2019年01月26日

「めんたいぴりり」ば見んしゃい!~富田靖子さんのことなど

 久しぶりに映画館に足を運びました。

 観たのは江口カン監督の「めんたいぴりり」(『めんたいぴりり』製作委員会 2019年)
 昭和三十年代の博多を舞台にした、ホームコメディです。
めんたいぴりり ポスター.jpg


 平日の午前中だったので観客はまばらでしたが、私と同年代のおじさんおばさんが多かったですね。

 実は私、つい先日までこの映画のことも、この映画のもとになったテレビドラマの存在も知りませんでした。

 たまたま数日前の夕方、家人が「富田靖子が出ているよ~」と呼ぶので、ちょっと苦笑いしながら居間を覗くと、テレビでこの映画の紹介をやっていたのです。

 苦笑いしたのは、かつて私が富田靖子という女優さんに惚れ込んでいたのを、家人が覚えていたことです。
 もう30年以上昔のことで、私自身もすっかり忘れていた話だったからです。

 「さびしんぼう」(アミューズ/東宝1985年)という、タイトルからして気恥ずかしい、大林宣彦監督の映画がきっかけでした。

 このノスタルジックな初恋物語で、ピアノを弾くちょっと翳りのある美少女と、ピエロの扮装で周囲に騒動を巻き起こす変てこな少女―
 この二役を演じた、富田靖子というまだ十代半ばの名女優に、すっかり惚れ込んでしまったのです。

 もとから恋愛ものとか女性アイドルものといった類の映画は、まったく興味なく過ごしてきたのですが、たまたまこの「さびしんぼう」に遭遇し、主演女優の写真集やらCDを買い集めるまでになったのは、不思議というほかありません。

 若気の至りで、と照れ隠しの言い訳も見苦しい、私がすでに30歳になろうかという頃のことです。
 職場でバイトしていた女子高生からは、「ロリコンか」とケイベツされるし。

 富田靖子さんそのものの魅力も大きかったでしょうが、おそらくこの映画の、男性観客の「内なる少年」を呼び覚ますある仕掛けが、大きく作用したものと思われます。
 のちに何かの酒席で、私より年配の人から同様の話を聞いて、意気投合した覚えがあります。(その辺の話は、別の機会に)

 寝た子を起こす―とはこのことで。
 テレビ画面に映る富田靖子さんの、かつての面影をそっくり湛えた現在の姿を拝見し、これならば当時のイメージを損なうことなく、この新作映画を観ることができると確信しました。
 ちょっとワクワクしながら上映スケジュールを確認した次第です。

 「めんたいぴりり」は、明太子の老舗ふくやの創業者夫婦をモデルにした物語です。

 始めは2013年、福岡のテレビ西日本により制作され、朝の連続ドラマ形式で放映された、地方限定のテレビドラマだったそうです。
 福岡での異例のヒットを受けて、徐々に放送エリアを拡大しながら、2015年には続編の「めんたいぴりり2」が制作され、さらに舞台化もされて、今回の映画となったとのこと。

 テレビドラマ、舞台劇、映画と、ふくや創業者川原俊夫をモデルにした主人公海野俊之を演じたのは、博多華丸。
 妻千代子を演じたのが富田靖子(舞台版のみ酒井美紀)。
 脇を固める役者も、テレビドラマから引き続いて出演している方が多いようですが、正直なところ最近の芸能事情に疎い私には、何人かを除いて、ほとんど見知らぬ顔ばかりです。

 この夫婦、日本人ながら生まれも育ちも韓国・釜山―
 戦後日本に引き揚げて居着いた博多が、このドラマの舞台になります。

 ここで細々と食料品店を営みながら、釜山で食べた明卵漬(ミョンランジョ)の味忘れがたく、その味を博多で再現しようと明太子造りに奮闘、やがて爆発的な人気を博す―という主筋に、様々なエピソードを絡ませた、笑いあり涙ありの人情喜劇であります。

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posted by Pendako at 21:44| Comment(0) | 自己紹介・身辺雑記 | 更新情報をチェックする

2019年01月19日

120字の読み物世界No.14~児童文学その2「太平物語」

 著者:福世武次 絵:箕田源二郎
 日本の子ども文庫4「太平物語」(講学館 1964年6月 第5版)より

いたずら盛りのきかん坊、負けず嫌いで喧嘩っ早い。だけど母思いで妹思い、曲がったことが大嫌い。どん底の貧乏生活にもめげず、太平が村や学校で引き起こす、抱腹絶倒の騒動の数々!健気な奮戦ぶりに感涙必至の挿話も散りばめた、少年太平の成長記!!

