2018年09月30日

『江戸川乱歩全集』第5巻より「黄金仮面」:乱歩と挿絵画家~その15

「黄金仮面」
 昭和5年(1930年)9月~翌年10月、2回の休載を挟んで『キング』に連載された長篇。

 『キング』は、講談社(当時は大日本雄辯會講談社)の看板雑誌で、発行部数もさることながら、幅広い読者層に支持された雑誌界のキングでした。
 乱歩もそこは大いに意識したらしく、エロとグロは抑えて、派手なアクションとトリッキーな展開に注力し、恋愛的な要素も盛り込みながら大向こう受けのする娯楽作品に仕立て上げました。

 国宝級の美術品や宝石ばかりを狙う黄金仮面と、それを阻もうとする明智小五郎との駆け引きをメインに、侯爵令嬢殺害の謎や、大富豪令嬢の黄金仮面への恋を絡めながら、ついには雌雄を決するときがくる・・・と云うのが大雑把なあらすじです。

 この作品で乱歩は、他の小説のみならず、他分野―たとえば映画とかテレビとかマンガといった媒体の娯楽作品に、多大な影響を与えるふたつのテーマを確立しました。

 ひとつは「怪盗対名探偵」のテーマ、もうひとつは「仮面の怪人」のテーマです。

 もちろんこれらは「黄金仮面」以前にも作例はあったかと思いますが、少なくとも日本において絶大な影響力という点では、「黄金仮面」を嚆矢としても良いと思います。

 「怪盗対名探偵」のテーマについては次回以降、松村善雄・著「怪盗対名探偵 フランス・ミステリーの歴史」という書に拠りながら言及する予定ですので、ここでは「仮面の怪人」テーマについて少しばかり。

 乱歩は「黄金仮面」の着想を、19世紀フランスの作家マルセル・シュウォッブの「黄金仮面の王」から得たそうです。
 「黄金仮面の王」は、以前から気になりながら、文庫本のような手軽に読める形で活字化されておらず、私は未読。
 評価の埒外なのでなんとも言いようがないのですが、乱歩は怪人に怪奇性や神秘性といった属性を付与するのに、仮面を被らせるのが手っ取り早いと気づいたのでしょう。

 同じ時期(昭和5年)、紙芝居に「黄金バット」が登場します。「黄金仮面」との類似点はあるもののコンセプトが異なり、こちらはのちにマンガやテレビで大流行となる、「仮面のヒーロー」の萌芽といっていいかも知れません。
 いずれにしろこの時期、発行部数100万部の『キング』と、少人数の子ども相手の紙芝居では影響力の差は歴然です。

 「黄金仮面」の大当たりが直接影響したのは、他でもなく乱歩自身の「怪人二十面相」でしょう。
 二十面相自身は仮面ではなく覆面ですが、シリーズが進むにつれて、仮面や着ぐるみなど、手を変え品を変えて扮装するようになり、二十面相のコスプレ趣味は過激になっていきます。(この趣味が潜在意識的には、少年探偵団の諸君を「あっと驚かせてやろう」という動機から来ることを思うと、微笑ましいやらあきれるやら)

 戦後になると、乱歩の他にも多くの探偵小説家や児童作家たちが、仮面の怪人ものを手掛けるようになります。
 横溝正史に「仮面城」(銀仮面登場!)、「真珠塔」(どくろ仮面登場!)、「黄金魔人」(黄金人間登場!)などがあり、水谷準に「虎の王冠」「恐竜の笛」(いずれも銀仮面)、久米元一に「悪魔のサイン」(怪人イボ男!!!)、ほかにも大下宇陀児「仮面紳士」や高木彬光「白蠟の鬼」など、仮面の怪人が続々登場します。

 戦後の少年少女のエンターテインメント界に、新たに参入したのがテレビ。
 「月光仮面」や「七色仮面」といった仮面のヒーローに対峙するように、敵役の仮面の怪人が悪事をめぐらせていました。
 「ウルトラマン」のダダやメフィラス星人なども、怪獣というより仮面の怪人。「仮面ライダー」に至っては、毎回違った怪人が登場しては斃されるようになりました。

