2018年06月29日

N先生のこと~一冊の文庫本から

 実家の物置を整理していると、思わぬものが出てきます。
 たいていはクズ同然のガラクタだったりするのですが、ガラクタなりに存在感をアピールしてくるものもありまして・・・

 古いダンボールの靴箱があって、開けてみると確かに見覚えのある文庫本や新書が10冊あまりでてきました。
 いずれも私が、高校時代に読んだものです。

 そのタイトルの一部を記すと―

「砂の上の植物群」「痴人の愛」「真夜中のマリア」「キャンディ」「グループ」「イマージュ」・・・

高校時代の禁書.jpg

※高校時代の禁書


 当時のことを思い出し、顔がほてる思いでした。
 内容はあえて伏せますが、大学進学で下宿生活が始まるときに、親に見つかったらヤバいと思われる本だけ箱に詰め、自室に隠しておいた覚えが、うっすらと甦ったのです。
 おそらく、結局は見つかってしまったらしいのですが・・・

 その中にあった一冊の文庫本をめぐる話。

 高校二年のころのできごとです。

 物理担当の教師がN先生でした。
 ちょっと見に昭和の脇役俳優・村上冬樹さん(東宝特撮映画でお馴染み)を思わせる風貌で、高校教師というより大学の教授然とした温厚な紳士―そんな印象が残っています。

 当初私は、この先生に特別な親しみを覚えていたわけではないのですが、ある日の授業を境に、認識ががらりと変わりました。
 なにかしら、私と同属の人種―とでもいうような親近感を覚えたのです。
 
 梅雨が明け期末テストも終わって、気分はすでに夏休み・・・たぶんそんな時期だったと思います。
 教室内のうわついた雰囲気のなかで、その授業は始まりました。

 ところがN先生は一度も教科書を開くことなく、生徒たちにこう切り出しました。

「みんなは子どものころに、ガリバー旅行記というのを読んだことあるかな?」

「ガリバーの乗った船が難破してある島に漂着する。そこには小人たちが暮らす王国があった。彼はその小人たちの歓待を受けて、別の小人の国との戦争を終わらせるため活躍する・・・そんな話を、絵本や童話で知っていると思います」

 この先生が、文学や小説の話をするとは意外でした。

「みんなが知っているのはおそらくそこまでで、そのあともガリバーは、巨人の国や、空飛ぶ島や、不死の人間ばかりが住む国をめぐり、途中で日本にも寄ったりしながら、いろんなものを見聞する話が続く。
 ガリバー旅行記は、そうした架空の国々の見聞記という形を借りて、実は当時のイギリスの政治や社会を滑稽に皮肉る、一級の風刺文学になっており、実に面白い」

 私は、中学の図書室で借りた「ガリバー旅行記」の全訳本で、すでに内容は知っておりました。なんだかN先生がいうほど面白くなかった気が・・・

「ところが最近先生は、そのガリバー旅行記以上にすごい、架空の国の見聞記を読んだので、ちょっとその話をしたいと思います」

 なかなか話せる先生だな、物理の授業よりよっぽど面白いや。

「「家畜人ヤプー」という小説があります。沼正三という、正体のよくわからない作家の作品なんですが、聞いたことあるかな?」

 誰も知らないようでした。もちろん私も知りませんでした。
 しかし、そのちょっとアブノーマルな題名に興味が湧いて、私は身を乗り出しました。(そんな奴は、クラスに私ぐらいだったかなぁ?)

「日本人の青年とその許婚のドイツ人の女性が、2000年後の世界に連れ去られ、悲惨な体験をする話です」

 そんな感じで始まった先生の話は、おもに「家畜人ヤプー」に描かれた驚くべき世界と、そこで家畜として生きるヤプーの生態のあれこれだったと思います。
 ストーリーや登場人物などにはあまり触れなかった気が。

 もちろん細かい部分は忘れてしまいましたが、たぶんこんな感じだったのだろうと再現してみると・・・

「2000年先の未来にイースという帝国があって、全宇宙を支配し、タイムマシンを使って歴史も自在に操ることができる」―とN先生。
(ほお、SF小説か・・・福島正実の「SF入門」には出てこなかったぞ)―と、それを拝聴する私の内心のつぶやき。

「もうその時代に、日本という国はない」
(日本が沈没でもしたんか?)
※こう思ったかは少々眉唾でして、小松左京の「日本沈没」はその1年後ぐらいの作品。

「イースには人間と半人間と家畜人が暮らしていて」
(半人間?家畜人?)

「人間というのは、金髪で青い目をした白人のこと。つまりイースというのは、白人だけが人間としての権利をもつ白人国家だ」
(ナチスが世界制覇したみたいな国だな)

「イースはまた女権国家で、男女の役割が逆転している。女王が君臨し、政治や社会の要職はすべて女性が占めている。家族の長も父親でなく母親」
(ウーマンパワーが行き過ぎた社会ってこと?)
※この頃はフェミニズムとかウーマンリブではなく、それと似た概念としてウーマンパワーという言葉が出回っていました。

「半人間というのは黒人奴隷のこと。イースの労働力を担っているが、人間とは認められないので、彼らに人権はない。白人に徹底的に支配されており、一切反抗できない精神構造になっている」
(未来世界というより、昔の奴隷制度の話か)

「家畜人というのは黄色人で、ヤプーと呼ばれている」
(ヤプーが黄色人種・・・)

