2017年10月23日

不気味な夢と遠足(後篇)

 ついでながら、日本車輌は新幹線の車輌製造で有名ですが、歴史は古く、正門の両脇にはこんな展示物が―

日本車輛の車輛展示.jpg

 上は大正11年(1922年)、鉄道省に納入された58623号。四国の鉄道線で活躍し、昭和45年(1970年)に引退した蒸気機関車。
 長寿を全うしたなりの風格があります。

 下は昭和32年に登場した日本初の、そしてなんと上野動物園の東園駅~西園駅の区間を走ったモノレールカー。(現在も、上野動物園のモノレールカーは日本車輌製の4代目、とのことです)

 この日本車輌製造の西側に隣接する敷地にあったのが、熊谷組豊川工場です(現在は熊谷組から分社した、テクノスという会社の本社・工場)。

 前回触れた「黒部の太陽」撮影見学会だけでなく、小学校の頃は工場見学で訪れたり、家族で従業員用の銭湯に入りに来たりと、馴染みの場所でしたが、当時の面影はすっかりなくなっているような気がしました。

 さらにその敷地の西側沿いの道にまで出て、北の方角を見ると、その先の小高くなったあたりに赤塚山公園が望めます。

 その方向に少し歩くと、太陽地球環境研究所の区画にさしかかります。

 この敷地の雑木林で、ゴマダラカミキリが大量発生したことがあり、道筋からも木々の枝にウジャウジャ群がっているのが見えたなァ…なんてことも思い出しているうち―

 赤塚山にまっすぐ続く道を、一団の小学生たちが2列に並んで歩いてゆく光景がフラッシュバックしてきました。

 小学4年か5年の頃。

「みんなで赤塚山に行こう」となって、クラスの有志二十名弱が参加して、休みの日、生徒たちだけの自主的な遠足を催したことがあります。

 小学校の正門あたりに集合、道順を知る者を先頭に立て、学校の行事と同じように整然と列をつくりながら行軍を開始する様子が、いかにも昭和の小学生という感じ。

 ほんの1時間ほどの道のり。
 唱歌やテレビ主題歌を歌いながら颯爽と歩く男子の一団に少し遅れ、4、5人の女子がおしゃべりしながらくっついていくという、おきまりの構図もあったりして。

 到着した赤塚山、といっても何があるわけでもありません。雑木林に蔽われ丘陵が広がるばかり。行楽には不適な場所でした。

 そんなところでも、遊びのネタを見つけるのが子どもの常です。
 山中を駆け廻るのにも飽き、昼のお弁当も平らげた午後。

 中腹あたりで何かの工事が進んでいるらしく、山の斜面が上段、中段、下段と、階段状に切り崩された場所がありました。

 あたり一面、赤土が露出しています。
 赤土はぬかるみになるとやっかいですが、乾燥すると大小さまざまの礫状に固まります。
 手で握ると粉々に砕けるぐらいの堅さです。

 合戦が始まりました。
 二手に分かれ、崖を挟んで上と下とで赤土の礫の投擲合戦です。

 どんなルール決めがされたのか覚えていませんが、崖上の組と崖下の組は何かの区切りごとに、上下入れ替わっていたような。

 とうてい百発百中というわけにはいきません。
 本気で命中させようと思っていたわけではなく、飛んでくる礫をかいくぐりながら相手にも投げ返す、そのスリル感がたまらなく面白かったのです。

 崖の上下で右往左往しながら、歓声をあげ、ヤジを飛ばし、礫を投げつけ―そんな光景が飽くことなく繰り広げられ…

 礫は目標にあたると、砂煙の余韻さえ残して砕け散ります。
 頭髪が土の粉まみれになる者や、目つぶしを食らってよろける者もでてきました。

 そのうち誰かが「卑怯だぞーっ」と怒声を上げました。
 どうやら赤土の塊の中に小石が混じっていたらしい。それが見事に命中したようなのです。

 一気にその場の様相は険悪なものになりました。
 投げつけた者と当たった者とがいがみ合いの喧嘩になり、それぞれの組の者が加勢して…
 赤土の投げ合いどころではなくなりました。
 私は―というと、自分のチームに加勢したか、どちらにも付かずオロオロしていたか、おそらく後者でしょう。

 女子はこの喧嘩に加わらず、早々に帰り支度を始めました。
 残った男子の仲たがいは治まらず、それぞれの組は別々に帰途につきました。

 まっすぐな道のはるか前方に女子たち、その後方に相手方の7,8人、かなり後れて私たちがぶつくさ言いながら歩く…
 その時の情況を映しだしたような光景が、ぼんやりと浮かんできます。

 学校でも双方の反目はしばらく続いたような気がします。

 夏休み直前だったか、秋口のやや涼しくなった頃の出来事だったか、なんとなく後味の悪い出来事でした。

 赤塚山のほうを眺めながら、そんなことを思い出しているうちに、「ああそうだ、これは以前見た夢の原型となった出来事ではなかろうか」と、なぜか思い至ったのです。
 この記事の冒頭に記した不気味な夢のことです。

 こじつけと云えばこじつけなんですが、遠足の記憶と夢の記憶が、2千数百の魂が眠る海軍工廠跡地で結びついた―ということに何か深い意味が隠されているんじゃないだろうか…などと思えてきました。

 ですがそれ以上は深入りせずに、私は来た道を引き返すことにしました。(この散歩、まだ続く予定)

【蛇足】(以下の画像はちょっと古いものです)

 現在赤塚山一帯は「赤塚山公園」として、休日などは親子連れでにぎわう広域の丘陵公園になっています。
すぐ北側に東名高速道路が通っており、赤塚PAも近くにあるので、赤塚山の名はお馴染みの方もおられるかと思います。

 淡水魚の水族館「ぎょぎょランド」、水遊びもできる「流水広場」(夏はパンツ一丁の幼児でいっぱい)、ウサギやポニーと触れ合える「アニアニまある」
赤塚山公園01.jpg


「花しょうぶ園」、「昆虫の森」、「宮池」付近では、さまざまな昆虫や植物が観察できます。(だんだん豊川市の広報担当みたくなってきたな)
赤塚山公園昆虫の森.jpg


 遊歩道をちょっとはずれるだけで、いろんな発見もあります。
赤塚山公園02.jpg


 私の子どもが小さかった頃は、実家に戻るたびにこの公園にやってきて、のんびり過ごしたものです。(今でも墓参の帰りなどに訪れます)

「市民の憩いの場」というにふさわしい赤塚山公園のご紹介でした。


posted by Pendako at 14:29| Comment(0) | 郷土・ふるさと | 更新情報をチェックする
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