2018年03月11日

『江戸川乱歩全集』第2巻より「火星の運河」「パノラマ島奇談」「一寸法師」:乱歩と挿絵画家~その5

「火星の運河」
 大正15年(1926年)4月、『新青年』に発表の短編。

 もし私が「好きな乱歩作品ベスト10」を選ぶとすれば、その中にこっそりとこの作品を入れてみたい気がします。

 そんなにすごい作品なのか?

 と聞かれれば、「いえ、そうでもないんですけどね」と答えることになりますが。

 筋らしい筋はありません。
 主人公が森の中をさまよいながらある沼に辿りつき、その水面に突きでた岩の上で、モノクロームの風景に赤い色彩を補うため、自分の肌を掻きむしる・・・こう記しても「なんのこっちゃ」と思われるでしょう。

 冒頭からうすうすわかるように、これは夢の中のできごとなのです。

 古今東西、夢オチの小説はあまたあります。
 どんな荒唐無稽な物語でも、最後に「ああ夢だったのか」という結末にすればすべては収束しますので、技量不足の作家にとっては伝家の宝刀のようなもの。

「火星の運河」も夢オチです。
 ですが凡百の夢オチ小説と違うのは、その夢オチにまったく異なる効用が見られることです。(ただし意図的に、というより、乱歩本人が「苦しまぎれに書いた」と表明しているとおり、結果としてそうなったにすぎないのかも知れません)

 ここでは伏せますが、本筋を読みながら読者が了解するある観念が、夢から覚めてから180度ひっくり返る・・・精神分析学的に、とても意味深い題材ではないでしょうか。
 興味ある方はお確かめください。

江戸川乱歩全集第2巻03.jpg

※「火星の運河」より(挿絵:古沢岩美)


 鬱蒼とした森の中の沼。
 沼の水面に浮かぶ岩。
 その上で喘ぎ苦しむ女。
 白い肌にいく筋もの血がしたたる。
 乱歩のシュールレアリズム小説を、シュールレアリズムの画家が描いた挿絵です。
 理性とか感性とかでは説明できない、原初的な神話の世界の情景。

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2018年03月08日

『江戸川乱歩全集』第2巻より「人間椅子」「湖畔亭事件」:乱歩と挿絵画家~その4

講談社版『江戸川乱歩全集』第2巻「パノラマ島奇談」(1969年5月初版)
 収録作品は次のとおり。(頭に★印のついた作品が古沢岩美の挿絵付きです)

★「人間椅子」、「疑惑」、「接吻」、★「湖畔亭事件」、「踊る一寸法師」、「毒草」、「覆面の舞踏者」、「灰神楽」、★「火星の運河」、「モノグラム」、「お勢登場」、「人でなしの恋」、★「パノラマ島奇談」、「鏡地獄」、★「一寸法師」.
「乱歩文学の本質」(渋沢竜彦)、「作品解題」(中島河太郎)

 挿絵の付された作品を中心に、簡単なコメントを記します。

「人間椅子」
 大正14年(1925年)9月、『苦楽』に発表の短篇。

 この作品については、以前の記事で取り上げたことがありますので、併せてお読みいただければ幸いです。(⇒「理解しがたい事件から、とりとめもないことを連想してみる」

 世の批評家や研究者たちの江戸川乱歩論などをみると、この作家ならでは特徴をいくつかのキーワードで読み解こうとする試みが、往々にして出てきます。

 野村宏平「乱歩作品を10倍楽しむマニアック辞典」(洋泉社2014年7月刊「江戸川乱歩の迷宮世界」所収)には、

見世物趣味、ユートピア願望、人形愛、変身願望、隠れ蓑願望、厭人病、胎内願望、覗き趣味、レンズ嗜好、犯罪嗜好、性的倒錯、美少年趣味・・・


などがあげられています。 

 勝手ながら私は、便宜上これらを「乱歩趣味」と呼んでいます。(いま思いついただけですが・・・のちのち「乱歩趣味」という言葉がでてきたら、これらのことだとご承知おきください)

