2018年04月30日

『江戸川乱歩全集』第3巻より「孤島の鬼」「蜘蛛男」:乱歩と挿絵画家~その8

「孤島の鬼」
 昭和4年(1929年)1月〜昭和5年2月、『朝日』(博文館)に連載された長篇。

 私事から入って恐縮ですが…

 遠い昔、高一か高二の夏休み―
 田舎の祖母の家で、何日間か過ごしたことがあります。

 田舎といってものどかな田園風景が広がっているわけではありません。南信州の奥深い山あいの、尾根筋や裾に集落が点在する山村です。

 祖母の家も傾斜地にあったため、山側から見ると緩やかな勾配の屋根を載せた平屋建て、谷側から仰ぐといかつい砦のような二階建てに見えるという、古い民家でした。

 二階建てに見える―というのは、
 一階住居階の床下の空間(側面から見ると傾斜する地盤と、その斜面から水平に張り出した住居階の床下面と、住居階のヘリを支える支柱とに囲まれた、直角三角形の隙間)に、谷側に面を向けた納戸や蚕室を作りつけた構造になっていたからです。
 ちなみに蚕室というのは、この地方でいう「おかいこさま」を飼育する部屋のこと。

 高地にある山村とはいえ、夏の日中は暑いものです。
 私は逗留中、この床下の蚕室(その頃は畳敷きの物置部屋になっていました)で涼をとることがしばしばありました。

 その日も、薄暗くひんやりとした蚕室に籠もって、作りつけの棚に雑然と並んだ古い什器などの検分でもしていたのでしょう。

 どんなきっかけか、ふと、部屋の隅に寄せてあった腐りかけの木箱に目が留まり、何気なくふたを開けると…
なかに古い雑誌やら本やらが詰まっているのを発見したのです。

「おっ」と思いながら(いや、「わっ」と思いながらだったかな…黴で粉をふいたようになっていましたんで)、その中身を見定めていると、奥から出てきたのが比較的きれいな状態の一冊の文庫本。

 江戸川乱歩の「孤島の鬼」でした。

 現在の文庫本よりひとまわり大きいサイズ、奥付の出版年が戦前、濃いベージュの地に網目文様をあしらった表紙、挿絵入りの本文は総ルビの活字…そんな記憶が残っており、ここから類推すると、

  日本小説文庫「孤島の鬼」(春陽堂刊 昭和7年1月初版 ただし私が手にしたのは第2版以降のものかも)

に間違いないと思います。

 実はこの頃の私、読書の興味はとうに乱歩の小説作品から離れており、当時のトレンドだった三島由紀夫、安部公房、福永武彦、北杜夫、松本清張、五木寛之、野坂昭如…などをつまみ食いしながら、海外ミステリや海外SFにも目を向け始めていました。

 ですからあらためて読み通すつもりはなく、以前から気になっていた部分だけ拾い読み・・・そんな軽い気持ちで、中ほどのページを開いたのです。

歌の師匠にねだって、内しょで、この帳面とエンピツを持って来てもらいました。遠くの方の国では、誰でも、心に思ったことを、字に書いてたのしんでいるらしいですから、私も(半分の方の私ですよ)書いて見ようと思うのです

という書き出しで始まる人外境通信のくだりです。

 記述者(十代の少女)の、身体的にも境遇的にも凄絶な日常を記した手記なのですが、異様な出来事の数々が、つたなくあどけない筆致で淡々と綴られているところに、ある種の凄みを感じたことを覚えていたからです。

 私は大風呂敷にくるまれた布団に背をあずけ、やがて4章に亘るその手記を読み終える頃になると、俄然、乱歩世界に引き込まれていたのでした。

 結局、あらためて冒頭から読み始め、日がな一日蚕室に籠もったまま、巻を措く能わずといったていで、大団円まで読み通すことになりました。

 そのときひとつ気づいたのは、後年の全集版では伏字はほぼなかったと思うのですが、この戦前の文庫版ではやたらと「××××」の箇所が散見されたこと。

 しかしながら初読のときの記憶が残っていたのか、「ああ、この×××はこんな描写だったよなぁ」と思いながら読み進めたことをはっきりと覚えているのです。
 最近では読むそばから次々と忘却するので、青少年期の記憶力とはすごいもんだなと、我ながら感心する次第。

 ともあれ私にとって「孤島の鬼」は、全集で初読したときよりも、あの懐かしい田舎の薄暗い部屋の中で、ドキドキしながら読み進めた体験のほうが、はるかに強く印象に残る作品となりました。

江戸川乱歩全集第3巻04 孤島の鬼.jpg

※「孤島の鬼」より(挿絵:永田力)



 この作品、前半と後半とで物語の様相が一変するにもかかわらず、全体の構成としては見事な整合性を保っています。

 前半は、主人公「私」の恋人・初代が密室状態の自宅で刺殺され、その解明を頼んだ探偵までも、海水浴場という衆人環視の中で殺害されるという、二つの不可能犯罪をめぐる本格探偵小説。

 後半は、初代の出生の秘密と不思議な暗号文とに導かれ、「私」とその友人・諸戸が紀伊の沖合の孤島・岩屋島を訪れ、身の毛もよだつ体験を味わい、狂気に満ちた悪業をまのあたりにする…怪奇色濃厚な異郷冒険譚。

