70年(!)を祝い、今年の2月から「京マチ子映画祭」として、その代表作が連続公開されている最中のこと。
 令和に改元されたばかりの5月12日、心不全により逝去されたとの報が飛び込んで来ました。

 私が映画を観はじめた頃には、女優として大年増の域に達せられていたので、正直言えば関心の薄い女優さんでした。

 学生の頃、「羅生門」でその鬼気迫る演技や、妖しさを秘めた美貌に衝撃を受けたものの、以降は機会があれば観る―といった程度。

 「痴人の愛」「雨月物語」「女と海賊」「鍵」「他人の顔」「華麗なる一族」「金環蝕」「妖婆」「男はつらいよ 寅次郎純情詩集」・・・これぐらいでしょうか。
 熱烈なファンでもない私が、この場で哀悼の意を表するのもおこがましいですが・・・

 彼女の主演した映画が、次々と海外の映画祭でグランプリの栄誉に輝いたため、「グランプリ女優」の異名をとったそうです。

「羅生門」(大映1950年 黒澤明監督)ヴェネチア国際映画祭金獅子賞、アカデミー賞名誉賞

「雨月物語」(大映1953年 溝口健二監督)ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞

「地獄門」(大映1953年 衣笠貞之助監督)カンヌ国際映画祭グランプリ、アカデミー賞名誉賞

 大映の看板女優にとどまらず、日本を代表する名女優でもあったわけです。
 日本映画を世界に知らしめる役割は、三船敏郎に匹敵するものがあったと思います。

 なお、京マチ子さんの「羅生門」での変幻の演技については、以前の記事「120字の映画館No.10~黒澤明その3 「羅生門」」で少し言及しています。

 エキゾチックな顔立ちながら、古典的な和式衣裳が実に似合う女優さんでしたが、私的な好みで選ばせていただくなら―

 「黒蜥蜴」で、追っ手を欺くために男装し、流麗なダンスを披瀝しながら逃走していく場面。
 なぜかしらここに、京マチ子の凄みのある妖艶さを覚えたものです。

京マチ子(1924年~2019年)
 大阪市出身
 1936年 大阪松竹少女歌劇団入団、娘役スターとして活躍
 1949年 大映入社、映画女優として銀幕デビュー
    以降、大映の看板女優として、安田公義、木村恵吾、黒澤明、吉村公三郎、衣笠貞之助、溝口健二、成瀬巳喜夫、豊田四郎、市川崑、島耕二、小津安二郎、増村保造、勅使河原宏・・・といった名だたる巨匠名匠たちの下で、約百本の映画に出演、その名演技、存在感で数々の映画賞を受賞。
 1960年代からテレビドラマや舞台劇へも芸域を広げる。
 2019年 東京都内の病院にて心不全のため逝去、享年95歳。
 生涯独身を貫いた。

 今は彼女が、真面目一筋の会社員(志村喬)を肉体の虜にして、その人生を奈落にまで突き落としていく・・・魔性の踊り子を演じた「牝犬」(大映1951年 木村恵吾監督)を、是が非でも見てみたい気がします。

 映画界での功績に敬意を表するとともに、心からのご冥福をお祈りしたいと思います。
posted by Pendako at 11:42| Comment(0) | 120字の映画館 | 更新情報をチェックする
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