2018年05月31日

『江戸川乱歩全集』第4巻より「魔術師」:乱歩と挿絵画家~その12

「魔術師」
 昭和5年(1930年)7月から翌年6月まで、途中1回の休載をはさんで『講談倶楽部』(大日本雄弁会講談社)に連載された長篇。

「蜘蛛男」の大好評に、おそらくは乱歩自身も大いに気を良くして、間髪入れず同じ誌上での連載となりました。

「蜘蛛男」事件を解決した素人探偵の明智小五郎が、しばし骨休みの旅に出て、中央線S駅近くの湖畔宿に逗留します。

 明智探偵はその湖畔で、玉村妙子という宝石商の娘と知り合い、いつしか連れだって湖にボートを漕ぎ出す程度の仲にまで進展するという、なかなか微笑ましい出だしです。

 分別も礼節もわきまえたふたりゆえに、情熱に身を焦がすような恋にまで進展することなく、妙子が東京の父親から呼び戻され、明智に別れを告げたところで終わったかに思えたのですが・・・

 妙子の叔父に脅迫めいた文書が送りつけられるようになって、その解決を依頼された明智も、急遽東京に引き返すことになります。(上野行きの車中でも、妙子の面影がちらついています)

 ところが明智は、玉村家に赴く途中であっさりと賊の手に落ち、監禁されてしまう・・・という名探偵らしからざる失態を演ずることになります。(なんと手回しのいい賊でしょう)

 物語の本筋は、手口の鮮やかさから魔術師と呼ばれる賊が繰り広げる残虐な犯行の数々と、そのうらに潜む深讐綿々たる復讐劇の顛末を描くものなのですが、そのあたりは現物を読んでいただくとして―

 さて、明智探偵の恋のゆくえです。

 魔術師一味に囚われた明智探偵の窮地を救うのが、賊の首領の娘である文代。
 ふだんは芝居小屋で奇術師の助手をつとめ、次々と繰り出される手品の演目で使いまわされる娘―ちょん切られた生首が台の上で微笑む、といったような役を演ずる、薄幸の美少女であります。

 極悪人の娘とは思えないほど心根が優しく、この物語ではその後も再三、明智探偵の手助けをすることになります。

 明智もこの文代を憎からず思い、やがて恋慕へと発展するのですが、このとき私が思ったのは、

 おいおい、妙子のことはどうなったんだ。

 玉村妙子は富豪令嬢という設定でありながら、高飛車キャラでも自己中キャラでもなく、「・・・云うに云われぬしとやかさの内に、どこか凛としたものを持っている・・・」と記されるような女性なのです。

 妙子が明智の厭うような言動をとったというわけでもないのに、物語が進むにつれて、明智の心は妙子から離れ(というより、嫌悪感すら覚えるようになり)、入れ替わりのように凶悪な犯罪者の娘・文代の存在を好ましく思い始めるところに、どうにも納得いかない気がしたのです。

 明智の心がしだいに移ろう過程の描写に、作者の手抜かりがあっただけかもしれません。

 しかしながら、読了してから思ったのは―

 恋愛的要素(明智の玉村妙子への思慕、続いて文代への変心、という二段構えの恋愛模様)を織り交ぜたのは、単に読者サービスというわけではなく、物語の構成上不可欠な設定であり、作者の周到な計算が働いていたということです。
 もっとも乱歩のことですから、「周到な計算」というより、展開に窮した末の知恵だった可能性がなきにしもあらず―ですが。

 それ以上言及するとネタばらしになりますので深入りしませんが、ともあれ作者の計算は功を奏し、物語の展開や事件の真相は、私にとって実に意外なものに映えました。

 そうそう、明智探偵(と文代さん)の恋のゆくえです。

 この作品でふたりがゴールインするわけではなく、文代さんが明智の探偵助手になるところで幕が下ります。
 続きは次回作で、ということになるのですが―

 ここで奇妙なことに気づきます。

「魔術師」の連載は始めに記したように、昭和5年7月から翌年6月のことです。
 同じく明智探偵の活躍する「吸血鬼」が、昭和5年9月から翌年3月まで『報知新聞』に連載されています。