「人間椅子」は厭人病の椅子職人が、特別あつらいの椅子の内部にひそみ(隠れ蓑願望&胎内願望)、その椅子に腰かけた女性に恋情を抱きはじめる話ですが、革一枚隔てて女性のからだと密着するときの、甘美な皮膚感覚も、乱歩趣味のひとつかも知れません。(後年の作「盲獣」には、さらに明確な「触覚芸術」という概念も出てきます)


江戸川乱歩全集第2巻01.jpg

※「人間椅子」より(挿絵:古沢岩美)


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2018年03月06日

『江戸川乱歩全集』第1巻より「屋根裏の散歩者」「闇に蠢く」:乱歩と挿絵画家~その3

「屋根裏の散歩者」
 大正14年(1925年)8月、『新青年』に発表の短篇。

 主人公・郷田三郎が屋根裏を徘徊し、天井の節穴から他人の私生活を覗き見る場面の描写が、(不謹慎ながら)素晴らしい。
 程度の差こそあれ、誰もが密かに持っている(と思われる)覗き趣味を、おおいにくすぐってくれます。

 殺人事件の顛末を、犯人の側から描く倒叙ミステリですね。完全犯罪とはならず、最後には明智小五郎によって露見します。

江戸川乱歩全集第1巻02.jpg

※「屋根裏の散歩者」より(挿絵:横尾忠則)


 挿絵は屋根裏の光景を背景にした、屋根裏の散歩者・郷田三郎の肖像でしょうか。

 いえ、涎を垂らしているところからすると、いつも口を開けて寝ている被害者のほうかも―(ランニングシャツの肩にT. YOKOOとありますが、もちろんこれは仕上がった絵に書き入れた絵師のサイン)

 この「口を開けて寝ている」姿を天井裏から覗いて、郷田三郎は、ある殺害方法を着想するのです。

 余談ですが、山田風太郎に「伊賀の散歩者」という短篇があります。題名は乱歩の「屋根裏の散歩者」をもじったもの。江戸時代の伊賀を舞台にした超絶的なパロディ作品です。
 乱歩のご先祖様・平井歩左衛門という人物が登場します。おつむのあたりが寂しいという、乱歩の容貌的特徴を踏まえているのが何ともおかしい。
 ある歴史的人物をさりげなく絡ませているのも、同時代の有名人物たちが意外なところ、意外なかたちで邂逅する場面を散りばめた、「警視庁草紙」「幻燈辻馬車」「明治断頭台」など、後年の明治ものを思わせます。

「闇に蠢く」
 大正15年(1926年)1月~11月、『苦楽』に連載された(短めの)長篇。途中2回の休載を挟み、完結しないまま連載終了。
 のちに『現代大衆文学全集』の第3巻「江戸川乱歩集」(平凡社 昭和2年(1927年)5月)に収録された際、結末部分が加筆されたという、内容的にも執筆経緯にも、乱歩らしさが滲み出た作品。

 乱歩の長篇は、彼の悪い癖が出ると、唖然とするような怪作ができあがる傾向にあります。

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2018年03月04日

『江戸川乱歩全集』第1巻より「D坂の殺人事件」「赤い部屋」「白昼夢」:乱歩と挿絵画家~その2

講談社版『江戸川乱歩全集』第1巻「屋根裏の散歩者」(1969年4月初版)
 収録作品は次のとおり。(頭に★印のついた作品が横尾忠則の挿絵付きです)

 「二銭銅貨」、「一枚の切符」、「恐ろしき錯誤」、「二廃人」、「双生児」、★「D坂の殺人事件」、「心理試験」、「黒手組」、★「赤い部屋」、「算盤が恋を語る話」、「日記帳」、「幽霊」、「盗難」、★「白昼夢」、「指環」、「夢遊病者の死」、★「屋根裏の散歩者」、「百面相役者」、「一人二役」、「火縄銃」、★「闇に蠢く」
「江戸川乱歩に捧げる」(有馬頼義)、「作品解題」(中島河太郎)

