2017年06月03日

映画の記憶、記憶の映画

 いつもの記事から離れて、今回は映画の話でお茶を濁します。

①夜の大平原。
 満天の星の下、焚火の前に腰を下ろして、火にあぶった骨付き肉にかぶりつく一人のガンマン。
 遠くから獣の鳴き声が聞こえている

②時計台のある高いビル
 その外壁を、窓枠のわずかな出っ張りを頼りによじ登る男
 大きな時計の文字盤に辿りつき、長針に手を懸けると、針はぐんにゃりと折れ曲がり、男の身体は壁面から離れて、宙ぶらりんに

③猛吹雪の中で
 山小屋が風に飛ばされ、雪面を滑り落ちて断崖絶壁のふちへ
 小屋の半分が宙にせり出したところで、あわやの墜落は免れるものの
 崖っぷちを支点に、小屋の中の男たちが繰り広げる、恐ろしくも滑稽なシーソーゲーム

④大きな館の広い居間
 マントルピースの前で、娘たちに本を読み聞かせる母親
 あくびをかみころす娘たち
 何かが起こりそうな気配がただよう

⑤上空に閃光があふれ
 ビル街は一瞬にして砕け散る
 マグマのようにドロドロに溶けた街並みの中に、崩れ落ちてもかろうじて原型をとどめた、国会議事堂の無残な姿

⑥大江戸市中の、真夜中の大捕物
 逃げまわる一人の盗賊と、それを囲んだ数十人の追っ手
 捕り手たちは梯子を捕獲器のようにあやつって、暴れる盗賊のからだを絡め取り、ついには縄でふん縛る
 盗賊は凄まじい形相で、悪態を吐き続ける

⑦シダの巨木の生い茂る森
 対峙する二頭の恐竜、ステゴサウルスとケラトサウルス(?)
 草食竜と肉食竜の、喰うか喰われるかの死闘が始まる
 体のでかい草食竜が有利とみえたが、思わぬ展開
 もう一頭の肉食竜が加勢に現れ…

⑧波止場の倉庫街
 二人のチンピラがナイフを握りしめ、死を賭した果し合い
 倒れたドラム缶から黒いオイルが地に広がり
 すべったりころんだりオイルまみれになりながら、延々と続く死闘

⑨にぎやかな大店の店先で
 前掛けを締めた丁稚たちが
 客や主人相手のボケとツッコミ
 関西弁が速射砲のように飛び交うドタバタ劇

⑩石ころだらけの田舎道
 奥へ奥へと続く道を踏みしめて、交互に繰り出される少年の脚を
 主観でとらえたモノクロ画面に、タイトルが浮かび上がる

⑪大砂漠に聳える古代の神殿
 どんなカラクリか、両側から迫り来る石壁を、両手踏ん張り押し返そうとする男
 顔は苦悶に歪み、額から汗が滴る

 きりがないのでもうやめますが。

 いくつもの映画の記憶の断片が、いまでも私の胸底にこびりついています。

 幼少時、おそらくは三歳ごろから七歳ごろまで、単身赴任で月に一度ほど帰宅する父に連れられて、よく映画館に足を運んだ…と聞かされました。

 私の生まれた田舎町にも、当時は洋画・邦画あわせて3つか4つの映画館がありました。

 映画を観に行った前後の記憶は見事に抜け落ち、映画の筋や配役などもほとんど覚えていないのに、観た映画の断片的なシーンのいくつかは、いつまでも記憶に残りました。

 後年になって、リバイバル上映やテレビ放映、ビデオ・DVD、映画関連の書籍などで、上に挙げたシーンのいくつかは、その実在性を確認することができました。
 もちろん細部やシチュエーションに記憶違いは多々ありましたが、大筋では合っていたと思います。

 ただし、確認できないものの中には、存在しない映画の記憶も混ざっているかも知れません。いつのまにか自分の中で創り上げた「偽りの記憶」。

 上に挙げた記憶の断片の数々について、現在の私からのコメントです。

 ②と③は、映画史上に残る名シーンなのでお分かりの方もいらっしゃると思います。
 ②は「ロイドの要心無用」(米 ハル・ローチ制作1923年)、③は「チャップリンの黄金狂時代」(米 チャールズ・チャップリン監督 1925年)ですね。

 ただし、私が幼少時に観たのはそれぞれ別作品としてではなく、喜劇映画の抱腹絶倒シーンをアンソロジー風にまとめた「喜劇の黄金時代」(仏 ルネ・クレール監修 1959年)か「喜劇の王様たち」(米 ロバート・ヤングソン監修 1961年)だったと思います。

 ④は、たぶん「若草物語」(米 マーヴィン・ルロイ監督 1949年)です。
 父とではなく、母と観に行きました。(後に母から聞いた話。その後、見直す機会はなかったです。)

 退屈で退屈で、死にそうなほど退屈だった…という印象とともに残ったのが、変哲もない母親と娘たちが居間でくつろぐシーン。

 実は私、この映画の途中から、なぜか「火山の噴火」のような大パニックが起こる映画との思いこみが生じ、このシーンで母に「いつ噴火が起こるの?」と尋ねたような記憶もあるのです。

 もうひとつ、四姉妹のひとりが、鼻を高くしたいと、ベッドに入るとき洗濯バサミで鼻をつまんで寝る、といったエピソードもあったような気がしますが、「偽りの記憶」でしょうか?

