2018年11月21日

120字の読み物世界No.08~コーネル・ウールリッチその2 「裏窓」

 著者:コーネル・ウールリッチ 訳者:稲葉明雄・小川孝志
 原題:Rear Window(別題:It Had to Be Murder)(米国1942年) 
 集英社文庫「世界の名探偵コレクション10 ホテル探偵ストライカー」(集英社 1997年5月初版)より

「殺されたに違いない」男は確信した。裏窓から覗く向いのアパートの幾つもの人生のひとつから、病身の女の姿が消えたのだ!その夫の不審な行動から推理を廻らせ、彼は真相に迫る。だが気づかれた!!まもなくやってくるに違いない。骨折のギプスで身動きとれぬ彼に、死が―


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 ウールリッチの短篇で、最もポピュラーなのはこの「裏窓」でしょう。ひとえにヒッチコックがこれを映画化して、大ヒットしたからですが、小説自体とても出来の良いサスペンス・ミステリーに仕上がっています。
 サスペンスを醸し出すために、あらかじめ主人公に何らかの制約を課しておくのが定石。本篇では、骨折してギブスをはめているため、自室から出られないという設定です。死が迫っても逃れられないという主人公の焦燥が、読み手に痛いほど伝わってきます。
 ポケミス、創元推理文庫、白亜書房『ウールリッチ傑作短篇集』など、日本で編まれた彼の短篇集数冊に収められている名篇です。
 ここでは集英社文庫のものを掲げておきました。

 ウールリッチ(またはウィリアム・アイリッシュ)の本領は長篇よりも短篇にある、とよく評されます。長篇にも歴代ベスト10級の「幻の女」を始めとして傑作は多いのですが、短篇的な素材をいくつも連ねて長篇形式にしたり(「黒衣の花嫁」「喪服のランデブー」「聖アンセルム923号室」「運命の宝石」など)、もともと短篇で発表した作品を長篇に膨らませたり(「黒い天使」「黒いアリバイ」「夜は千の目を持つ」「黒いカーテン」「暁の死線」「恐怖の冥路」「死者との結婚」など)と、あらかじめ綿密なプロットを組んで首尾一貫した長篇を書く・・・といった資質には、あまり恵まれていなかったようです。
  一方短篇には「珠玉の・・・」という形容にふさわしい作品が目白押しで、今回取り上げた「裏窓」のほか、「午後三時」「非常階段」「ガラスの目玉」「義足をつけた犬」「遺贈」「耳飾り」「シンデレラとギャングと」「マネキンさん今晩は」など、いずれ言及してみたいと思います。
 
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2018年11月20日

120字の映画館No.09~ヒッチコックその3 「裏窓」

 原題:Rear Window
 監督:アルフレッド・ヒッチコック 製作:アメリカ 1954年
 出演:ジェームズ・ステュアート、グレース・ケリー
 原作:コーネル・ウールリッチ

骨折で自宅療養する男の気晴らしは、向かいのアパートで繰り広げられる人間模様の覗き見。誰かを待ち侘びる娘、新婚ほやほやの夫婦、勤勉なピアニスト、孤独なオールドミス、そして・・・妻を切断した殺人鬼!? 好奇心旺盛な恋人が、彼の手足となって究明に乗り出すが・・・

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 原作はウールリッチの短篇。ヒッチコックは、これを骨格として、彼の体格ほどの肉付けをほどこし、2時間近い劇場映画に仕立て上げました。
 その肉付けとは―
 名も知れぬアパートの住人たちの生活を、スケッチ風に、しかし丹念に描いたことです。
 骨折した片脚をギプスで固定された主人公のカメラマン(ジェームズ・ステュアート)は、双眼鏡や望遠レンズを窓の外に向けます。中庭を挟んだ向かい側の、アパートの窓ひとつひとつを舞台に、滑稽、孤独、歓喜、倦怠などをテーマにした無言劇が上演されているかのようです。
 そのミニ劇場のひとつで、妻殺しという演目がかかったらしい・・・というわけで、そこにフォーカスした展開になっていきます。
 もうひとつの肉付けは、観客席(つまり覗き見する主人公の自室)でのサブストーリー。
 主人公とその恋人(グレース・ケリー)の、結婚をめぐる駆け引きです。恋人は、束縛を厭い結婚に乗り気でない主人公を、なんとかその気にさせようと甘く迫るのですが、うまく行きません。
 そこで「妻殺し」の舞台に飛び入り参加して、主人公の気を引くような役柄を演ずるのですが、逆に妻殺しの主役の方が舞台を飛びだして、観客席に乗り込んでくるという展開に・・・

 こうした肉付けで、映画は瀟洒にして絢爛な仕上がりになりましたが、原作の持つ緊迫感や焦燥感は若干損なわれたような気がします。ちなみに原作者のウールリッチは、映画完成の祝賀会だかお披露目の試写会だかに、自分が招待されなかったことに随分とヘソを曲げていたそうです。ヒッチコックにしてみれば、基本的なアイデアとプロットを借りただけで、肉付けのほうにこそ本領を発揮した映画だ―という自負があったのかも知れません。