太平物語.jpg


 『日本の子ども文庫』という叢書の一冊です。

 といっても、この叢書について詳しい情報は、ほとんど得られません。
 昭和33年(1958年)初刊の「たぬき学校」を皮切りに、昭和45年(1970年)の「リスキーとドブネ」まで、14冊は書名・著者名が確認できる・・・という程度。(国立国会図書館のデータベースによる)

 「太平物語」のあとがきなどから推察するに―
 戦前に、『婦女界』という婦人雑誌の編集長だった福世武次が、昭和30年(1955年)11月に創刊したのが児童雑誌『日本の子ども』(終刊は不確定情報ながら昭和43年4月)

 この雑誌に掲載された童話や小説が、『日本の子ども文庫』として書籍化されるなかで、自ら筆をとった「太平物語」もここに編入された、ということのようです。

 この叢書では他に、同じ著者の「続・太平物語」、今井誉次郎の「たぬき学校」「おさるのキーコ」、富田博之の「ゆかいな吉四六さん」の4冊が、私の実家に眠っていました。
 いずれもはるか昔に、面白く読んだ記憶があります。

 雰囲気的には、講学館という出版社やその刊行物は、業界の中でも左派系に属するような気がしますが、私が読んだ範囲で言えば、そうした色合いはほとんど感じられません。

 どれも子ども心には、抜群に面白い作品ばかりでしたが、いずれも現在絶版状態で入手困難-というのは、実に残念な気がします。
 
 ちなみに山中恒の「青い目のバンチョウ」「頭のさきと足のさき」も、最初は『日本の子ども文庫』から出されています。
 山中恒が大林宣彦監督の映画「転校生」および「さびしんぼう」の原作者と知ってから、その原作本を含め、たて続けに10冊近く読んだ覚えがあります。そのなかに偕成社版の「青い目のバンチョウ」もありました―お恥ずかしい話、私がもう三十代に差しかかろうかという頃のこと。

 さて「太平物語」は、主人公・太平の四、五歳ごろから小学校を卒業する前後までの出来事を、10篇の短篇にまとめた連作集です。(短篇ひとつに、いくつもの挿話を詰め込んでいる場合もあります)

 物語の舞台は、静岡県榛原郡の吉田村(現・吉田町)あたり―焼津と牧之原に挟まれた、海べりの地域ですね。
 時代はおそらく、大正の終りから昭和にかけての頃と思われます。

 この地方の方言がやたらと出てきます。
 なんとなく私の生まれ故郷の南信州や、そこから移り住んだ三河地方の方言に似かよった所があって、懐かしい響きがあります。

 小さい頃から手の付けられないきかん坊―この地方では「かじわら」と呼ぶそうですが、その太平が四歳の時に・・・

 と、抱腹絶倒のエピソードのひとつでも紹介したいところですが、実は記憶を呼び覚ますため、パラパラと拾い読みしているうち嵌まってしまい、昨夜は冒頭から半分近くまで読み進めることになりました。

 詳しい紹介は読了後、別の機会に言及してみたいと思います。

 ということで今回はここまで。
posted by Pendako at 15:49| Comment(0) | 120字の読み物世界 | 更新情報をチェックする

2019年01月18日

120字の読み物世界No.13~児童文学その1 「五次元世界のぼうけん」

著者:マデレイン・ラングル 訳者:渡辺茂男 絵:津田宏
原題:A Wrinkle in Time
国際児童文学賞全集9「五次元世界のぼうけん」(あかね書房 1965年8月初版)より

落ちこぼれのメグが行方不明の父を探すため、変わり者の弟チャールズ、霊感者のカルビンと連れ立って、遥か宇宙の果てにワープする!助力するのは三人の不思議な老女、迎えうつのは正体不明の「それ」-不気味な天体を舞台に、地球存亡を賭した心理闘争が始まる!!