 ⑤はあらすじを言えるほどではなかったですが、印象に残るシーンは他にもたくさんありました。
 ミサイル発射基地の事故シーンとか、ジェット戦闘機が次々と離陸していくシーンとか、ヒロインが無線交信で、遠洋の船上にいる恋人に最後の通信をするシーンとか。
 上に挙げたのはラストシーンですね。

「世界大戦争」(東宝 松林宗恵・監督 1961年)

 東西冷戦といった背景は当然知らなくて、ただもう怖くて怖くて、途中からまともに観られなかった映画です。
 最近、またちょっと現実味を帯びてきましたね。

 私のトラウマ映画の筆頭は、間違いなく「世界大戦争」です。

モスラ・世界大戦争ポスター.jpg

 同じ頃に「モスラ」(東宝 本多猪四郎・監督 1961年)も観ていて、こちらは複雑な世界情勢が背景にある…といった予備知識は不要だったので、ストーリーはすんなり入り、ダム決壊、都市破壊のスペクタクルやモスラの華麗な変態シーン(いや、あの、メタモルフォーゼの変態)に驚嘆しながら、全編通して細部まで記憶に残る映画となりました。

 ⑦のシーンは、記憶には残ったものの、いつまでもモヤモヤとした未消化感を抱えながら、しばらくは自分の中で何度も反芻したものです。
 草食竜と肉食竜の、単純な出合いがしらの対決ではないのです。

 長年、これが何の映画かわからなかったのですが・・・

 十数年ほど前に、ハリーハウゼン特撮の作品を集めたDVDボックスのうち、1枚の特典映像に私の記憶に符合するシーンを見つけました。
「これだ、これだったんだ」と、ちょっと興奮しました。

 同時にモヤモヤ感も払拭されました。

 肉食竜は二匹で、草食竜の狩りをしていたのです。狡猾さを発揮して、巧みな連繋で草食獣を追いつめ、仕留めようとする・・・
 そのあたりが、幼少時には理解できなかったんですな。

 作品は「動物の世界」(米 アーウイン・アレン監督 1956年)でした。

 ⑧は何の映画だったかわからずじまいですが、雰囲気的には日活アクション映画風。
 今から考えると「酔いどれ天使」(東宝 黒澤明・監督 1948年)のペンキまみれの死闘シーンを、そのままパクってたよなァ、どう見ても。

酔いどれ天使ポスター.jpg


 ⑩は、確か主人公を演じていたのが、当時有名な子役だった太田博之さんなのは間違いないので、「路傍の石」(東宝 久松静児・監督 1960年)でしょう。
 ただし、再見の機会がないので、冒頭シーンは「偽りの記憶」かもしれません。(当時の私の心象風景)

 子役と言えば、2012年に亡くなった十八代目中村勘三郎が、勘九郎時代に子役で出演した「アッちゃんのベビーギャング」(東宝 杉江敏男1961年)も思い出しました。
 愉快な夢から覚めたらオネショしてた、なんてシーンは身につまされたものです。

 こうしてみると邦画では、小さい頃から東宝作品に馴染みがあったようです。(引き続き、怪獣映画、若大将シリーズ、8.15シリーズ…長じて黒澤作品。たいへんお世話になりました。)

 最初に戻って①のシーンがどの映画だったか確認できずにいますが、なぜ記憶に残ったか、ついでに書いときます。

 骨付き肉。

 映画ではたぶん、スペアリブか鶏の手羽元みたいのを齧っていたと思うのですが、この食べ方に羨望し、憧憬を抱くまでになりました。

 当時は母の作る肉料理というと、こま切れ肉の入ったカレーか肉じゃが、せいぜい脂身だらけのトンカツぐらい。骨付き肉を豪快に食べるなんてことは、思いもよらなかったのです。

 いまでは我が家でバーベキューというと、骨付き肉が定番中の定番になっております。

 筆休めのつもりが、とめどない文章になってしまいました。今回はこのへんで切り上げます。

 最近は、新作を観るのも年に2、3回程度なもんですから、映画について語るのはおこがましい限りですが、たまには記憶の中の映画のことなど、ぽつぽつと記事に仕立てたいと思います。

 幕間の、極々私的な映画の記憶の話でした。

posted by Pendako at 13:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 断想・箸休め | 更新情報をチェックする
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