 マンガもしかり映画もしかり―ということで、乱歩の「黄金仮面」に端を発した仮面の怪人の系譜は、(すでに直接的な影響はなくなっているにしろ)現在まで脈々と続いているのです。

 ―というところで前口上を切り上げ、「黄金仮面」の内容について、少しばかり触れていきます。

 なお、黄金仮面の正体については、乱歩ファンやミステリ通であれば周知のことと思われますが、ここでは明かさないでおきます。
 作中にその正体を暗示する伏線がいくつもあって、これを推理しながら読み進めるのも一興かな、と思いますので。

江戸川乱歩全集第5巻02 黄金仮面.jpg

※「黄金仮面」より(挿絵:古沢岩美)


 「黄金仮面」ではエロとグロは抑えています―と言ったそばから、上の画像で恐縮ですが・・・艶めかしい白い裸女の胸に、短剣を突き立てんとする黄金仮面の図。

 これは古美術収集家の鷲尾侯爵の令嬢、美子姫が、深夜の湯殿で身を清めているところを怪人に襲われたシーンです。

 「姫はその刹那、半ば意識を失って、その黄金仮面の怪物に向かって、まるで仲よしのお友達ででもあるように、ニッコリと笑いかけた。極度の恐怖が―泣くことも叫ぶことも出来ぬ程の恐れが、遂に人を笑わせたのであろうか」

 いかにも乱歩らしい描写です。(ところでこのころの小説では、華族の子女に姫の尊称をつけて呼んだのでしょうか。どうでもいい話ですが、ちょっと気になります)

 黄金仮面が短剣を振りかぶるや、美子姫は悲惨な抵抗を試みます。そのはずみで黄金の仮面が外れ落ちて、彼女はその正体を見て取ることになるのです。
 もちろんここで、その正体が読者に明かされることはありませんが、
 「マア、おまえ!」
 という美子姫のリアクションが、のちにその正体が明かされる段になって、「そういうことだったのか」という驚きとともに、「ではほんとうは誰なのか」という新たな疑問を提起する役割も担っていて、うまいなあと思います。(云わんとすることが、さっぱりわからないかもしれませんが)

 そうそう結局は、美子姫は賊の手にかかって絶命してしまいます。

江戸川乱歩全集第5巻03 黄金仮面.jpg

※「黄金仮面」より(挿絵:古沢岩美)


 二枚目の挿絵は、古美術品の蒐集家でもあるF国大使、ルージェール伯爵の官邸での事件を描いたもの。

 伯爵は夜会に人々を招き、特殊な趣向を凝らした仮装舞踏会を催します。
 その特殊な趣向というのが、ポオの陰鬱な短篇「赤き死の仮面」の舞台を模した七つの部屋で、思い思いの仮装をした列席者が舞踏に興ずるというもの。

 「赤き死の仮面」は、赤死病という恐ろしい疫病の巷での猛威をよそに、国王は臣下たちと城に籠もって饗宴に耽る日々を送っています。ある日の仮面舞踏会に、赤死病の仮面をつけた招かれざる人物が紛れ込んで・・・という、身の毛もよだつような恐怖小説です。

 はたしてルージェール伯爵の舞踏会にも招かれざる客として、赤死病の仮面ならぬ黄金仮面が紛れ込むのですが、それに気づいた伯爵が果敢にも賊を追いつめ銃を放った後の場面が、上の挿絵となります。
 銃弾に倒れた黄金仮面の仮面をはぎ取ると、その素顔は意外にも・・・ということで、もちろん黄金仮面の真の正体はまたべつのところにあります。

 黄金仮面のというのはひとつのイコンであって、本質ではありません。
 仮面さえつければ人々から黄金仮面と認識されます。言い換えれば、誰であっても黄金仮面になれるわけです。
 この「黄金仮面」では、乱歩はそれを十二分に熟知し、騙しのテクニックに応用しているわけです。

 偶然でしょうが、「黄金仮面」に添えられた2枚の挿絵が、いずれもそうした場面を切り取ったものになっているのは、乱歩にしてみれば我が意を得たりと、ほくそ笑むところでしょう。
posted by Pendako at 21:49| Comment(0) | 江戸川乱歩 | 更新情報をチェックする
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