五次元世界のぼうけん02.jpg


 ある日、私が小学校から帰ると、勉強机の上にずっしりとした段ボールの箱が置いてありました。
 なかを開くと高級感漂う装丁の本が、ぎっしり。
 あかね書房版『国際児童文学賞全集』の12冊でした。
あかね書房『国際児童文学賞全集』広告.jpg

 いまでは新聞購読の勧誘ぐらいでしかお目にかかりませんが、当時(昭和40年前後)はまだ、訪問販売という業態がとても盛んでした。

 私の母親は並外れたお人好しで、訪問販売員がやって来るとお茶まで振る舞って話し込んでしまい、揚げ句に高価で不要な物品が、家の片隅でホコリを被るはめになる―というようなことがよくありました。
 たいていは父親に相談なしでしたので、母親はよく小言を食らっていました。
 オルガンしかり編機しかり新式のジューサーしかり。
(後年になってもその癖は治らなかったらしく、実家には羽毛布団や電動ベッドが、未使用のまま置いてありました)

 書籍の訪問販売というのもあって、図鑑やら百科事典やら全集本など、普段ならねだっても買ってもらえないような書籍を、母親は「ついつい」購入してくれるので、本好きの私にとっては、実にありがたかったです。

 あかね書房の『国際児童文学賞全集』もその伝で、子供部屋の本棚に並ぶことになったわけです。
 確か第1期12巻が出揃った所でまとめて購入し、その後第2期12巻が毎月1冊ずつ届けられた-と記憶します。
 24冊が本棚に並ぶさまは壮観でしたが、高校にあがる頃には、ひととおり読んで面白かったものだけを数冊残し、あとは廃品回収に回ったようです。(いま考えると、惜しい、のひと言に尽きますが)

「五次元世界のぼうけん」はその中でも繰り返し読んだ、お気に入りの一冊でした。

 主人公のメグは、不器量で短気で反抗的な、魅力に乏しい落ちこぼれ少女です。
 ただし物理学者の両親の血を受け継いだか、物理や数学の学力は天才的。5の平方根や7の平方根の、小数点以下をスラスラ唱えられます。

 突然行方をくらました父親を捜すため、彼女は弟のチャールズ(人の心を読む能力があります)、年長の高校生カルビン(霊感能力を有するスポーツマン)とともに、遥か彼方の天体に旅立つ―というお話。

 彼らに加勢するのがワトシット夫人、フー夫人、ウィッチ夫人という魔法使いめいた老女三人。
 原著ではMrs. Whatsit、Mrs. Who、Mrs. Whichとなっているらしく、なかなか意味深なネーミングです。

 もちろん少年少女たちの愛と勇気を謳い上げる、とてつもなく壮大な物語なのですが、作品全体に暗くて不穏な雰囲気がまとわりつき、痛快な冒険活劇とは異なる、何か深遠で哲学的なテーマの物語-という印象のほうが強く残ります。

 また作中には、絶対温度零度とかアインシュタインの原理とかユークリッド幾何学とかいった、物理用語や数学用語が頻出します。
 ビッグバンやブラックホールといった用語は出ないものの、それらのメタファーのような事象も説明されたりして・・・

 理解できないながらも、高級で難解な概念にちょこっと触れているぞ―との感慨を抱きながら、読み進めた気がします。
 まあこれを読んで、理科や算数の成績が上がったわけではありませんが。

 で、彼らが何光年も離れた天体に赴く方法が、五次元運動と呼ばれるもの。(原題のA Wrinkle in Timeつまり「時間の皺」=「時空の歪み」を利用した時空ジャンプのこと・・・たぶん)
 これをウィッチ夫人だかがメグたちに、一次元とは、二次元とは、三次元とは、四次元とは・・・と説き起こしながら説明する場面がありました。

 私はそのくだりをすっかり覚えて、教室で何人かの級友をつかまえては「次元とは?」について、得々と弁舌を揮ったことがあります。
「じゃ五次元てなんだよ」と聞かれれば、これはしたりとばかりに(あるいは説明に窮し)、私は両の手のひらをパンと叩いて、「これだ」と答えた記憶があります。(時空ジャンプというのを、手振りで表現したつもり)
 なんだか自分でもよく分らなかったのですが、無理やりそれで相手を納得させた気になったものです。(ヤな小学生だな)
 物語の筋よりも、こんなことばかり思い出されます。

 なお昨年(2018年)には何とこの小説が、ディズニー映画で実写化されたそうです。(実写といっても、大部分がCG合成なのでしょうが・・・)
 日本ではこの翻訳本が出て以降、復刊されたり版を変えて出版された形跡がなく、作者マデレイン・ラングルの名も含め、知名度は極めて低いものと思われますが、本国のアメリカではいまだ根強い人気を誇る作品のようです。
 日本での公開は未定とのこと。

 ともあれ、小学校時代に読んだSFでは、この「五次元世界のぼうけん」が、最も記憶に残る作品となりました。

posted by Pendako at 11:13| Comment(0) | 120字の読み物世界 | 更新情報をチェックする
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