 挿絵の付された作品を中心に、簡単なコメントを記します。

「D坂の殺人事件」
 大正14年(1925年)1月、『新青年』に発表された短篇。

 明智小五郎が初登場した作品として有名。(後年の、ダンディな青年探偵ではなく、この頃は、モジャモジャ頭で、木綿の着物によれよれの兵児帯をしめた、どちらかというとむさ苦しいイメージです)

 一種の密室殺人を扱っています。
 そのからくりよりも、不審者を目撃した二人の陳述者の、ひとりは「白い着物を着ていた」と証言し、もうひとりは「黒い着物を着ていた」と証言する―
 その食い違いを、ある錯覚で説明するところが印象深かったですね。

江戸川乱歩全集第1巻01.jpg

※「D坂の殺人事件」より(挿絵:横尾忠則)


 挿絵は、被害者の女性(古本屋の女房)を描いているのでしょう。
 ちょっと見には庭先で行水しているような風情ですが、作中これに該当する描写はあったかしらん?(⇒ありました。ただし噂話で語られるだけの場面で、行水でもありませんでした)

 いく筋もの赤い傷跡は痛々しいですが、嫣然と微笑んでいるようにも見えます。
 深読みすれば、そこに犯罪の背景や動機を暗示しているようでもあります。

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2018年03月02日

講談社版『江戸川乱歩全集』について:乱歩と挿絵画家~その1

 昨秋、所用があって実家に赴く機会が何回かあり、そのついでに、父親の遺した本や、私がここで暮らしていた頃に集めた本などを検め、残すものと処分するものの、仕分けを行ないました。

 父親の蔵書で困ったのは、書き込みが多いこと。
 購入年月日や読了年月日、寸評やら感想やらが本の見返しにしたためてあり、本文中にも傍線やメモがやたら書きつけてあるのです。
 古書店に引取ってもらうのも気が引けます。
 郷土史関連や画集などを除いて、涙を呑んで廃棄処分としました。

 私らが小さい頃に馴染んだ児童書もかなり残っていて、懐かしさのあまり拾い読みなどして半日ほど潰れてしまいました。
 そうなると愛着がふたたび滲み出て・・・
 当初みな処分するつもりが、何冊かは残すことになりました。

 中学・高校から大学にかけて贖った本で、めぼしいものは以前自宅のほうに引き取っていたので、ここに残っている新書や文庫本は、あらかた処分してもよいものばかり。
 単行本や全集もので再読の可能性のあるもの、それと近年実家に戻るたびに近くの古書店を回って集めたものだけを、取っておくことにしました。

 そんなこんなで、保存すべき書籍を1ヶ所にまとめたところ、段ボール箱3杯分ほどになりました。

 作業の過程で、このようなものも出てきました。

乱歩全集特典(横尾忠則挿絵画).jpg

 
※講談社『江戸川乱歩全集』刊行記念(絵:横尾忠則)


 昭和44年(1969年)から翌年にかけ、乱歩歿後初めての全集が講談社から刊行されました。
 私は中学生の頃、書店の棚でたまたまこの全集の第1巻、「屋根裏の散歩者」を見つけて衝動買いしたのですが、たしかその付録として上の5枚組の挿絵集が入っていました。
 第1巻所収の横尾忠則の挿絵を別刷りしたもので、和紙製の特製封筒に入っています。

 なお、この挿絵集は全巻予約特典として予約購読者に配付された、とする説もあるようですが、第1巻の購入者は全員入手できたのが正解だと思います。

 それはいいとして、ここから本題に―

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posted by Pendako at 16:29| Comment(0) | 江戸川乱歩 | 更新情報をチェックする
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