2016年11月05日

『幻影城』その9~NO.7(1975年7月増刊号)江戸川乱歩の世界

(思い出したように、このブログを綴っていきます。以前連続して投稿していましたが、昭和50年代前半に刊行されていた探偵小説専門誌『幻影城』の各号を、順にレビューしていたその続きです。) 

 『幻影城』NO.7(1975年7月増刊)は丸々1冊「江戸川乱歩の世界」でした。

 表紙は乱歩壮年期の好々爺然としたモノクロのポートレイト。これだけを観たら、その作品世界のオドロオドロしさは微塵も感じさせません。

幻影城197507増刊.jpg

 
 うら表紙には本書の執筆陣70数名の名前と、西洋の城を描いた一枚の絵。

 暗く垂れ込めた雲を背景に、湖畔の高台に貼り付くようにして、いくつもの尖塔を擁した石造りの城塞が陰鬱に佇む、どこかスコットランドか東欧の、荒涼然とした風景画です。

幻影城(画).jpg


 この絵は洋画家・中尾進により、乱歩の評論集『幻影城』のタイトルに因んで制作されたもので、池袋・乱歩邸の書斎だか居間だかに飾られていた―というふうな記事を読んだ覚えがあるのですが、いまそのソースの確認ができません。

 ともあれ、ここに描かれた城は私の感覚からすると、ちょっと幻影城のイメージとかけ離れている気がします。
 乱歩の世界は、陰鬱とも荒涼ともセピアトーンとも異質で、むしろ艶やかな色彩に満ち溢れているような気がするのです。

 幻影城と言うと、私には何となく日本の城郭が思い浮かばれます。

 石垣を連ねた曲輪越しに望む、幾層にも甍を重ねた瀟洒な天守閣。その最上層から遠眼鏡で、城下の様子を窺う殿さまが乱歩。そんなイメージが思い浮かばれます。

 それはさておき、この増刊号は次のようなセクションで構成されています。

《横溝正史 「パノラマ島奇譚」と「陰獣」が出来る話》

 『幻影城』の月刊本誌でお馴染みの、かつての探偵小説の時代にゆかりのあった作家が交代で書き下ろす、「探偵文壇側面史」の特別篇ともいうべき回想録です。
 当時73歳の横溝正史が、かれこれ50年ほども昔、乱歩が「パノラマ島奇譚」「陰獣」を執筆する前後の経緯を、乱歩への愛憎も包み隠さず披瀝しながら綴ったものです。

《時代の評価》

 乱歩の作家デビュー(1923年=大正12年)から、その生涯を閉じた昭和40年(1965年)までの間に発表された、乱歩に関する評論・研究14篇、いわばリアルタイムでの乱歩評を集めています。
 
 いま読んでも興味深いのは夢野久作「江戸川乱歩氏に対する私の感想」で、文筆活動を通じて探偵小説という枠組みを日本に定着させ発展させようと腐心した乱歩と、はなからそんな枠組みをはみ出した作品ばかり書き続けた久作の、探偵小説家としての資質の違いが良くわかる文章です。

《新しい視点》

 この増刊号のために依頼された書下ろしの評論・研究9篇(うち2篇だけは再録)です。
 乱歩歿後10年における乱歩評であり、かつ乱歩の多面性をそれぞれの視点で探って全体像を見渡せるようにした構成になっています。
 
 大内茂男「華麗なユートピア=乱歩の長編小説」、二上洋一「創造と崩壊=乱歩の少年探偵小説」、戸川安宣「乱歩・少年ものの世界=少年探偵小説の書誌的研究」は、乱歩の通俗長篇や怪人二十面相シリーズを、初めて体系的に解説・評価した力作だったと思います。

 余談ですが、間もなく国書刊行会から戸川安宣・著「ぼくのミステリ・クロニクル」が出ますね。
 私は戸川安宣さんを編集者として、また創元推理文庫の解説者として、非常に高く買っておりまして、この著書の発刊を心待ちにしております。

《乱歩私観》
 探偵小説専門誌『幻影城』と関わりがあった方を中心に、作家・評論家31名が乱歩の作品や乱歩その人との関わりを、エッセー風にまとめた書下ろしの文集です。

 中でも鮎川哲也「ある夏の夜」や土屋隆夫「一人の芭蕉の問題」は、読む側の胸をうつ内容でした。

《乱歩を語る》
 乱歩と同時代の物故作家による回顧談(再録)を集めたもの。作品というよりは乱歩の人となりを、自分との関わりの中で語る内容が多いです。

《幻影城画壇》

 『幻影城』で画筆をふるう12名のイラストレーターが、乱歩作品のイメージ画を描き下したものです。
 個人的には講談社版『江戸川乱歩全集』の、横尾忠則のイラストが強烈な印象として残っていたので、その再録でもいいので載せてもらいたかったですね。(ただこの当時『全集』はまだ現役で、新刊書店に並んでましたから、望んでも無理っぽいですが)

《資料》

 巻末に島崎博編集長の手による「江戸川乱歩参考文献目録」と「江戸川乱歩年譜」が置かれています。特に前者は当時としては貴重な資料になりえたと思います。

 だいたい以上のような内容で、乱歩ファン、幻影城ファンとしては大満足の一冊でした。

 ひとつだけ物足りないところがあるとすれば、乱歩自身の作品なり文章なりが載っていなかったことです。
 全集や単行本に未収録のエッセーなどは、この時代であればまだいくらでもあったはずですので。

 なお、この増刊号の編集後記には、次の増刊号として「横溝正史の世界」が予告されています。

 また同時に、『別冊幻影城』創刊の案内も本誌に挟み込まれていました。

〈別冊幻影城〉創刊のお知らせ.jpg


 おう、ついに横溝正史の傑作長篇が読めるぞ!! 
 と胸の湧く思いでした。
 そうです、この日のために「本陣殺人事件」「獄門島」「八つ墓村」など横溝正史のベスト級作品を、角川文庫で読むのを我慢していたのです。
 まあ結局はその後、角川文庫版も揃えることになっちゃうんですが・・・

 島崎編集長としては創刊から半年にして、しっかりとした手ごたえを感じ取ったのでしょう。このあたりから強気の姿勢で、次々と新企画を打ち出していきます。

 私も前途洋々たる気がして、今後の展開に大いに期待したものです。いい時代でした。

 さて次回は、この増刊号に寄稿した横溝正史「「パノラマ島奇譚」と「陰獣」が出来る話」を中心に、乱歩と正史の関わり合いについて、少し書いてみたいと思います。
 気が向いたら、の話ですが。 





 
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