2018年11月28日

120字の読み物世界No.09~山田風太郎その6 「妖説太閤記」

 著者:山田風太郎
 初出:1965年10月~1966年12月『週刊大衆』に連載
 文庫コレクション大衆文学館「妖説太閤記(上・下)」(講談社1995年11月第1刷)より

多くの日本人が立志伝中の英雄と讃える秀吉の人物像に、真っ向から異を唱えた戦国暗黒史。信長の妹、お市の方への妄執を天下盗りの原動力に、さまざまな奸計で敵も味方も追い落とす! 天性の人たらしにして一代の悪逆児の、惨憺たる生涯!! 風太郎史観の真骨頂。

妖説太閤記.jpg


「太閤記」・・・豊臣秀吉の生涯を描いた小説なり映画なりドラマなりは、これまで如何ほどの数が世に出されたのでしょう。

 江戸期に書かれた伝記(もしくは偽伝)としての「太閤記」はさておき、近年の歴史小説としての「太閤記」だけでも、名だたる作家の作品がいくつもあります。私は司馬遼太郎「新史太閤記」くらいしか読んでいませんが、吉川英治、山岡荘八なども書いていますね。(概して大長篇すぎるので、つい敬遠気味に・・・)

 映画作品になると、稲垣浩監督「出世太閤記」(1938年 日活京都)、萩原遼監督「新書太閤記 流転日吉丸」(1953年東映京都)、松田定次監督「新書太閤記 急襲桶狭間」(1953年 東映京都)、大曾根辰保監督「太閤記」(1958年 松竹京都)などがあるようですが、私はどれも未見。どうも一本の映画に秀吉の生涯を押し込めるには無理があるようで、生涯のある時期を切り取った内容のものが多いようです。

 その点、テレビ・ドラマになると尺の問題は融通が利くためか、じっくり腰を据えて、丹念に秀吉の生涯を追うものが多いようです。NHK大河ドラマだけでも「太閤記」(1965年)、「おんな太閤記」(1981年)、「秀吉」(1996年)と3作あり、いずれも私は楽しく拝見しました。

 誰からも愛される立志伝中の国民的ヒーロー、というのが一般的な秀吉像と言えると思います。

 ですから山田風太郎の「妖説太閤記」を読んだときは、ぎょっとしました。
 これほど悪辣で醜怪な秀吉像が描かれていようとは、予想だにしなかったのです。
 ただし山田風太郎には、初めからこうした秀吉像があり、それに合わせるように物語を組み立てた・・・わけではないと思います。
 それとは逆で、断片的な史実を歴史の実像として組み立てる作業をしていくと、必然的にこうした秀吉像にならざるを得なかった―
 
 司馬史観あれば、風太郎史観あり。もちろん世の良識人は圧倒的に前者を支持するでしょうが・・・
 巷間に流布する定説のちょっとした綻びに疑義をはさみ、巧まざる空想力を駆使し、史実や論理に矛盾なく異説を構築していく・・・山田風太郎の手法には端倪すべからざるものがあります。

 たとえばこの作品で言えば、本能寺の変。
 秀吉はそのとき、備中高松城の攻略に張り付いていたわけですが、事変の報を受けるやただちに毛利氏と講和を結び、全軍京に向かって引き返した結果、山崎の戦いで明智光秀の天下を三日で打ち破る、戦国史上の奇蹟を起こします。
 その奇蹟を軍神の如き秀吉の、臨機応変の知略の結果と称賛するのが定説ならば、より合理的な解釈を編み出すのが山田風太郎。
 つまり―
 奇蹟でもなんでもない。あらかじめ本能寺の変が起こることを、秀吉は知っていたのだ。
 なぜならば、光秀が謀反を起こすよう、じっくりと時間をかけて仕向けていったのは秀吉だから・・・(もちろん、秀吉をしてそう駆り立てた動機も、史実をもとに十分納得のいく説明を導き出しています)

「妖説太閤記」は、そんな妖しい説で全篇を描き切った、傑作歴史小説です。
posted by Pendako at 10:07| Comment(0) | 120字の読み物世界 | 更新情報をチェックする
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