 傍らでファッション誌を広げながら優雅に横たわる恋人を、複雑なまなざしで見つめる主人公。その両脚にはギプス!―というラストシーンに、とうとう主人公は(恋人からも)逃れられぬ身となってしまった・・・という情況が暗示され、主人公にとっては素直にハッピーエンドの物語と断ずることのできない映画です。

 主演のジェームズ・スチュアートは「裏窓」のほかに、「ロープ」「知りすぎていた男」「めまい」の計4本で、グレース・ケリーは「ダイヤルMを廻せ!」「泥棒成金」と合わせて計3本で、それぞれヒッチコック映画の主役を張っています。(男優ではケイリ―・グラントと並んで、女優ではイングリッド・バーグマンと並んで、それぞれ最多主演)いわばヒッチコックの最もお気に入りの男優と女優とで撮った映画だと言えます。 
 それにしてもグレース・ケリーのエレガントな美しさには、特筆すべきものがあります。

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2018年11月19日

120字の読み物世界No.07~山田風太郎その5 「幻燈辻馬車」

 著者:山田風太郎
 初出:1975年1~12月『週刊新潮』に連載
 河出文庫「幻燈辻馬車(上・下)」(河出書房新社 1993年12月初版)より

文明開花の東京を疾駆する辻馬車、操るは元会津藩の同心・干潟干兵衛、隣に座るは孫のお雛。ふたりが窮地に立ったとき、西南戦争で没したお雛の父親が、冥界から救いに駆けつける!実在の人物との意外な邂逅を随所に配した、虚実融合の明治幻想絵巻!!

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 山田風太郎という作家の名は、中学の頃から知っていました。江戸川乱歩の評論集「幻影城」などで言及されていましたし、創元推理文庫で続々刊行されていたE・R・バローズの作品のウリが、「風太郎忍法帖の奇想天外と007シリーズの痛快さ!」だったので。
 ですが初めて作品を読んだのは大学の頃、探偵小説専門誌『幻影城』の誌上でのこと。戦国時代の御陵盗掘に材を採った、怪奇色の濃い時代ミステリ短篇「みささぎ盗賊」でした。(映画「レイダース/失われたアーク《聖櫃》」の冒頭シーンを観ると、いつもこの短篇を思い出します)

「お、この作家、面白いではないか」と思い、角川文庫版で忍法帖シリーズ、現代教養文庫の『山田風太郎傑作選』全4巻、桃源社版『山田風太郎の奇想小説』全6巻、旺文社文庫版の12冊・・・など夢中になって読み進めるうち、さすがに「もういいや」となって、しばらく山田風太郎から離れていた時期がありました。
 ですからこの頃すでに、「警視庁草紙」「幻燈辻馬車」「明治断頭台」などの明治伝奇小説で新境地を開いており、その悉くが傑作揃い、ということに気づかないままでした。
 あるとき筒井康隆の「みだれ撃ち涜書ノート」の中で、山田風太郎の「幻燈辻馬車」を褒めている文章に当たり、筒井御大が薦めるのならと、久々に手に取った一冊が新潮社版のハードカバー本でした。
 ついに山風もこの高みにまで達していたか、という新鮮な驚きがありました。

 物語のマクラに三遊亭円朝の「真景累ヶ淵」にふれてから、しれっと血まみれの、お雛の父親の亡霊を登場させるという心憎い演出。
「真景累ヶ淵」は、幽霊なんか神経病の一種に過ぎない・・・という文明開化らしい高説が流布して、怪談噺がやりづらいという、円朝の自虐をこめた演目なんです。真景は神経のもじり。
 つまり山田風太郎は、自分は幽霊の存在が否定された近代日本を舞台に、大真面目に幽霊話を語っていきますよ、と宣言しているわけ。

 そこから例によって、史実と虚構が巧みに織り交ぜられた熟練の作話術を、全篇通じて堪能することになります。
 山風熱がまたぶり返した次第です。


  
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2018年11月18日

120字の映画館No.08~ヒッチコックその2 「バルカン超特急」

 原題:The Lady Vanishes
 監督:アルフレッド・ヒッチコック 製作:イギリス 1938年
 出演:マーガレット・ロックウッド、マイケル・レッドグレイヴ
 原作:エセル・リナ・ホワイト「バルカン超特急」

大雪に足止めを喰った列車が、ようやく動き出す。様々な事情を秘めた人々を乗せて・・・。その列車からひとりの老婦人が姿を消した―だがそれを主張するのは、ヒロインただひとり!記憶の錯誤か、何者かのたくらみか?謎を乗せた列車は、渓谷を雪原を森をひた走る!!

