2019年04月25日

「孤島の鬼」の同性愛趣味:乱歩と挿絵画家~番外篇その4

(承前)

 「孤島の鬼」は昭和4年(1929年)1月から翌年2月まで、博文館の月刊雑誌『朝日』に連載された長篇です。
 以前の記事でも、この傑作長篇に少し触れていますので、併せてご覧ください(『江戸川乱歩全集』第3巻より「孤島の鬼」「蜘蛛男」
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※画像は創元推理文庫版の「孤島の鬼」

 その中に、乱歩の同性愛的趣向が表出した場面があります。
 そもそも作品全体が、ハイテンションな筆致で綴られているのですが、この場面は特に、異様な熱気を孕んだ描写になっています。(もちろんあからさまな描写はありませんので、ご安心を―)

 主人公の私(蓑浦)と、彼を学生の頃から恋慕する友人・諸戸―

 物語の終盤近く、「南海の一孤島」に乗り込んだふたりは、悪賊の奸計で洞窟に閉じ込められてしまいます。
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※竹中英太郎挿絵(「孤島の鬼」より)

 生死を分ける極限的な状況の中で、諸戸は積年の恋慕の情を、蓑浦に打ち明けずにはいられなくなります。そして―
 
「蓑浦君、地上の世界の習慣を忘れ、地上の羞恥を捨てて、今こそ、僕の願いを容れて、僕の愛を受けて」

 ―と狂乱したように懇願するのです。
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※竹中英太郎挿絵(「孤島の鬼」より)

 しかし諸戸の思いのたけが報われることはありません。
 
私は彼の願いの余りのいまわしさに、答えるすべを知らなかった。・・・私は恋愛の対象として、若き女性以外のものを考えると、ゾッと総毛立つような、なんともいえぬ嫌悪を感じた

 ―と蓑浦は、激しく拒絶するのです。

 生か死か、そして愛と憎―

 この二重の葛藤渦巻く死地を、ふたりはなんとか切り抜け、やがて物語は大団円を迎えます。
 蓑浦はこの事件を通じ、まるで引き寄せられようにして、ある女性と結ばれます。

 その一方で失意の諸戸は、故郷の父母のもとに帰って行くのですが、ほどなくして彼が病没したとの知らせが、蓑浦のもとに届きます。
 「孤島の鬼」は、諸戸の父親が蓑浦に宛てた、その手紙の文面で締めくくられます。
 
道雄は最後の息を引取る間際まで、父の名も母の名も呼ばず、ただあなた様の手紙を抱きしめ、あなた様のお名前のみ呼び続け申候

 乱歩は自作解説の中で、
「この小説に同性愛が取り入れてあるのは、そのころ、岩田準一君という友人と、熱心に同性愛の文献あさりをやっていたので、ついそれが小説に投影したのであろう」
 と記していますが、それは表向きの言い訳に過ぎず、むしろ前回述べたような、同性愛への憧憬のようなものを、作品の中で表現せずにいられなかったのではないでしょうか。
 「ついそれが・・・」などではなく、確信犯的にそうした関係性や場面を、作中に盛り込んだように思われます。

 しかし「孤島の鬼」では、同性愛は成就することの叶わぬもの、という形で完結しました。

 それは悲劇的な成り行きで終わる物語のほうが、読者の心を揺さぶる―という、物語作者としての計算も働いたのでしょうが、そういう形でしか執筆し得ない事情があった―とも言えます。

 つまり当時の風潮として、同性愛を肯定したり称揚したりするような物語は、社会に受け入れられない、という事情のほうが、大きく作用したのではないかと思われるのです。

 「孤島の鬼」が連載された昭和4年頃は、ちょうど大衆文化-文芸、舞台・演劇、流行歌、風俗、遊興など―において、エロ・グロ・ナンセンスの時代と呼ばれる社会現象が起こった時期です。(エロ・グロ・ナンセンスの時代については、以前の記事(『江戸川乱歩全集』第4巻より「盲獣」)で少し触れました。

 その中心に猟奇耽異の徒、江戸川乱歩がいたわけですが、これらはまだ、官憲に睨まれつつも法治下で広まった現象です。

 しかしその裏側では、明治期以降抑圧されてきた男色が密かに復活し、秘密クラブやゲイバーのような場所で、男娼が客を引くことが蔓延り始めた、とも言われています。
 男色は、法的にも倫理的にも反社会的な、忌むべき行為だったのです。
 
 ですから乱歩が、「孤島の鬼」で同性愛を描くにしても、そうした否定的な風潮に沿った―乱歩にとっては不本意な―形で描かざるを得なかったのだ、と推測されます。

 そこで乱歩は―

 「孤島の鬼」では、無念にも成就させることができなかった同性愛のありさまを、別の形で心行くまで描いてみたい―

 意識的にか、無自覚にか、そう希求するようになったのではないでしょうか?

 「そうだ!」と乱歩の脳裏に、閃いたものがあります。「すでに読者にはお馴染みとなった明智探偵の物語に、新たなレギュラーを加えたらどうだろう」

 明智探偵に年少の探偵助手を配する。ふたりは師弟の絆強く、深い情愛で結ばれている。
 これなら外見上、まったく自然な関係性だ。ふたりの交流をどんなに細やかに描こうと、あらぬ疑いをかけられるおそれはない。
 
 いつしか乱歩の中には、「林檎の頬をした可愛らしく、リスのようにすばしこい」小林少年のイメージが、出来上がっていたのでしょう。
 次の作品あたりからこの少年を、明智探偵の訓導のもと、凛々しく活躍させてみよう―と。

 『朝日』で「孤島の鬼」の連載が終了し、難航した『文藝倶楽部』の「猟奇の果」も完結の目途が立ち、『講談倶楽部』ではそろそろ「蜘蛛男」の次回作を用意しなければなりません。
 乱歩は、その次回作である「魔術師」の構想を、おそらく「蜘蛛男」の連載が終盤に差しかかった、昭和5年(1930年)の春ごろから練り始めたものと思われます。

 彼はその構想段階で、明智探偵の愛弟子となる小林少年の人物像―その生立ち、来歴、境遇、そして「魔術師」のなかでの役割など―を念入りに設定しました。

(次回に続く)
posted by Pendako at 09:52| Comment(0) | 江戸川乱歩 | 更新情報をチェックする
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