2018年06月06日

『江戸川乱歩全集』第4巻より「盲獣」:乱歩と挿絵画家~その13

「盲獣」
 昭和6年(1931年)1月から翌年3月まで、途中4回の休載をはさんで『朝日』(博文館)に連載された長篇。

 かつて日本に、エロ・グロ・ナンセンスの時代というのがありました。
 昭和初期の、風俗・文化における頽廃的な風潮を指す言葉です。

 大正12年(1923年)9月、関東大震災により壊滅的打撃を受けた東京や横浜は、復興の過程でモダン都市へと変貌していきました。

 容れもの変われば中身も・・・というわけで、都市部では西洋から流入した風俗や文化が和風文化とかきまぜられて、昭和モダンと呼ばれる市民文化が形成されました。

 ラジオからはジャズやシャンソンが流れ、街にはモボ・モガが闊歩し、大人の娯楽はレビューにオペラに活動写真。夜になればネオンサインに誘われて、カフェやダンスホールに人々が繰り出す・・・
 岩波文庫の創刊も円本ブームもこの頃、活字による教養や娯楽の大衆化も進みました。

 一方で、1929年の世界大恐慌は日本にも波及し、会社の倒産や失業者の増加が深刻化するなか、冷害・凶作が相次いだ農村部でも、一家心中や娘の身売りが社会問題となりました。
 さらに左翼思想や運動の弾圧などもあって、社会には暗い閉塞感が蔓延しはじめたものこの時代です。

 ですから、どちらかといえば明るく華やいだイメージの昭和モダンとうらはらに、頽廃的なエロ・グロ・ナンセンスの世界に、刹那的な逃避を求める猟奇の徒も多くいたようです。

別冊太陽-乱歩の時代.jpg

※「別冊太陽No.88乱歩の時代―昭和エロ・グロ・ナンセンス」(平凡社 1995年1月初版第1刷)表紙


 この図書は、そうした時代を知るのには恰好の一冊です。
「乱歩の時代」とあるとおり、江戸川乱歩に関する言及も多いのですが、むしろ力点は「昭和エロ・グロ・ナンセンス」のほうに置かれています。

 時代を特徴づけるさまざまな事象を網羅的に紹介し、考察するまじめな意図をもった本なのですが、なにせ豊富な図版のほとんどがエロ(猥褻)とグロ(奇怪)とナンセンス(法外)にかかわるものなので、人目をはばかりながら繙きましょう・・・的な内容。

 それはともかく、江戸川乱歩の40年に亘る作家人生の中で、最も旺盛で実り多い執筆活動をしていたのが、この時代だったと思われます。

 昭和3年(1928年)8月に長い休筆期間から明け、「陰獣」をもって復活した乱歩は、翌4年初頭から7年5月にかけての約3年半のあいだ、出版社の求めに応じ、夥しい数の作品を発表しています。

 エロ・グロ・ナンセンスの風潮や世相を背景に、文壇界の寵児となったというわけです。
 作家の創作傾向と、それを受け入れる大衆の素地が一致した好例です。

 長篇では「孤島の鬼」「蜘蛛男」「猟奇の果」「魔術師」「黄金仮面」「吸血鬼」「盲獣」「白髪鬼」「地獄風景」「恐怖王」の10篇。

 中篇では「蟲」「何者」「鬼」の3篇。

 短篇では「悪夢(芋虫)」「押絵と旅する男」「目羅博士の不思議な犯罪」の3篇。

 また、複数の作家がひとつの作品をリレー式に執筆する連作小説、「江川蘭子」にも参加しています。(お気づきのとおり、乱歩が命名したこのタイトルには、彼の異性願望の片鱗がうかがえます)

 作品の傾向も、本格探偵小説あり、異常心理や復讐を扱った犯罪小説あり、怪奇幻想譚あり、怪人対名探偵のスリラー活劇あり・・・とバラエティに富み、かつそれぞれの代表作とされるような傑作・名作が目白押しです。

