2018年11月22日

120字の映画館No.10~黒澤明その3 「羅生門」

 監督:黒澤明 製作:大映 1950年
 出演:三船敏郎、京マチ子、森雅之、志村喬
 原作:芥川龍之介

ぎらつく太陽の下、一陣の風が女の牟子を靡かせ、事件は起きた!京に悪名轟く盗賊と、仲睦まじく山中を旅する武家夫婦と、居合わせた杣売りと―検非違使の庭で、豪雨にけぶる羅生門の下で、四者四様に語られる顛末。いずれかが真か、いずれもが偽か?真相は藪の中!

羅生門 映画ポスター.jpg


「酔いどれ天使」で黒澤映画に目覚めて間もない頃、大学祭の自主上映会で観た作品。
 画質が荒く(たぶん8ミリの貸し出しフィルムでの上映)、音声も劣悪な状態でしたが、私は開巻早々画面にくぎ付けとなり、最後まで緊張が、一瞬たりとも緩むことなく見入った覚えがあります。
 盗賊によって武士の妻が手籠めにされ、揚げ句に武士が死んだ―という、同じひとつの事象が、盗賊・多襄丸(三船敏郎)、武士の妻・真砂(京マチ子)、武士・金沢武弘(森雅之)、杣売り(志村喬)の4人の口から順繰りに語られるわけですが、それぞれの証言がまったく食い違う。
 果たしてどの証言が正しいかなどは、実は愚問でして・・・。昔、これを様々な角度から検証した映画評を読んだことがあるような気がします。(ドナルド・リチーの「黒澤明の映画」だったかな?)製作者は別に謎解き映画を作ったわけではないので、とてもナンセンスな検証だと思います。

 その証言ごとに登場人物の性格付けを変えていく演出にしても、それを見事に演じ分けている役者の技量にしても、舌を巻くような完成度でした。三船敏郎もいい、森雅之もいいけど、特に私が圧倒されたのは京マチ子の変幻ぶりでした。
 多襄丸の証言では、自分をめぐってふたりの男を競わせる、高潔で凛とした女。
 真砂自身の証言では、夫のさげすみに惑乱し悲嘆する、か弱い女。
 武士・金沢の(といっても当人は死んでいるので、巫女の口寄せによる)証言では、夫を裏切り多襄丸にすり寄る、打算的な女。
 杣売りの証言では、多襄丸と夫の腰抜けぶりを嘲弄する、酷薄な女。
 どれも説得力のある、鬼気迫る演技でした。


 四人の証言がひととおり語られたところで映画が終わってしまっては、観客の心に一縷の希望もない、暗澹としたものだけが残る・・・と考えたのでしょう。
 最後に付け加えられた、羅生門で旅法師が捨て子を拾い上げるエピローグ―
 正直なところ私は生意気にも、ここだけが木に竹を接いだような印象、ちょっと安直なヒューマニズムに思えました。(実は、その感想はいまも変わらないのですが)

 とはいえ、テーマと手法と技巧が混然一体となった、日本映画界の大傑作です。
 湯川秀樹のノーベル賞受賞(1949年)、日本登山隊のマナスル初登頂(1956年)と並んで、この映画のヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞(1951年)が、戦後復興期に国民に勇気を与えた日本人の偉業として、私の年少時には良く引き合いに出されていました。
 いまで言えば、国民栄誉賞ものの快挙でしたね。
posted by Pendako at 14:20| Comment(0) | 120字の映画館 | 更新情報をチェックする
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