2019年01月19日

120字の読み物世界No.14~児童文学その2「太平物語」

 著者:福世武次 絵:箕田源二郎
 日本の子ども文庫4「太平物語」(講学館 1964年6月 第5版)より

いたずら盛りのきかん坊、負けず嫌いで喧嘩っ早い。だけど母思いで妹思い、曲がったことが大嫌い。どん底の貧乏生活にもめげず、太平が村や学校で引き起こす、抱腹絶倒の騒動の数々!健気な奮戦ぶりに感涙必至の挿話も散りばめた、少年太平の成長記!!

太平物語.jpg


 『日本の子ども文庫』という叢書の一冊です。

 といっても、この叢書について詳しい情報は、ほとんど得られません。
 昭和33年(1958年)初刊の「たぬき学校」を皮切りに、昭和45年(1970年)の「リスキーとドブネ」まで、14冊は書名・著者名が確認できる・・・という程度。(国立国会図書館のデータベースによる)

 「太平物語」のあとがきなどから推察するに―
 戦前に、『婦女界』という婦人雑誌の編集長だった福世武次が、昭和30年(1955年)11月に創刊したのが児童雑誌『日本の子ども』(終刊は不確定情報ながら昭和43年4月)

 この雑誌に掲載された童話や小説が、『日本の子ども文庫』として書籍化されるなかで、自ら筆をとった「太平物語」もここに編入された、ということのようです。

 この叢書では他に、同じ著者の「続・太平物語」、今井誉次郎の「たぬき学校」「おさるのキーコ」、富田博之の「ゆかいな吉四六さん」の4冊が、私の実家に眠っていました。
 いずれもはるか昔に、面白く読んだ記憶があります。

 雰囲気的には、講学館という出版社やその刊行物は、業界の中でも左派系に属するような気がしますが、私が読んだ範囲で言えば、そうした色合いはほとんど感じられません。

 どれも子ども心には、抜群に面白い作品ばかりでしたが、いずれも現在絶版状態で入手困難-というのは、実に残念な気がします。
 
 ちなみに山中恒の「青い目のバンチョウ」「頭のさきと足のさき」も、最初は『日本の子ども文庫』から出されています。
 山中恒が大林宣彦監督の映画「転校生」および「さびしんぼう」の原作者と知ってから、その原作本を含め、たて続けに10冊近く読んだ覚えがあります。そのなかに偕成社版の「青い目のバンチョウ」もありました―お恥ずかしい話、私がもう三十代に差しかかろうかという頃のこと。

 さて「太平物語」は、主人公・太平の四、五歳ごろから小学校を卒業する前後までの出来事を、10篇の短篇にまとめた連作集です。(短篇ひとつに、いくつもの挿話を詰め込んでいる場合もあります)

 物語の舞台は、静岡県榛原郡の吉田村(現・吉田町)あたり―焼津と牧之原に挟まれた、海べりの地域ですね。
 時代はおそらく、大正の終りから昭和にかけての頃と思われます。

 この地方の方言がやたらと出てきます。
 なんとなく私の生まれ故郷の南信州や、そこから移り住んだ三河地方の方言に似かよった所があって、懐かしい響きがあります。

 小さい頃から手の付けられないきかん坊―この地方では「かじわら」と呼ぶそうですが、その太平が四歳の時に・・・

 と、抱腹絶倒のエピソードのひとつでも紹介したいところですが、実は記憶を呼び覚ますため、パラパラと拾い読みしているうち嵌まってしまい、昨夜は冒頭から半分近くまで読み進めることになりました。

 詳しい紹介は読了後、別の機会に言及してみたいと思います。

 ということで今回はここまで。
posted by Pendako at 15:49| Comment(0) | 120字の読み物世界 | 更新情報をチェックする
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