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 製作後36年を経て日本初公開となった「海外特派員」が、そこそこ受けたからでしょう、同じく日本未公開だった「バルカン超特急」も製作から38年後の1976年、ようやく公開されました。イギリス時代の傑作(あるいは最高傑作)です。
「バルカン」+「超特急」ですが、架空の地理にもとづく、蒸気機関車を舞台にした物語です。作品の内容とは少し乖離した邦題ながら、不穏な情勢と列車の疾駆感をうまく暗示していると思います。
 この映画の、幾重にも張り巡らされた伏線の例として、ひとつ挙げておきます。
映画の冒頭―ホテルの一室で書きものをする老婦人。窓の下で街の音楽師がバイオリンを奏で始める。彼女は耳をそばだて、そのメロディーを諳んじる・・・
 このシーンが重要な伏線となって、失踪の理由が了解されるほか、思わず微笑んでしまうような、鮮やかな幕切れに繋がることになります。

「海外特派員」もこの「バルカン超特急」も学生時代に、かつて松本にあった「シネサロン」という、20席ほどのミニシアターで観ることができました。
 「シネサロン」は安い料金で週替わり一本立て、地方の映画館にはかかりにくいような地味な作品、古い名作、ちょっと古くなった新作、ATG作品などを上映していたので、毎週のように通っていました。
 松本中劇という通常の上映館の二階にあり、同じ階に「ヒッチコック」という喫茶店もあって、映画を観た後はそこで珈琲を飲みながら余韻に浸る・・・という、貧乏学生にしては実に優雅なひとときを過ごしました。

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 映画の原題を直訳すると「貴婦人失踪」です。ヒッチコックはトリュフォーとの対談の中で、「バルカン超特急」の映画も原作も、「パリの貴婦人失踪」という実話(もしくは都市伝説)に基づいている、というようなことを言っています。
 以前の記事「蛇足:映画と原作~ヒッチコック その10」でやや詳しく書きましたので、興味ある方はご参照ください。
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2018年11月17日

120字の映画館No.07~ヒッチコックその1 「海外特派員」

 原題:Foreign Correspondent
 監督:アルフレッド・ヒッチコック 製作:アメリカ 1940年
 出演:ジョエル・マクリ―、ラレイン・デイ

第二次大戦前夜の欧州―要人の暗殺・誘拐に暗躍するスパイ組織を探るなか、米国の海外特派員に降りかかる危機また危機!傘の波さざめく雨中の銃撃、旅客機墜落の主観ショットなど、見せ場もたっぷり。反目する男女がしだいに惹かれ合う、お約束の展開にもハラハラ。

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 1940年に製作されながら、敵性国家の作品という事情もあり、日本での初公開は戦後30年以上たった1976年でした。ヒッチコックの新作(にして最後の作品)、「ファミリー・プロット」に便乗しての公開だったかと思います。
 印象に残るシーンはたくさんあります。雨中の暗殺と傘の波、逆向きに回る風車、展望台での突き落とし、コートの袖の巻き込み、主人公の新品の帽子・・・こう書いても何のことか分らないと思いますが、私はこれらのシーンに思わずニンマリしてしまいました。ヒッチおじさん、またいろいろ小細工を仕込んでいるよ―と。
 ラスト近く、主人公たちの乗る旅客機が艦砲射撃で被弾します。操縦不能となって機体が降下し、海面に激突するまでを、操縦士目線の主観的なワンショットで捉えたシーンがつとに有名。激突の瞬間、ガラスを突き破って海水が怒涛のようにコックピットに流れ込みます。
 ヒッチコックはのちに、このシーンに凝らした工夫を得意げに語っていますが、可視化が極めて難しいショットに果敢に挑んだ、映画作家としての心意気に打たれます。(CG全盛の今、この凄さはピンと来ないかも知れませんけど)
 ですが私は、その直前のシーンにより強くヒッチコックらしさを印象付けられました。
 旅客機の全体を真横から捉えてから、カメラは徐々に機体に近づいていき、窓の一つにズーム・・・したかと思うと、つなぎ目なしで機内の乗客を映し出す―ここまでをワン・ショットで描いたシーン。
「レベッカ」にも「サイコ」にも同じ手口、いや技法が使われていたからです。

海外特派員・ロビーカード.jpg


 それまで「レベッカ」「白い恐怖」「ダイヤルMを廻せ!」「泥棒成金」「サイコ」「鳥」「フレンジ―」など、ヒッチコックの作品はいくつか観ていました。ただしすべてテレビです。従って、この「海外特派員」が、初めて私が映画館で観たヒッチコック映画になりました。
 ついでに言えば、とても高価だったプレイヤーを24回払いの割賦で誂え、最初に買ったレーザーディスク数枚のうちのひとつが「海外特派員」でした。1983年頃のことです。


posted by Pendako at 12:05| Comment(0) | 120字の映画館 | 更新情報をチェックする
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