2016年02月02日

理解しがたい事件から、とりとめもないことを連想してみる

 どうにも理解しがたい事件、というのがあります。

 最近では、電車のつり革盗難事件。
 
 昨年(平成27年)の11月以来、東京メトロや東急電鉄の車内から、つり革の消失が続いているというもの。少なくとも330個(別の報道では400個)以上のつり革が盗難にあっている模様です。

 鉄道マニアの仕業、マニアに売りさばくのが目的の窃盗、単なる愉快犯・・・
 真相についてはさまざまな憶測がなされているようですが、そもそも運行中の車内でつり革を取り外す行為の目撃情報がないというのも不思議です。
 
 おお、これは「六つのナポレオン事件」ではないのか?

 フェチズムの変形か?(美女の口付けたコップを崇めるような) 

 などと思ってみたりしますが、あっと驚くような真相を期待したいものです。

 理解しがたいと言えば、「生まれ変わったら道になりたい」の供述で有名になった「側溝覗き見」事件。

 昨年の8月神戸市で、側溝内に潜んで女性の下着を覗き見しようとした28歳の男が逮捕されたというもの。
 5時間も潜んでいて、如何ほどの成果があったか定かではありませんが、兵庫県警によれば2年前にも同様の手口で逮捕されており、その際に前述の名セリフを吐いたそうです。

 動機は、まぁ理解できないことはないですね。しかし「側溝内に潜んで」というアイデアは、ちょっと常人には思いつかないでしょう。
(もっと凄い場所に潜んで、そこから・・・という山田風太郎「怪談厠鬼」顔負けの事件も過去にはあったようですが、これくらい発想が振り切れていると、かえって理解できるような気がします。)

 狭い側溝に身をひそめ女性を下から仰ぎ見る、という構図に、何かしら底知れぬ情念を感じたりもします。

 その男がのちに残した手記の一部がこれ。

「私は今、あなたの前に、私の犯して来ました、世にも不思議な罪悪を、告白しようとしているのでございます。」
「私という男は、何と因果な生まれつきなのでありましょう。そんな醜い容貌を持ちながら、胸の中では、人知れず、世にも激しい情熱を、燃やしていたのでございます。」
「私は妄想の中で、その人と手をとり合って、甘い恋の睦言を、囁き交わしさえするのでございます。」

 というのは嘘で、これは江戸川乱歩のある短編から抜き出したものです。

 醜怪な容貌に生まれつき、世を儚む家具職人の男が、あるホテルから依頼された肘掛椅子に、奇怪な仕掛けを施して納品します。
 その仕掛けとは、椅子の内部に人ひとり分の隙間を作ったこと、そして男自らがその隙間に潜り込りこんだこと―。
 椅子はホテルのラウンジに据えられ、男もまた人知れずホテルの一角に隠れ家を構えることになりました。
 始めのうちは人気のないのを見計らってこっそり抜け出し、窃盗を繰り返していたのですが・・・

 次第に「奇怪極まる快楽」を愉しむようになるのです。

 愉悦に満ちた何ヶ月かが過ぎ、椅子は人手に渡ることになります。
 もちろん男を内部に込めたまま、椅子はとある役人の、屋敷の書斎に置かれます。
 そしてその椅子に専ら掛けるのは、役人の美しい夫人。
 男は革張りの椅子の革一枚を隔て、夫人の肉体の重みを受け留めるうち、ホテルでの愉悦もかすむほどの異様な恋慕に焦がれるようになります。
 男はある方法で、夫人にその思いを告白するのですが・・・

「人間椅子」は大正15年、月刊誌『苦楽』に発表された、江戸川乱歩初期の傑作です。

 私は中学のときにこれを読んで、荒唐無稽な絵空事、とは思いませんでした。
(後に知ったことですが)作者自身があまりにもこの題材は奇妙奇天烈すぎると思い、夫人の心に恐ろしい疑惑が芽生え、じわじわと膨れ上がったその直後に、照れ隠しのようなどんでん返しを仕掛けた、といいます。

 この結末は不要、とする評者も少なからずいるようですが、そのどんでん返しゆえに、私には本筋に描かれた、家具職人=人間椅子の奇怪な行状も異様な恋情も、いっそう生々しく迫ってくるように思われました。

 それはどうしてか?

 残念ながら、私にはその理由を明快に読み解く力量はありません。

 ひとつ言えるのは、この「人間椅子」の人物設定と構造と文章力とをもってすれば、「側溝覗き見」事件も、虚構のリアリティの横溢する、一流の文学作品に昇華しうるのではないでしょうか。
 先に引用した人間椅子の告白も、そのまま活かすことができるでしょう。

 誰かチャレンジしてみてください。
 乱歩の、というより沼正三の世界になってしまいそうですが・・・
 
posted by Pendako at 11:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 断想・箸休め | 更新情報をチェックする
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