「吸血鬼」は「魔術師」より、2ヶ月遅れでスタートし、3ヶ月早く終了しています。
 つまりふたつの作品は、同じ時期に並行して書きすすめられているのです。

 ところが作中の時系列で言えば、「吸血鬼」は「魔術師」の後日譚(つまり次回作)にあたります。したがって、いくつかの設定を「魔術師」から引き継いでいます。

 そう、たとえば「魔術師」の結末で明智の探偵助手となった文代さんは、「吸血鬼」では助手どころか女探偵ばりの活躍を見せます。
 しかも、晴れてふたりが結婚することを読者に告げて大団円となるのです。

 なにが奇妙かというと、「魔術師」の読者にはまだ明かされていない作中の事象が、「吸血鬼」では種明かしのように平然と語られていることになる―というところです。

 初読のときは「魔術師」「吸血鬼」の順に読んでいたので疑問にも思わなかったのですが、後年になってふたつの作品が並行連載されていたことを知り、「あれ????」となった次第。

 この疑問は、後日「吸血鬼」を取り上げる際に、具体的に考察してみたいと思います。

江戸川乱歩全集第4巻03 魔術師.jpg

※「魔術師」より(挿絵:横尾忠則)



 さて、この挿絵ですが血塗れの猫と、首のない男が(まるで首を切断されたことに気づかないような風情で)台に腰かけている姿が描かれています。手前には野菊の花が添えられて・・・

 明智が何者かに拉致され行方知れずとなった直後、福田家のあるじ(妙子の叔父)が密室状態の部屋の中で、首なし死体で発見されたときの光景です。
 発見者たちの目の前に現れたのが、純白の毛並みが血で真っ赤に染まったあるじの愛猫。
 切断された頭部は持ち去られたとみえ、代わりに遺体を飾るのは野菊の花束。

 復讐劇の幕明けにふさわしい、凄惨な犯行現場―何かしら儀式の祭壇を思わせる構図の描写です。(実は復讐者にとっては、一種の儀式なのですが)

 猫や野菊は場面を彩る意匠であって、本筋とは関係ありませんが、首の切断(あるいは人体の解体)という趣向は、この物語の随所に現れてきます。

 たとえば、前述した奇術の舞台で生首だけになって晒される文代さんとか。

 あとのほうの章にも「美人解体術」がでてきて、あわれ文代さんはバラバラに切り刻まれてしまいます。

 あるいは、殺人現場から持ち去られた福田氏の生首が、獄門晒し首の状態で発見されたりします。

 あるいは―私が「魔術師」と聞いて、まっさきに思い浮かぶビジュアル・イメージがこれなのですが―

 中盤に出てくる、玉村家の時計塔のシーン。

 時計塔の、巨大な文字盤に開けられた小窓から、内部にいる人物が首を出し、外の様子を探っているうち、彼の首筋を圧迫するものが!

 首をひっこめようにも時すでに遅し―文字盤すれすれに回転する時計の長針の鋭いへりが、彼の首筋に食い込み、さらに圧迫の度合いを増してくる!!

 まさしく時計台が断頭台となって、分刻みに首を切断する場面です。

 その人物の恐怖感が、読んでいる私にも伝わって、鮮烈な印象となって残っています。
(同様のシーンが、少年探偵団シリーズの「塔上の奇術師」にも出てきます。その漫画化作品を小学生のころ、なにかの雑誌で読んだおぼえがあります。光文社の『少年』だったかなぁ?)

 きりがないのでこのあたりでやめときますが、実は「魔術師」に限らず、人体の切断は乱歩の他の作品にも頻出するモチーフなのです。
 これもひとつの乱歩趣味と言えるかもしれません。(いい趣味とは言いがたいですが)

 次に取り上げる予定の「盲獣」は、まさしく人体切断のオンパレード。気の弱い方には要注意作品です。

 最後に―
 前述のとおり「魔術師」は、S駅近くの湖畔から幕が開くのですが、中央線沿線で湖に近いS駅―といえば?

 下諏訪駅(諏訪湖)と相模湖駅(相模湖)とが思い浮かびます。

「魔術師」の紹介文・解説文などではよく、この舞台を諏訪湖畔に比定しているのですが、果たしてそうでしょうか・・・とあえて疑ってみたものの、深く考えるまでもありませんでした。

 相模湖は1947年相模ダム完成に伴ってできた人口湖なので、この作品執筆当時は存在しなかった湖。従って駅名も、与瀬駅だったそうです。

 果敢に異説を立証しようとしたら、初っ端に「よせ」と言われたようなもんです。


posted by Pendako at 13:59| Comment(0) | 江戸川乱歩 | 更新情報をチェックする
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