 乱歩は探偵小説界にとどまらず、一般読者にも広く歓迎される、一大流行作家となったわけです。


 ところがこれらの作品のなかには、現代の感覚からするととても大衆受けするとは思われないような、アモーラルなテーマや描写が多分に含まれています。

 その最たるものが「盲獣」です。

「多分に含まれる」どころか、全篇どこを切り取っても猟奇趣味たっぷり、エロとグロの背徳図を、真赤な絵の具で描きなぐったような場面の連続です。

 ひとりの盲人が、触覚による快楽に耽溺した末に、触覚世界の美学(触覚芸術)を極め、それを実践した彫刻作品を美術展に出展して自死する・・・という物語。

 こう書くと、何やら孤高の天才芸術家の生涯を描く、ドキュメンタリーのようです。

 ですがそこで語られる具体的な事象となると、荒唐無稽、ナンセンスの極みです。

 ひとりの色欲魔が、浅草レビューの踊子を誘拐し、自宅の地下室の闇中で肉体玩弄の限りを尽くした挙句、死に至らしめます。
 数日後、切断された足や手や首が街のあちこちに・・・

 それを皮切りとして、真珠夫人と呼ばれるカフェのマダム、好奇心旺盛な美人の寡婦、I湾でアワビを採る海女・・・
 ある殺人淫楽者の、肉体派の美女を狙った残虐非道な犯行が繰り返し描かれます。

 しまいには作者自身が作中で、

 
作者も飽きた、読者諸君も恐らくは飽き果てられた事であろう


と、ついつい本音を吐露して、物語の結末を急いでいます。

 道具立てもナンセンスの極み―とくに、その破天荒さに圧倒されるのが、盲獣の棲家の地下世界の描写です。

 異様なオブジェに埋め尽くされたその部屋は、盲人のみが快楽を享受することのできる触覚の世界・・・(その様子を丹念に書き写しても、バカバカしい文章にしかなりませんので、読んでいただくしかないですね)

 盲獣に拉致された犠牲者は、その狂った世界にやがて精神を浸食され、その世界の住人として盲獣と共に情痴の宴を繰り広げることになるのです。

 いったい誰がこのような話を思いつくでしょう?
 たとえ思いついたとしても、いったい誰が活字にしようと考えるでしょう?
 
 乱歩しかおりませんです、はい。

江戸川乱歩全集第4巻04 盲獣.jpg

※「盲獣」より(挿絵:横尾忠則)


 さて、この挿絵ですが―

 作中の舞台のひとつに、鎌倉の由比ヶ浜がでてきます。
 この海水浴場に、盲獣の餌食となった真珠夫人の生首が晒されるのですが、挿絵の背景の、海原の向こうの陸地が、由比ヶ浜から望む稲村ケ崎のように思えます。

 前景の男女三人―もちろん胸毛の男は盲獣です。(文中のイメージとはちょっと異なるような気がします)
 ではふたりの女性は―?

 これは単なるあてずっぽうですが、第三の犠牲者となる寡婦・大内麗子と、彼女に似せて作られた等身大のゴム人形ではないでしょうか。

 物語の終盤近く、大内未亡人は探偵趣味を発揮して、その人形を囮に盲獣の正体を暴こうとするのですが、逆にその謀計を盲獣に見透かされ―といったスリリングな場面があります。
 結局、人形も未亡人も、バラバラにされてしまうのですが。

 かようにエロくて、グロくて、ナンセンスな「盲獣」ですが、これをはじめて読んだとき、不思議と陰惨とか不道徳とか醜悪とかの印象は持ちませんでした。(読んでいる最中に、狂気の枠組みに取り込まれていたのでしょうか?)

 なにかあっけらかんと突き抜けた感じ、与太話を大真面目で語るが故のおかしみ、熱病にうかされたときに去来する支離滅裂な妄想・・・たしかそんなような印象を抱いたような気がします。

 ただ、いま思い出したのですが、夕食の時間になってもこの小説に読み耽る私に、父親が「何読んでるんだ」と開いたページを覗きこんできたときには、さすがに心臓がばくばくした・・・そんなこともありました。

 それにしても・・・とまたもや考えてしまいます。

 発表当時、読者はこの作品を、どのように受けとめたのでしょうか。
 眉をひそめてページを閉じたのでしょうか。
 それとも猟奇耽異の心がまさって、この異様な妄想の世界をひそかに堪能したのでしょうか。

 乱歩はこの作品を、連載終了後に一度書籍化したきりで、その後およそ20年間は絶版としたそうです。
posted by Pendako at 11:29| Comment(0) | 江戸川乱歩 | 更新情報をチェックする
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