 この前半と後半を違和感なく転変させるのに、前述の手記が重要な橋渡しとしての役割を担っているのです。

 その見事な結構に加えて、物語を彩る趣向や重要なモチーフが、いたるところに散りばめられています。
 今風にいうとボーイズ・ラブ、フリーク、ボディ・モディフィケーションなど取扱注意のタームばかりなので、ここで軽々しく言及することは控えておきますが、「孤島の鬼」がこれらを混然一体とした、稀有な完成度を誇る傑作であることは間違いありません。

 さて、上に掲げた全集版の挿絵についてですが―
 小説中のどの場面、どの人物を描いたものなのか判然としません。

 困ったことに永田力の挿絵は、横尾忠則や古沢岩美のそれと異なり、場面や人物がすぐに思い当たるような具体性に欠けていることが多いのです。「乱歩と挿絵」というテーマを膨らませるとっかかりがないというか…

 したがって今回は挿絵とはあまり関係のない、あだしごとに流れてしまいました。今後も永田力の回は、そうなりそうですね。

 それにしても(と気を取り直して)、蚕室で見つけた「孤島の鬼」は、いったい誰のものだったのでしょうか?

 刊行年から推測すると、父親の兄―会ったことのない私の伯父―の遺品だったのかも知れません。(木箱に詰まっていた他の書籍も、なんとなくそれっぽかったような気が)

 私的な思い出話で失礼いたしました。


「蜘蛛男」
 昭和4年(1929年)8月から昭和5年6月まで、『講談倶楽部』(大日本雄辯會講談社)に連載された長篇。

『講談倶楽部』は、講談社が明治44年(1911年)に創刊した雑誌です。(廃刊は昭和37年=1962年)

 明治42年創立の大日本雄辯會が、この雑誌を発行するため新たに起こした会社が「講談社」で、その後合体して「大日本雄辯會講談社」となり、さらに戦後改称されて「講談社」に落ち着いた…というのが現在の講談社。
 講談社の「講談」は、『講談倶楽部』の「講談」というわけです。

 昭和4年当時、大日本雄辯會講談社は『講談倶楽部』『少年倶楽部』『婦人倶楽部』『キング』といった、世の老若男女から圧倒的支持を得るような文芸・教養雑誌を発行しており、これらの雑誌に連載を持つことは、作家にとって一大名誉なことだったに違いありません。(逆に小説家の矜持として、これらに大衆迎合の通俗作品を寄稿することを忌避する風潮もあったようですが)

 乱歩もまた同じ。

 それまではおもに、インテリ層を対象にしたモダンで都会的なつくりの雑誌、『新青年』をホームグラウンドとしていた乱歩としては、相当な覚悟で『講談倶楽部』の連載を引き受けたものと思います。

 知的好奇心よりも、耽奇猟奇の渇望を癒す趣向を散りばめる。
 難解高尚な文を書き連ねるよりも、平易通俗な言葉で読者に語りかけていく。
 精緻な推理のプロセスをじっくり描くより、ハラハラドキドキの描写で読者の興味を繋ぎとめる…

 そんな計算がおそらくあったことでしょう。

「蜘蛛男」は、読もうと思えば小学生でも十分に理解可能で、十二分に面白い小説だと思います。(実際に読ませるのは大いに憚れますが)


 一種異様な美学に基づいて、次々と若く美しい女性を誘拐し殺害する蜘蛛男の、残忍な所業を描く前段。

 蜘蛛男を糾明せんとする警察陣の苦闘や、明智小五郎の活躍を描く中段。

 後段では、蜘蛛男の狂気は全開、さまざまな手口で50人近い娘を拉致し、大虐殺を目論むのですが、明智探偵はそれを阻止できるや否や…の攻防が繰り広げられます。

 まさしく手に汗握る、スリラー活劇でございます。

 蜘蛛男の正体は?―という興味も終盤で明かされてみると、初心者には実に意外な人物で、『講談倶楽部』の読者はさぞかし仰天したことでしょう。
 
 好評のうちに連載は終了しました。乱歩の大衆雑誌デビューは、大成功だったのです。

 幸か不幸か、それが乱歩の以降の創作活動を、大きく変質させることになった作品だとも言えます。

江戸川乱歩全集第3巻05 蜘蛛男.jpg

※「蜘蛛男」より(挿絵:永田力)



 さて、上の挿絵ですが―
 蜘蛛男の持つ多面性(知性的な紳士であり、独自の美学をもつ芸術家であり、狡知にたけた犯罪者であり、残虐非道な悪魔でもある…というような)を象徴的に描いた図かも知れませんが、ちょっと自信はありません。

「蜘蛛男」再読の機会があれば、この挿絵のことも気に留めながら読むことにしましょう。

 最後に補足ながら―

 この「蜘蛛男」をきっかけに、乱歩は講談社系の雑誌(『講談倶楽部』『キング』)に次々と通俗的な長篇を発表し、『少年倶楽部』(のちに『少年クラブ』に誌名変更)や、戦後には『少女クラブ』にも、少年探偵団シリーズなど年少者向けの作品を連載するようになります。

 戦後の一時期、乱歩と講談社の関係は途絶えたかに見えましたが、昭和44年、乱歩歿後初の『江戸川乱歩全集』が講談社から刊行され、中学生の私が夢中になって読み耽ることになった…

 そんな流れもあって、今回は少し講談社のことに詳しく触れてみました。
posted by Pendako at 11:01| Comment(0) | 江戸川乱歩 | 更新情報をチェックする
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