2019年04月24日

「乱歩打明け話」から:乱歩と挿絵画家~番外篇その3

(承前)
 いつもの癖で、まずは少し寄り道を―

 江戸川乱歩の随筆に、「乱歩打明け話」というのがあります。

 その随筆に、中学生の頃の彼は「ええ子、ええ子」(美少年の意味)と皆に囃し立てられる、稚児さん的存在だったと記しています。
 あるとき彼は、優等生で武道にも秀でた、これまた美少年の同級生から付け文をもらい、恋愛めいた(もちろんプラトニックな)交際が始まった・・・というような、ちょっと気恥ずかしい体験談を懐かしげに書いているのです。

平井太郎(中学卒業時).jpg

※平井太郎(江戸川乱歩) 愛知県立第五中学校(現・瑞陵高校)卒業アルバムより


 この頃の写真で見る限り、端正で利発そうな顔立ちですが、現代の感覚でいう美少年のイメージからは、若干外れているような気がしますが・・・(大正から昭和初期にかけて活躍した画家、高畠華宵の描く美少年はこんな感じかな)

 次も乱歩の、別の随筆に因んだ話。

 乱歩は作家になる前に、三重県鳥羽に住んでいたことがあります。
 大正6年(1917年)の暮れごろから1年余り、鳥羽造船所の庶務係に籍を置いていたのです。

 この時期に彼は、坂手島で小学校の教員をしていた、村山隆(りゅう)という女性と懇意となります。のちの乱歩夫人です。
 さらにもうひとり、彼はここである重要な人物と知己を得ることになりました。
 彼より七、八歳ほど年下の、画家志望の青年―

 乱歩が造船所を退職して上京すると、その交友も途切れてしまうのですが、何年かのち作家となった乱歩のもとをこの青年が訪ね、旧交を温めることになりました。
 大正14年(1925年)頃のことです。
 そのときに初めて、お互いに共通の趣味があることが分り、以前に増して親密となりました。ふたりは各地に出向いては、その趣味の文献の渉猟を始めるのです。

 この青年というのが、岩田準一。

 明治33年(1900年)、三重県志摩郡鳥羽町(現・鳥羽市)に生れ、竹久夢二に師事して画家となるも、より精根傾けたのが民俗学の研究。
 柳田國男主宰の『郷土研究』に寄稿したり、南方熊楠と書簡のやり取りしながら、その研究の精華ともいうべき書、「本朝男色考」および「男色文献書志」を著しました。
 しかし昭和20年(1945年)、その業績が正当に評価されないまま、空襲下の東京で病没しています。享年45歳でした。

 乱歩作品の挿絵も何点か描いています。

パノラマ島奇譚(岩田準一挿絵)03.jpg

※岩田準一挿絵(「パノラマ島奇譚」より)

 余談ながら、彼の生家は現在、鳥羽みなとまち文学館(江戸川乱歩館)となって、彼自身の絵画や研究資料、交流のあった乱歩や夢二との書簡などが展示されています。

鳥羽みなとまち文学館(江戸川乱歩館).jpg

 ※鳥羽みなとまち文学館
http://rampomuseum.com/minatomachi/


 私は昨年の春、鳥羽まで出かけながら、ちょうどこの文学館の休館日という不運に巡り合わせ、残念な思いをしました。

 それはともかく、江戸川乱歩と岩田準一の共通の趣味というのが―

 薄々お分かりかと思いますが、男色文献の蒐集というわけです。
 ふたりで東京、名古屋、京都などの古書店を巡っては、この類の文献を買い漁ったり、つれづれに「衆道歌仙」と題した連句を吟じたり―と、同好の士として深い交流を結んだのです。
 乱歩は年下の準一を、男色文献研究の師と仰いでいました。

 「同性愛文学史―岩田準一君の思い出」という随筆に、乱歩はこの頃のことを、懐かしげに綴っているのです。

 ちなみに乱歩の著作ではないですが、このふたりの交流を描いた小説作品が近年になって登場しました。
 「二青年図―乱歩と岩田準一」(新潮社 2001年刊)がそれで、著者は準一の孫娘の、岩田準子という方。
 私は未読なのでなんとも言えないのですが、このふたりが同性愛の間柄だった―というような設定らしく、それはどうかなあと思うところがあります。

 ついでに言えば、この小説の題名は、乱歩が昭和8年(1933年)に入手後、生涯自宅に飾っていたという水彩画「二少年図」を念頭に置いたものでしょう。
 22歳で夭折した、画家で詩人の村山槐多、17歳のときの作品です。

村山槐多「二少年図」.jpg

※村山槐多「二少年図」


 さて、話をちょっと戻して―

 岩田準一は民俗学に造詣が深いことから、アカデミックな興味から男色文献の蒐集を行っていたようです。これがのちに、「本朝男色考」や「男色文献書志」といった著作に結実したわけです。

 乱歩にも学究肌の一面があります。
 ですが、そうした側面が著作物として残っているのは、探偵小説に関する評論・研究(「幻影城」「続・幻影城」など)に限られ、体系的に男色についてまとめたものは無いようです。(男色に言及した随筆は多くあります)

 乱歩の男色文献蒐集は、先の「乱歩打明け話」に記された自身の体験のような、凛々しき美青年や紅顔の美少年たちの、恋愛めいた交歓への憧憬が嵩じた、いわば文学的興味に基づいているような気がします。

 その文学的興味の片鱗は、彼の小説作品の多くにも見られるようになります。
 乱歩好みと思われる美青年や美少年が、作中に重要な役割で、しかも頻繁に登場してくるのです。
 それをちょっと覗いてみましょう。

「門野というのは、それはそれは、凄い様な美男子で・・・病身のせいもあったのでございましょう、どこやら陰気で、青白く、透き通る様な、ですから、一層水際立った殿御ぶりだったのでございます・・・」(「人でなしの恋」より)


「その顔がまたギリシャ人のように端正である。高い鼻、濃い眉、大きくよく光る眼、赤い唇、ピッタリとなでつけたつやつやしい頭髪、その上肩幅の堂々たる体格、まぶしいほどの美青年だ」(「緑衣の鬼」より)

「野沢は黒々とした長髪をうしろに撫でつけた細面、紅顔の美青年である。美女の寝台の上にはアドニスのような美青年がこしかけていた」(「大暗室」より)

「明智はこの美青年に不思議な興味を感じていた。その顔が異様に美しい為ばかりではない・・・」(「暗黒星」より)

「「闘人」に出場した小林昌二と井上は全裸の美青年だった」(「影男」より)

 乱歩の作品に美青年が登場するだけで、背徳的な妖しい雰囲気が醸し出されてきますが、もっと直接的に、同性愛を重要なモチーフにした作品が、ひとつだけあります。
 それが、乱歩の最高傑作に推す人も多い長篇探偵小説、「孤島の鬼」なのです。

 次回は「孤島の鬼」に描かれた同性愛的趣向と、不本意(?)にもそれを存分に描き切れなかった当時の情況などについて、少し言及してみましょう。

(次回に続く)
posted by Pendako at 09:46| Comment(0) | 江戸川乱歩 | 更新情報をチェックする
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