「つまりは、日本人の末裔だ」
(おお、ジャップとヤプーは、なんとなく語感が似ているな)

「ヤプーは目的や用途に応じて品種改良が加えられたり、肉体改造が施され、形や大きさや器官の異なる種類が無数に造り出され、帝国の人びとの生活や娯楽を支えている」
(日本人の成れの果てはすごいことになってるね)

「セッチンというのはそもそも便所のことですが、イースの世界には便所がない。
 その代わり、セッチンと呼ばれるヤプーがいて、人間が食事中でもおしっこしたくなると、察知したヤプーが寄ってきて、そのおしっこを処理してくれるからとても便利だ」
(どういうことだ?具体的に思い浮かべると、とんでもないイメージになるが・・・)

「ヤプーは体内に寄生虫を飼っていて、それがヤプーの食べたものに作用して、栄養分やさまざまな合成物を作りだす役割を果たしている。
ついでに言うと、ヤフーの餌は、ご主人様たちの排泄物だ」
(うげえ~)

「椅子やベッドなどの家具も、それ用に改良されたヤプーがなり代わっている。それらのヤプーは自在に体温調整できるので、それを使う人に快適な温度を提供できるというわけだ」
(う~ん、快適というより気持ち悪いんだが)

「ピグミーと呼ばれる、一寸法師のように小型化されたヤプーがいて、あらゆる生活の場でそれぞれの役割を果たしている。
 食卓で調味料の瓶を背負ったり、机の上で消しゴムを運んだり、風呂場で主人のからだの隅々まで洗ったり、おもちゃの兵隊や七福神に扮して子どもたちを喜ばせたり・・・」
(SFの世界ではロボットがそうした役割を担うが、この小説ではヤプーなのか)

「ヤプーは白人に奉仕するためだけに存在している。
 おもしろいことに、それが家畜人にとっての生き甲斐で、このうえない喜びになっている。自分たちのご主人を、神のように崇めているんだ」
(国辱的な設定だな。それでヤプーが日本人としての誇りを取戻し、革命でも起こす話か?)

 ・・・ともかくN先生はそんな話を50分間、いつもの授業と変わらないような口調で語ってくれたのでした。

 N先生が、最後にどんな形でこの「ヤプー講義」を締めくくったか覚えていませんが、

「イース帝国は作者の頭の中で、細部まで完璧な姿で実在している」

 というような趣旨のことを、力説していたような気がします。これが凄いんだーと。

「ガリバー旅行記」を最初にもちだしたことに絡めて解釈するならば、

「主人公は別にいるものの、作者自身が作りだした世界を作者自身が訪れて、その見聞記を小説形式で著したのがこの「家畜人ヤプー」だ」

 というような意味でしょうか。

 ほかの生徒の反応はいざ知らず、私がこの小説への興味を大いに掻き立てられたのは事実です。

 その興味を持続したまま、街の本屋をまわるたび注意して探したのですが、どこも置いてなかったようです。となり町の大型書店を覗いても、見つけることはできません。

 なかばあきらめかけたそんな折、実にタイムリーに角川文庫から「家畜人ヤプー」が刊行されたのです。

家畜人ヤプー(角川文庫初版).jpg

※沼正三「家畜人ヤプー」(角川文庫 1972年11月初版)



 帯の惹句にいわく―

“悪魔的恐怖と官能の織りなす世界的マゾヒズム小説”として、三島由紀夫・大岡昇平・埴谷雄高・奥野健男・澁澤龍彦・遠藤周作・曽野綾子・金井美恵子らの諸氏を瞠目せしめ異様な反響を呼んだ、幻の作者によるベストセラー”


 意を決してこれを購入すると、数日かけて読了したと思います。

 想像以上に凄い内容でした。あらゆる意味で凄い。

 その凄さをここで縷々語るとなると、いつもの分量の倍以上の記事になりそうなので別の機会にあらためますが、つまるところ、

「イース帝国(と帝国が飼いならしている家畜人ヤプー)は作者の頭の中で、細部まで完璧な姿で実在している」

 ということに尽きます。

 さて、これ以降N先生は、授業で「家畜人ヤプー」の続きをやったり、小説や文学の話題で脱線することはありませんでした。

 それでも私は、このN先生になんとなく親しみを覚えるようになったのですが、実はもうひとつこのN先生には思い出があって、それは角川文庫の「家畜人ヤプー」同様に、私の実家の物置に紛れ込んでいた、一冊の手帳から記憶を辿る話なのです。

 いえ、他愛のない私的な思い出話にすぎないので、他のかたに読んでいただくほどのものではないのですが・・・

 次回はその話を。

〈補足〉
 ずっと後年になって―

「ガリバー旅行記」に出てくる空飛ぶ島はラピュータと呼ばれ、これが「天空の城ラピュタ」の元ネタという話を知ったとき、あらためて岩波文庫版ジョナサン・スウィフト「ガリヴァ―旅行記」(平井正穂・訳 1980年10月第1刷 ※私が買ったのは重刷版)を手にしました。

 ガリバーは作中で、馬の国にも訪れているのですが、そこにヤフーという家畜人間が登場することに気づきました。
 ヤプーの元ネタも「ガリバー旅行記」にあったというわけです。

 N先生はこのことを念頭に、「ヤプー講義」のマクラに「ガリバー旅行記」を振ったのかも知れません。
posted by Pendako at 21:12| Comment(0) | 読書遍歴 | 更新情報をチェックする
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